第39話 中華民国大分裂の検討 現代

――現代

 地図に引かれた線に頭を抱える二人だったが、まずは原因分析からすることにした。

 史実では、南京事件から国民党が容共から排撃に態度を変えた為、中国共産党は湖南省長沙を占領したが国民党軍に奪回され、江西省の瑞金で中華ソビエト共和国を宣言する。

 しかしこの世界では長沙の占領に動かず、内モンゴルへ共産党勢力は逃げ込む。恐らくソ連の手引きだろうけど、内モンゴルで力を蓄えた共産党軍はなんと北京を占領してしまう。さらに華北の軍閥を迎合し中華ソビエト共和国の樹立となった。

 長沙に行かなかった原因はいくつか考えられるが、ソ連以外の列強諸国の共産党に対する締め付けが史実より高かったのか、アメリカとロシア公国の脅威を感じていたソ連が史実以上に中国共産党に手を貸す動きをしたのかいろいろ原因は考えることはできる。


 確実に言えることは、史実以上に中華民国における緊張感が高かったということだ。結果として、中国共産党は華北に中華ソビエト共和国を成立させた。

 時期を見て占領していたのだろう。アメリカ・イギリス・フランスは恐慌の影響で動きが鈍く、すぐさま潰しにかかると思われた国民党軍も華北を占拠した共産党軍に躊躇したのか攻め込まなかった。

 ここで国民党軍が攻め込んでいれば、これ以上の独立宣言は起こらなかったかもしれない。

 華北の占領によって分断されてしまった満州を含む中華民国北東部が独立宣言を行う。この背景にはアメリカがあることは明らかだ。国民党軍が当てにならないと判断したのか分からないが、中華民国北東部はアメリカ軍を引き込む為に親米政権を樹立し独立。

 それに対抗するように、内モンゴルと東トルキスタンが共産主義勢力によって中華民国から独立する。この二か国は中国共産党の中華ソビエト共和国と連携し事に当たるだろう。三か国の主導国が中華ソビエト共和国になる。

 この動きを受けて、チベットはイギリス・アメリカの支援の元独立。チワンはフランス・イギリスの支援を受け独立となった。


「健二、これは戦争になるかもしれないぞ」


「中華ソビエト共和国とソ連が共同して攻めて来るかもしれないってこと?」


「可能性はいくつかあるが……史実に近い形となると中華民国が中華ソビエトへ攻め込むパターンかなあ」


 中華民国が中華ソビエトに攻め込んだ場合はソ連が裏で糸を引く可能性が高いだろう。それでも現状は中華民国が圧倒的に有利と思われる。

 分裂前の国軍を所持しているのは中華民国だし、戦力差は圧倒的だろう。史実とは異なるが北伐の例もあるし成功確率は高いと思われる……ただこの世界のソ連は鬼気迫るものがある……

 何としても中華ソビエトを防衛すると直接ソ連が出て来た場合、戦いは泥沼化するだろう。


「ソ連が出てきたら厄介だねえ」


「直接軍を差し向ける可能性もあると思う。ただな健二……積極的に出てきそうなのはソ連だけじゃないんだ」


「どういうこと?」


「健二。史実を振り返ってみろ。恐慌で大不況を解消する手段として戦争を指向した国が」


「確かにありえるかもしれない……」


 父が言う国とはアメリカのことだ。強引な満州国の設立も戦争を想定してのことかもしれない。アメリカの需要不足は規模にもよるが戦争を起こせば解消される。ニューディール政策よりよほど効果がありそうだよ。

 しっかしはた迷惑だよなあ。アメリカの戦争需要は……この世界でもアメリカは圧倒的な強国で国内の軍需産業を扱う企業の圧力もある。奢れる国家だとは思うが、アメリカは強過ぎるからどうもこうもできないな……


「父さん。アメリカが参戦するとすれば、ソ連が出てきたらかな?」


「できれば満州に攻めてきて欲しいんだろうが、それは恐らくないだろう。日本の参戦も招くからな」


 確かに満州に中華ソビエト共和国なりソ連が攻め込めば、日米防共協定により日本が参戦することになってしまう。アメリカ参戦の有力なシナリオはこうだ。

 中華民国が中華ソビエト共和国へ攻め込み、蒙古を通過したモンゴルとソ連の戦力が中華ソビエト共和国へ助力する。このため中華民国と中華ソビエトの戦力差が拮抗し戦いは泥沼化する。

