第51話 史実との剥離に悩む健二 現代

――健二 現代

 高校二年の最後のテストが終わった健二は心地よい疲労感から大きな息を吐いた。彼も来年は受験があるのだが、ノートへの熱中は衰えるどころか、ますますのめり込んでいた。

 ノートの世界の日本は経済政策も上手くいき、世界への影響力は史実とは比べ物にならないようだ。健二はノートからもたらされる情報に毎回驚かせられながら、日々を過ごしている。

 

 今日はテストが終わったので、思う存分ノートの世界に思いを馳せ、父と今後の考察ができるなと、健二は帰り道の自転車の上で顔をほころばせる。

 しかし、自宅に帰った健二は妹の茜から買い物を申し付けられ、食材の買い出しに向かう。そういえば、今日は買い物当番だったんだ……健二は独白し近所のスーパーへ向かう。

 その帰宅途中に友達に会い、最近ご無沙汰だったドラゴンバスターオンラインというネットゲームの最新アップデートについて情報を聞いてしまう……何やら新アイテムとモンスターが追加されたらしい!

 

 帰宅後、ついパソコンをつけネットゲームで遊ぼうとするが、机の上に置いたノートが目に入り慌ててパソコンの電源を切る。

 父の帰宅までに時間があった健二は、ノートの情報をまとめようと別のノートへ自分なりの情報をまとめていく。

 

 まず日本の影響力が史実より相当高い。史実より前倒しで実施された東京万博はともかく、国際経済会議を開催したり、イタリアとエチオピアについて京都で会議を行ったりしている。

 それもそうだろう。日本のGNPは世界第二位を維持しており、円経済圏がイタリアとオランダにまで拡大している。この世界では三大経済圏の一つに数えられるまでになっているのだ。

 広大な植民地を持つイギリスのポンド経済圏。巨大な経済力を持ち、南米をはじめ世界各国に大きな影響力を持つアメリカのドル経済圏。そして拡大を続ける円経済圏。これ以外となると、次にフランスのフラン経済圏があるが、三大経済圏には大きく水をあけられている。

 もちろん、日英米の三か国間でも貿易が行われており、決済をスムーズにするため通貨スワップが結ばれている。

 

 日本の技術力はすでに英米に追いつき、ドイツも含め世界最高峰の技術力を持つ国として切磋琢磨している様子だ。健二は父と相談し、今後重要となってくる技術についていくつかノートへ書き込んだが、いかんせん専門家でも無く聞きかじった知識となるから彼は力不足を感じている。

 史実を顧みて、大きな影響を与えた製品や兵器については伝えているが、設計図が分かるわけではないから、この兵器がどのような役割を果たし、どんな利点があるのかを簡潔に説明するにとどめている。例えば、軍事技術ではレーダーやロケットを紹介している。

 他に提案したことと言えば、規格の統一だ。列車の軌道にしても、兵器にしてもとにかく部品を統一するようアドバイスを行った。この世界の日本は既に別の分野の製品でも、例えばネジの規格や木材のサイズの規格をそろえたりしている。ひたたく言うと、今でいうJIS規格ような規格をこの世界の日本は既に作り上げている。

 細かいところでも、少しの提案で驚くべき速度でこの世界の日本は改革を実施している。恐らく健二達の提案を専門家たちが真剣に協議し、実施しているのだろう。

 

 国内は予想に近い形で推移しているが、国際情勢には驚かされることばかりだ……中華民国が大分裂した時には父と二人で絶句したが、その後の動きもすさまじい。

 史実よりはやくスペイン内戦が勃発したが、まさか日英がカタルーニャ独立派を支持するなんて思いもしなかった。反乱軍は史実だとドイツとイタリアの支援を受けていたが、この世界だとドイツでナチスは成立していないから、支援しようにも軍備が整っていない。

 最も、支援したとしてもこの世界のドイツなら日本に追従するだろうが……

 スペイン内戦は既に争いから離脱した感のするカタルーニャ共和国をよそに、反乱軍と政府軍の戦いが続くことだろう。

 

 正直、余りに世界情勢が変わり過ぎて、史実が当てにならなくなっている……唯一確実なのは災害情報だけだよな。健二はまとめたノートを閉じるとフウとため息をつく。

 

「健二ー。風呂に入ってくれ。今日は俺が掃除当番なんだよ」


 階下から父の声が健二を呼ぶ。いつの間にか父が帰宅していたのか。健二は過ぎた時間に驚きつつ階下へと向かう。

 

 風呂からあがった健二は父の掃除が終わるのを待ち、ダイニングテーブルにノートを開く。間もなく父がやって来ていつもの検討が始まる。


「健二。ノートの世界は1935年までは進んだんだったな。揚子江の氾濫が史実同様起こった」


 父は椅子に座り、コーヒーを飲みながら健二へと語りかける。

 

「うん。揚子江の氾濫は史実どおり多数の死者を出してるけど、これで中華ソビエト共和国と中華民国の軍事衝突が発生する可能性もあるよね?」


「ああ。可能性はあるだろうな。両国はいつ戦争が始まってもおかしくない。もはや時間の問題と思うぞ」


「アメリカとソ連次第なのかな」


「アメリカとソ連は両国を抑える形で動いているだろうが、暴走する可能性が高いだろうな」


「ソ連の粛清が史実だとそろそろ始まるけど、ロシア公国でソ連からの亡命者を受け入れる形でいいのかな」


「粛清から逃れるためにソ連から脱出した受け口にロシア公国がなるのは悪く無い手だ。どこかに隔離し彼らを護ると良いと思う。日本の協力も必要だろうけどな」


 ソ連から粛清されそうな人材をロシア公国へ亡命させることで、ソ連の内情次第で動いてもらうことも可能だし、何より粛清予定者が亡命することでソ連の内情を知ることが出来る。

 粛清対象になるほどの人物なら、それなりの情報を持っていることだろう。

 

「ロシア公国が亡命者を受け入れると知ったら、ソ連から脱出する人達も増えるかな?」


 健二の問いに父は頷き、

 

「健二。政治的な幹部より確保したい人材はソ連の軍人だよ。史実ではソ連の優秀な軍人も大量に粛清されたのは覚えているか?」


「うん。確か赤軍の至宝とまで呼ばれた軍人も粛清されたんだっけ?」


「その通りだ。軍を率いる人材を大量に粛清したことで、ソ連は冬戦争で苦戦したくらいだからな」


「以前検討した時に出た話だよね。政治思想の無い軍人ならロシア公国に協力してくれるかもしれないよね」


「過信は出来ないけどな。前線に出すべきではない。ソ連と連絡が取れないようにして、軍事顧問的に動いてもらうのもありだな」


 父が言うように上手くいけばいいんだけど……ソ連国外にも名が知れ渡っている名将まで粛清するとは思わないだろうからノートで知らせるのは良い案だと健二は考える。

 

「父さん。エチオピア帝国とイタリアはまとまりそうかな」


「ああ。恐らくまとまると思う。戦争にはならないだろう。イタリアは名より実を取るはずだ。それは日本との経済協力の件で明らかだろう?」


「確かに。そうだね。父さん」


 父の言う通りだ。健二はイタリアがまさか円経済圏に入るなんて思ってもみなかった。日本との経済協力を取り付けるために「未回収のイタリア」に手を出さないとまで言うとは。

 エチオピア帝国での戦争は起こらないにしろ、他にも紛争が起こりそうな地域は多数あるよな……

 エチオピア帝国が日本へ仲裁を求めることも意外だったけど……

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