第38話 中華民国に驚く二人 現代

――現代

 期末テスト最後の数学の回答用紙を書き終え、一息をつく健二はテスト終了までまだ時間があったから、ボーっとノートが告げる情報について思案していた。

 先日、父と日本の恐慌対策を検討したが、現在の経済を理解する上でも非常に有意義だったと健二は感じていた。当たり前のことだけど、過去の歴史は現在へ続いており、過去で起きたことは現在の問題点を検討することに役に立つ。

 金本位制がとっくに終わった仕組みと思っていたが、為替の事とかデフレ対策は現在に通じる。

 それが分かった健二は歴史にますます興味が沸いてきたのだった。頭を捻った経済対策はどのような動きを見せるんだろう……

 

 そこまで考えたところで、テスト終了のベルが鳴る。

 ベルの音を聞いた健二はとたんに体から力が抜け、あくびと共に体を伸ばし、テストが終わったことを噛みしめた。

 

「健二。どうだった?」


 友人がさっそく健二に声をかける。

 

「んー。まあ何とかなるんじゃないってところだよ」


「そっかー。お前最近成績上がってるもんな! 余裕ってことか?」


「そんなことないよ……」


 友人のからかいに健二は手を振って否定する。

 

 

 健二が帰宅した時間はテスト期間中だったこともあり、夜までまだまだ時間がある。自室の勉強机にノートを開き新しく何か筆記されていないかチェックするが、まだ何も書かれていなかった。

 

 健二はふうとため息を一つついた後、コーヒーを飲みながら、日本の動きを整理することにした。

 日本は友好国――ドイツ・オーストリア連邦・ロシア公国・ナジェド王国・トルコと経済協定を締結し、発生する可能性が高い恐慌へ備えた。経済協定は関税同盟と円ペックが大きな目玉だ。

 日本は通貨スワップを提案したが、健二達の思惑と異なり円ペックを選択したのだった。円ペックは通貨スワップに比べ、固定為替相場だから確かに通貨が安定する。しかし、経済力の一番高い日本優位な通貨体制にならないか?

 そこを懸念して健二達は通貨スワップを提案したのだった。しかし友好国は変動為替のリスクより固定相場での安定を選んだってことか。

 ドイツが提案したと聞いたが、円ペックの相場は二年ごとに改定していく取り決めとした。なるほど。短期間で改定していくのなら大きな有利不利は生まれず、円ペックによる通貨安定も望めるってわけか。さすがに各国も良く考えてるなあと、初めて聞いた時健二は感心したものだった。

 

 日本の国内対策も理想的だったと思う。大規模な公共投資を実施して、特に運輸に力を入れていたように思える。これまで災害対策に交通網の整備は行ってきたが、今度は高速道路や鉄道網の整備に力を入れるらしい。

 面白いのは技術開発費に大幅な補助金が出ることだろう。日露以後重視してきた技術力はこれまで以上の投資額を投入し促進するということだ。

 

 健二は考え事にふけっていると、気がつけばもう外が暗くなっていた。今日は夕食当番だったと急ぎ、夕食を作り始める健二。

 父の帰宅までの夕飯は間に合い、家族三人で食事を済ませ、順番に風呂に入る。

 

 風呂から出ると、ものすごい長文がノートに書かれていた……

 あまりの長文に少し驚くものの、健二はノートを手に取り読み始める。

 

 史実と若干時期がずれるが、アメリカの証券取引所で株価が暴落し、金融パニックから恐慌が開始する。恐慌は世界へ波及し世界大恐慌がはじまった。史実同様に銀行が破たんしたり、小国がデフォルトしたが、日本とその友好国は様子が違ったようだ。

 先の恐慌対策が功を奏したようで、不況どころか若干の好景気で経済状況が推移している。恐慌前に採用した経済指標――GNPもプラスで遷移している。

 GNPだが、健二にとっては普通に聞く言葉なので意識していながったが当時はGNPという考えは一般的ではなかったらしい。日本主催の経済会議でイギリスの著名な経済学者から着想を得てGNPを採用したとのことだった。

 

 父に聞いたところ、GNPが経済指標として使われだしたのは第二次世界大戦前後らしい。GNPやGDPで数字を出してくれると健二にとって分かりやすいが、それが無いとなると総合的な経済力を計るのは難しいんじゃないか?

 父はGNPを経済指標として使い始めたと聞いた時、素晴らしいと絶賛していたけど……それならこちらから提案しておけばいいのに……まあ父も俺も人間だ。抜けることもあるか。

 

 健二は横道にそれてしまった思考をノートに戻し、さらに長文を読み進める。

 

 日本と友好国以外は不況の波に捕らわれているけど、イギリスはいち早く金本位制を停止、アメリカでも金本位制停止の動きがあるらしい。上手く不況を乗り切ってくれればいいんだけど……

 ともあれ、日本とその友好国の恐慌対策は思った以上に上手くいったので良かった。

 

 健二は安心したところで、次の行に目をやると驚くべきことが書かれていた!

 

<中華民国大分裂について>


 中華民国大分裂? どうなっているんだあっちの世界は……健二はその一文だけでノートを落としそうになるが、更にノートを読み進める。

 想定外過ぎる出来事に健二の喉はカラカラに乾き、あえぐようにコップに水を注ぎ一気に飲み干した。そこへちょうど風呂から上がって来た父が健二に声をかける。

 

「どうした健二?」


「父さん、ノ、ノートが……」


「ノートに何か書かれたのか?」


「うん。ものすごい長文が今さっき書かれたんだけど……俺がどうこう言う前にまず読んで欲しい」


「わ、分かった。そこまで動揺する内容なのか……」


「少なくとも俺は腰が抜けそうだったよ!」


 もう一回コップに水を注ぎ、飲み干す健二。父は彼を一瞥すると、彼と同じようにコップに水を注いで飲み干してからノートを手に取る。

 父は健二と同じように当初はほうほうと感心したように頷いていたが、とたんに曇りはじめ、眉間に皺が入る。


「健二。これは驚きだな」


「そうなんだよ! 父さん。まさか中華民国大分裂とは……」


「ううむ。ここまで大胆な動きをすると予想していなかった。事実は小説より奇なりってこのことだな」


「各国の思惑からこうなったのかなあ?」


「まず事実を整理してから、どうしてこのような動きになったのかを分析してみようか。健二。先にノートへ今回の事件を分析してみると書いてくれ」


「了解。史実と照らし合わせての今後の検討はその後でってことだね」


「そのつもりだよ。まずは現状把握しなければ……しかしオーストリア連邦やロシア公国以上の驚きだなこれは……」


 父は世界地図を広げ紙とボールペンを机の上に置き、検討をはじめる。


「健二、地図を見ながら中華民国の分裂状態を把握するか」


「了解。父さん」


 父がボールペンを手に取り、ノートの情報からそれぞれの勢力範囲を地図に書き入れていく。中国共産党による中華ソビエト共和国が華北。内モンゴルが蒙古ソビエト共和国。ウイグル自治区が東トルキスタン共和国。この三か国が共産党政権勢力になる。

 対するは、中国北西部の満州を含む地域を満州国。雲南省・貴州省・広西チワン自治区がチワン共和国。チベット自治区とかつて清時代に分割された旧チベット地域であるアムド地方(青海省、四川省)を含む地域をチベット国。残りの華南地方が国民党支配の中華民国として残った。


「しかし、地図を見れば見るほど信じられんな……」


「そうだね。父さん。中華ソビエトだけならともかく、こんな動きをするなんて……」


「じゃあ、一つ一つ検討していくか」

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