第40話 ロンドン海軍軍縮会議と日本の国内政策の検討 現在

――現在

 ロンドン海軍軍縮条約は史実だとすでに会議が始まっている頃だが、ノートの人の世界ではこれからの開催となる。延期になった原因は中華民国情勢の為だろう……

 史実のロンドン海軍軍縮会議では、先のワシントン軍縮会議で未決だった駆逐艦・補助艦・潜水艦の規定を決定した会議だった。潜水艦に関しては各国共通の合計排水量が定められたので、まあ問題ないだろう。

 駆逐艦と補助艦が問題だ。史実よりはるかに海軍に力を入れている日本は海兵隊まで所持している。輸送と哨戒の面からも補助艦については対米比八割以上は死守したいところだろう。

 できれば駆逐艦も。

 

「父さん、これから戦争となると軍縮も吹き飛ぶかもしれないんじゃない?」


「その可能性はあるな。日本の経済力が史実よりはるかに高いから軍事費で経済は潰れないとは思うが、できれば軍縮方向へ持っていったほうがいい」


「確かに列強各国で際限なく建造競争をしたら破たんすることは目に見えてるよね」


「駆逐艦と補助艦の対米英比率も気になるが、制限下で日本の海上防衛に充分かどうかも計算しておくべきだ」


「特に輸送と哨戒には数がいるよね……」


「レーダーと航空機が発達すれば数を絞れると思うが、技術発展がまだ足りないだろうな」


「そこはノートの人に試算するように伝えるしかないかあ」


「この時期に軍縮条約が行われるとなると……対米英比も史実より良くなるんじゃないかな。そもそも元にする経済力が史実の日本と全然違うからな」


「確かに、経済力を加味するともっと高い比率になりそうだね」


「なってもらわないと困るってのもあるけどなあ。海兵隊もいるからな」


「あまり心配しなくてもロンドン海軍軍縮条約は悪い方向には行かない感じだね」


「そうだなあ。何しろ戦争勃発するかもしれない空気だしなあ」


 健二は父と検討した結果、ロンドン海軍軍縮条約についてはそれほど問題ではないと結論つけた。

 それより懸念することは日本国内の共産主義勢力と財政引き締めをどう打つかだなあ。健二はそう考えながら一度伸びをし、父と自分のコーヒーを入れて来る。

 

 日本国内の共産主義勢力については、史実同様引き締めを行っているだろうからこれ以上こちらから言う事はないなあ。ここまで共産主義勢力が伸長している世界だ。日本だけでなく、各国史実以上に警戒しているだろう。

 財政引き締めは慎重に行わないと折角上手くいっている経済を失速しかねない。不況に備えて、大規模公共投資など財政出動を行い歳出増大させた。金融政策も行いお金の流通量も増やしたことだろう。

 お金の流通量を増やす事は不況の波及による、需要減少――デフレへの的確な政策になる。

 デフレだからこそブーストさせた財政出動は、デフレからインフレ傾向になり景気が過熱してくれば引き締めを行う必要がある。つまり、デフレとは逆にお金の流通を絞る必要がある。

