第50話 京都会議 過去
――京都 牛男 過去
牛男は三歳になる娘のひまわりと妻の真美を連れて京都にまで観光に来ていた。古都京都には家族全員行ったことが無く、牛男は妻とどこに観光に行くか話し合った結果、家族全員行ったことが無い古都京都に行くことにしたのだ。
彼らは幼い娘を連れて、有名な神社や寺を観光しているが京都は普段に比べ物々しい警備が敷かれていた。
現在京都では、イタリアと日本の会議が行われているからだろうと牛男は遠目に警官を見やりハアとため息をつく。台湾でも一時警官が街にあふれていたことがあったが、今は数も落ち着いて来た。
彼は多数の警官による警備体制を見ると、過去の物々しい台湾を思い出し陰鬱な気分になる。台湾が騒がしかったのも今となっては過去の話で、街は落ち着きを取り戻し、治安もひょっとしたら本土よりいいのではないかと言える状況になっていた。
牛男が企画した水族館の建築工事も順調で、残すは実際に魚を飼育するだけの所にまで来ている。順調にいけば台湾水族館は来年にも開館する運びだ。
「しかし……こうも警官がいると落ち着かないなあ」
牛男は抱いた娘と顔を見合わせながら、妻へ話かける。
「そうですね。でもあなたと会った頃を思い出して、私はそんな悪い気分じゃないんですよ」
真美は長い黒髪を揺らしながら、ひまわりのような微笑みを牛男に返す。妻のあまりに美しい笑顔に牛男は年甲斐もなく顔を赤らめる。彼は妻のひまわりのような笑顔から娘の名前を「ひまわり」にしたのだった。
「手、繋いでいいかな……」
「もう、そういうことは無言でやるものですよ」
牛男は片腕で娘を抱き、もう一方の手を妻の元へ近づけると、妻が手を握って来る。三人は仲睦まじく観光を続け、うどん屋で昼食をとることにする。
店はお昼のピークを過ぎたこともあり、店内は牛男達の他に数名いる程度だった。
牛男の座った席の近くには大型の業務用冷蔵庫が置かれていて、中には黒い液体が入った瓶が並んでいた。興味を惹かれた牛男は一つ黒い瓶を持ってきてもらう。
栓を抜き、中の黒い液体を自身と妻の二人分コップに注ぐ。
「酷い色だねこれ……」
「コーラという名前みたいですよ。飲んでみましょうか」
「ああ……」
牛男は意を決し、コーラを口に含むと口の中がシュワシュワと心地よい。ビールに似ているけど、味が甘いんだな。というのが牛男の感想だ。
「悪くはないね」
牛男の感想に、妻も頷きを返す。
「しかし、いつでも冷たい飲み物が氷を使わずに飲めるなんて、製氷屋さんの商売あがったりだよなあ」
「冷蔵庫、買いませんか?」
妻が上目遣いで牛男を見ると、牛男は頭をぼりぼりと掻いて、「うん」と言葉を返す。彼の返答に彼女は満面の笑みで「ありがとう」と言ったのだった。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回もエッセイストの叶健太郎が執筆するぜ! そろそろ若いねえちゃんに譲れって? いやいや。まだまだ俺の時代だぜ!
ん? 若い女性社員が居たって言ってたって? ああ。いるぜ。でも俺、今は社員じゃないしー。そんなの知らないぜー。ああ、そうそう。ナイロン。ナイロンのサンプルを好意でいただいたんだけど、これは凄いな。
女性用のストッキングだ。頭に被ってみたが、伸びる伸びる。これはきっと売れるぜ。まだまだ研究途上らしいから、発売は数年先になるだろうけどなあ。新素材っておもしろいな。ポリエチレンの他にもポリウレタンって奴も開発途中らしいぜ。
進捗状況を取材したところ、ポリウレタンの方が速そうだ。ポリウレタンは繊維会社じゃなく、科学製品の会社で開発してるってさ。この会社はドイツと共同研究してるみたいだぜ。どんな製品ができあがってくるんだろうなあ。
一応言っておくが、ストッキングは頭に被るものじゃないからな。俺がやったからといってやるなよ! あくまで俺は伸縮性の確認をしたかっただけだから!