 ここで満州からアメリカの参戦だ。


「ソ連が参戦しなかった場合、中華ソビエト共和国はゲリラ戦に移行するのかな……それはそれで厄介そうだけど?」


 健二の懸念に父は自身の考えを告げる。どうやら父の考えは健二と異なる様子。


「健二。中華ソビエト共和国の成立に大きく寄与したのは軍閥だぞ」


 史実の軍閥は国民党による北伐が完了する時期に有力者の暗殺などがあり力を失って行った。それでも各地の軍閥は地域に密着し、国民党が共産党に敗れるまで国民党政権は完全な地方コントロールができなかった。

 北伐前の軍閥となると、各地域に私兵まで持っていて、中華民国は軍閥による群雄割拠状態と見ることもできた。それほど軍閥は力を保持していたんだ。

 中国共産党が中華ソビエト共和国の成立できたのも、華北の軍閥が協力したからこそだ。彼らは共産党が不利と見るとすぐ中華民国に寝返るだろう。そうなれば共産党勢力は取り囲まれて終了となる。またモンゴルに逃げ込めればいいが、再起するのは時間がかかると思う。

 一度失敗してしまった中華ソビエト共和国に軍閥が協力するだろうか? するにしても共産党勢力がそれなりの軍事力を蓄えねば振り向かないと思う。


「それなら、ソ連が参戦しないとなると……中華ソビエト共和国は詰んでない?」


「いろいろ戦い方はあると思うぞ。華北に拘る必要はない」


 中華民国と一戦もせず東トルキスタンや蒙古に引くことも可能性としてあるか。ソ連の支援を受けつつ、機を見て華北へ侵攻し各個撃破を狙うとか。想定に想定を重ねているから全くあてにならない予想だけど……

 別の可能性として確率は低いと思うが、華北の軍閥が全面的に共産党に協力するシナリオもあるか……そうなれば華北で持ちこたえるかもしれない。


「うーん。可能性があり過ぎて全く予想できないよ。父さん」


「このまま睨み合ったまま動かない可能性もある。手を出すと泥沼になる可能性も高いと思うぞ」


「そう言われるとそんな気もするなあ」


「ノートにはソ連が参戦した場合、アメリカが参戦する可能性があることと、アメリカの国内には戦争を望む勢力もいるってことだ」


「アメリカが不況だからこそ戦争で解決しちゃうかもしれないってことだよね」


「しかし、この世界のソ連は史実よりよほど巧妙に見えるから下手を打たない気もするけどな」


 ロシア公国の事があったりとソ連の危機感が強い為か彼らは史実以上に立ち回りが上手いと思う。これは極東だけじゃなく、ソ連と接している他の地域も注意すべきだな。

 史実で動きが無かったとはいえ安心できないが……日本が手を出せる地域じゃないんだよなあ……

 カスピ海方面はトルコがシリアがある分史実より強化され、日本の友好国として恐慌も上手く乗り切っているみたいだから、ソ連といえども手を出すのは難しいんじゃないかと思う。

 防共協定を日本と結ぶだけでも抑止力になりそうだ。


 カスピ海方面より危険性が高いのは史実でもソ連が攻め込んだフィンランドか。時期が早くなるかもしれないけど、現時点で手を出すのは難しいと思う。東プロイセンがあるドイツは敗戦の影響で軍備が最小限に抑えられているからソ連にとって脅威ではない。

 しかし、ポーランドはどうだ? ソ連がフィンランドへ行くと手を出してくるかもしれない。ソ連は先の戦争でポーランドに敗戦している。

 となれば、動きがあるとしたらソ連・ポーランド不可侵条約が締結された後だろう。


 なるほど。他の地域は現時点で手を出すのは難しいのか。ならば極東でソ連が軍を出す可能性もあるな……


「健二。ロンドン軍縮条約は延期になったんだったな。後は……他の地域の考察も行おう」


「日本の国内政策も気になるね。国内の共産主義勢力はどうなっているんだろう?」


「ノートに現時点での情報をもらおうか」


「了解。父さん」


 健二は中華民国の検討を筆記した後、ノートへ聞きたい情報を記述していく……

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