 じゃあ、どうやって、どの時期に引き締めを行うかが重要だ……


「父さん。ノートの情報によると世界的な不況に関わらず日本経済は好調なんだよね」


「そうだな。健二も考えていると思うが、どこで引き締めするかだ」


「景気過熱を煽り過ぎると大変なことになるが、引き締めが速すぎても外国の不況に引っ張られる」


「難しいなあ。いっそのこと過熱させたら……」


「ダメだ。過熱させ過ぎるとバブルになるぞ。バブルが進み過ぎればソフトランディングさせるのが難しくなる。多少の景気過熱――バブルなら仕方ないが……」


「アメリカ経済が回復傾向に入り始めた頃から少し絞っていく感じかな」


「友好国の景気とアメリカの景気を見つつ引き締めを検討していくのが無難だろうな。その為のGNPだろ」


「日本経済も見ておいたほうがいいんだよね」


「もちろんだ。日本のインフレ率他は見ておいた方がいい。そして、公共投資の過熱を続けると利権も生まれるからな……」


「そうなると、実体経済が成長しなくなるね。利権の方が儲けがいいだろうし……」


「そういうことだ。だから、絞るなら増税ではなく、公共投資を絞り始めたほうがいいだろう」


「でもインフラは必要だよね」


「何も空になるまで絞るわけじゃないだろう。過熱前の水準にまずはもっていけばいいんじゃないか? これまでだってインフラ投資はして来ただろう?」


「そうだね。言われてみればそうだよね」


「健二。もう一つ。外国投資家の動きにも注意が必要だ。アメリカの不況にも関わらず安定した経済成長を行う国があったとしたらどうだ?」


「確かに……投資家の買いが集中して、日本の株価があがる可能性が高いね」


 景気過熱した後の金融引き締めは世論受けが非常に悪いんだよなあ。だから増税や公共投資削減は実施しずらい傾向にある。現在日本だって消費税アップを公約に掲げて選挙戦を行えば不利になるし……

 ただ、外国投資家の資金が日本の株価に流れるとなると、バブル化するまでの時間は思った以上に短いかもしれない。早めに引き締めを行う必要がありそうだよなあ。

 

「父さん。投資を絞ると政権が吹っ飛ばないかな?」


「確かに増税や投資を絞ると世論受けが悪いから、選挙戦が厳しくなると思うが、健二。これまでにもこの世界の日本だと絞ったことがあっただろう?」


「あ。戦争特需の時かな。第一次世界大戦の終結を見越して、生産を絞ったんだよね」


「ああ。それが出来たんだ。今回も出来ると思うぞ。あの時の方が理にかなってないだろう?」


「確かに……」


 いきなり生産を絞れと指示を受けて、生産を絞ったんだった……この世界の日本は。ただなあ、投資額削減は目に見えるけど……増税と違って個人の財布に影響するわけじゃないからまだ受け入れ易いか。

 父も指摘していたが、公共投資をブーストさせることは一時的な処置にしたい。でないと利権の方が儲けが出るから正常な経済成長に悪影響を及ぼしてくる。

 実体がない景気過熱はバブルを促し、酷くなる前に落ち着かせないと強烈な不況になってしまう……どこで金融引き締めを行うかが難しいところだよなあ。

 外国人投資家の日本への投資集中も加味すれば、赤字国債を償還し、他国へ投資を行ったり外債を購入したりするのもいい手だ。こうしてお金を使うことでも引き締めを行うことが出来る。

 

 考慮しなければならない点として、友好国の事がある。父もアメリカだけでなく友好国の景気も注視すべきと言っていた。ドイツで社会不安からナチスが誕生してしまうことが最たるものだけど、友好国の経済不安から政情不安に繋がってしまったら、これまで友好国を抱き込んで来たことが水の泡になってしまう。

 現状、円ペックで固定為替制だから日本で金融引き締めを行い、円高傾向になっても円ペック国同士の貿易に影響は出ないが、そうでない国との貿易では円高の為に不利になるだろう。

 不況下で円高傾向になると、さらに不況を促進してしまうから注意が必要ってわけだよな。

 

「父さん。さっき言った日本へ投資が集中するかもってのだけど、集まった資金で赤字国債の償還とか外債購入するってのはどうかな」


「良い手だと思うぞ。外債を購入する際には広く浅く購入したほうがいいな」


「そうだね。どこの国が革命が起こって、外債吹き飛ぶか分からないしね」


「もう一つ、日本と戦争になって外債無効にしてくる可能性もある」


「戦争する方向にならないようにしていくけど、それってアメリカとイギリスの事かな」


「フランスもだな。列強は戦争を加味すること。そうでない国は革命で吹き飛ぶ可能性があるってことだよ。外債はその点注意しなければならないぞ」


「なるほど。お金があるってのも考えものなんだねえ……」


「無いよりは全然良いぞ」


「まあ、そうだけどさ……」


 健二は日本が無事、この経済局面を乗り切ってくれることを祈りつつ、考えをノートに筆記していく。

 じゃあ次は日本の外交について考えてみようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る