中華民国と中華ソビエト共和国の緊張が高まっていた問題だが、ソ連とアメリカの仲裁でなんとか矛をおさめた両国は人質の返還も完了した。しかし、ここにきて長江下流域――揚子江で水害が発生する。
水害の被害者は十五万人を超える大災害となったんだけど、場所が場所だけに中華ソビエト共和国と中華民国の緊張感が再び高まってきた。
中華ソビエト共和国が実効支配する華北と中華民国の領域である華南は大雑把に言って長江で上下に別れているんだ。国境線沿いの下流部域――揚子江で水害が発生し大量の死者を出した。
両国ともここまでの死者を出すと、放っておくわけにはいかず救助活動や復旧作業に当たるわけだが、出て来るのはお互いの軍なんだよ!
揚子江を挟んで一触即発の両軍があいまみえる。今のところ戦端は開かれていないが、水害の被害が大きすぎて彼らだけでは復旧作業が捗っていない状況だ……
両国とも自国の力だけではなんともしがたい状況だから、もちろん救援要請を行った。しかし、中華ソビエト共和国から要請を受けたソ連は回答保留のまま動かず、中華民国から要請を受けた米英二国も救援活動を行うに至っていない。
アメリカは議会で反対を受け頓挫し、イギリスはソ連と同じく保留を通達したからだ。
国際社会は未曾有の大災害になっている揚子江の水害へ各国から救助隊が出ていく動きを見せている。救助隊はもちろん民間組織で国は関わっていない。衝突を恐れ動けない母国へ対し非難声明を発表すると共に、人道的見地から彼らを救いに行くと揚子江へ向かう。
募金活動も盛んに行われていて、被害にあった中華ソビエト共和国と中華民国へ送金する構えだ。
正直、ここまでの被害となると戦争どころじゃないと俺は思うんだけどなあ。しかしソ連とアメリカが対峙するようなことになってみろ。そのまま世界を巻き込んだ大戦になるかもしれないだろ。水害の救助活動から大戦になれば人道支援もくそもないよな……
次は京都会議のことをと思ったが、先に訃報から。ポーランドを導いてきたカリスマ指導者が亡くなった。ポーランド・ソ連戦争から、ポーランドの経済的な躍進を指導したカリスマの死にポーランド国内は悲しみに包まれたそうだ。後継者はいるがこのカリスマほどの指導力は発揮しないだろうと言われている。
ポーランドはドイツと西プロイセンの騒乱で問題を抱えているが、上手く乗り切ってくれることを祈る。
イタリア首脳とエチオピア問題について協議する名目の京都会議だが、イタリアの国是としてエチオピア帝国の植民地化を指向していると日本側に現状を説明する。エチオピア帝国に列強の邪魔が入り一度敗れているイタリアは、復讐戦の意味からエチオピアの植民地化を目指しているわけではないそうだ。
イタリアは沿岸部のイタリア領ソマリランドと、エリトリアを保持しており、後ろにエチオピア帝国がある。エチオピア帝国が例えば他の列強と手を組み、ソマリランドへ侵攻する可能性もあるし、エチオピア帝国を自由にしておくことはいつソマリランドが脅かされるか分かったものじゃない。
対する日本は、エチオピアへ得るべき資源や経済効果があるのかを質問。イタリアの回答は旧来の伝統的な農業があるのみで、資源は調査してみないと不明と回答する。
日本は、イタリアとエチオピア帝国の軍事力の差は明らかで、イタリアがエチオピアを攻めた場合、短期間でエチオピア帝国は落ちるだろうと分析していた。その為、イタリアへはエチオピア帝国へイタリア軍の駐留権を認めさせる事と、資源開発をイタリア又はエチオピア資本の会社に限定する事の二点でどうかとイタリアに交渉を行う。
イタリアはそれに加え、イタリア以外の駐留権を認めないことも追加するなら、侵攻を諦めると日本へ回答する。日本はこの回答を持ってエチオピアと交渉に入る予定だ。
さて、エチオピア帝国はどう回答するんだろうな……交渉決裂ならば戦争になるぞ!
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