第37話 動乱の中華民国 過去
――過去 牛男 台湾にて
牛男は藍人から来た手紙を開き、読み始める。手紙の内容は中華民国がきな臭い状況だが、台湾はどうだという内容だった。牛男が所属する建築会社は台湾での現場作業を進めており、現在はダム建築と道路建築に精を出していた。
別の建築会社は鉄道や橋など多岐に渡り建築ラッシュが続いている。台湾でも「日本改造論」の影響を受け、多額の資金が投入されているという。
藍人が心配する事は警察機関も同じ考えだったようで、中華民国で動乱が起こっていることから、元は清国の領土であった台湾の動きを警戒しているというわけだ。
台北など都市部では警察官の数が普段の倍ほど動員され警戒に当たっているが、今のところ台湾国内で大きな混乱は発生していない。
休日になり、牛男は街へと繰り出すがやはり街はいつも通りの雰囲気に見えると感じていた。中華民国と台湾は藍人や警察が警戒するほどの繋がりはないんじゃないかというのが、現地に住む牛男の率直な感想だった。
「牛男さん、お待たせしました」
牛男に手を振る若い女性――彼の上司の娘が駆け足で長い黒髪をなびかせながら彼の方へ向かってくる。
「走らなくていいのに」
「いえ。牛男さんを待たせたくありませんので」
長い黒髪の女性は少し息があがりながらも牛男へ言葉を返す。
牛男は女性のこういったところが微笑ましく思い、つい笑顔になる。彼の笑顔を見た女性は恥ずかしさからか少し顔を赤らめた。
その様子に牛男も照れてしまい、頭をガシガシと搔きむしる。
「そ、そうだ。真美さん。街は厳戒態勢ですけど俺にはいつもと変わらなく見えるんだけど。真美さんはどう思う?」
牛男は何か話をしようと、とっさに出た言葉は我ながら酷いものだと感じる……
「え、ええ。そうですね」
長い黒髪の若い女性――真美もしどろもどろに牛男へ応じる。
「トーキーって見たことある?」
「いえ。活動写真みたいなものですか?」
「音も出る活動写真らしいんだよ。中には色がついてるのもあるとか。街の活動小屋で昨日から公演してるって」
「面白そうですね! 行ってみたいです」
二人は活動小屋へ向けて歩き出す。途中不意に牛男が真美へ声をかける。
「手、繋いでいいかな……」
「……そういうことは、聞かなくてもいいんですよ」
真美は真っ赤になってふさいでしまう。「失敗したなあ」と牛男は頭をかき、反対の手を彼女の手に重ねると、彼女は牛男の手を握り返して来た。
――磯銀新聞
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。え? もう何も言わないって? 何をだよ。人が居ないなら居ないって言えって?
い、いやいるんだって。俺以外にも記者はいっぱいいるんだって!
今日は中華民国特集だぜ。中華民国情勢は非常に煩雑だが、任せておけ簡潔に分かりやすく説明しちゃうからな。
中華民国では、領域内にたくさんの勢力がひしめいている。最大勢力が中華民国の支配者である国民党。次いで中国共産党。各地には軍閥。さらには被支配民族がある。漢民族以外の民族のことだな。
中国共産党は内モンゴルで勢力を蓄え、北京を占領すると華北の軍閥を取り込み、華北を制圧する。華北地域は中国共産党の支配下となり「中華ソビエト共和国」宣言を行う。
これと呼応するように内モンゴルは、蒙古ソビエト共和国として独立を宣言。電撃的な共産党の進出に焦ったのは国民党はもちろんだが、アメリカだった。
華北と内モンゴルに接する満州を含んだ中華民国北東部は、アメリカの支援の元「満州国」を宣言。この間隙を突き、今度はソ連の支援を受けた東トルキスタンが、「東トルキスタン共和国」として独立宣言。
どちらも民族自決を名目に独立宣言を行った。満州国は満州民族の民族自決と主張し、東トルキスタンも同じくウイグル族の民族自決と主張した。どっちもどっちだが、中華民国の意向を反映していないのは明らかだ。
東トルキスタンまで共産主義勢力下に入ったとなると、フランス領インドシナで暗躍しているベトナム共産党と連携されると厄介になる。
それを見越していたのか、アメリカ・イギリス・フランスの後押しを受けたチベットが「チベット国」として独立宣言を行う。チベットの領域はアムド地方も含む中華民国南西部になる。チベットとフランス領インドシナと隣接する地域は、チワン共和国として独立宣言。
対する共産勢力も東トルキスタンと華北に挟まれた回族が住む地域を中華ソビエト共和国へ組み入れた。残る華南地域は中華民国として残る。
多数の独立宣言が行われ、中華民国は大分裂することとなったが最も大きな勢力は華南の中華民国であることは変わらない。大都市の多くは中華民国の領域内にあることも大きいだろう。正規軍と言えるものを持っているのもここだけだしな。
話についてこれなくなった人? 大丈夫だ。書いてる俺にも分かりずらくなって来たからな。
簡単に整理すると、元中華民国は大分裂した。大きく分けると三種類の国家群になる。一つは元中華民国である国民党政権下の支配領域である華南。これの味方になる地域が列強の支援を受けた三か国――チベット・チワン・満州になる。
対する共産主義勢力が華北を支配した中華ソビエト共和国。北西部にある東トルキスタン、北部の蒙古ソビエト共和国の三か国だ。
敵対関係から見ると、満州を除く北部が共産主義下に。南部が民主主義下に分裂したと言える。
大分裂のきっかけとなったのはやはり、中国共産党の華北支配だろう。中華ソビエト共和国によって分断される形になってしまった満州を含む東北部地域が後に続いたものだから、雪崩を打つように独立宣言が成されたというわけだ。
中華ソビエト共和国と中華民国は近く戦いを始めるだろうと分析されている。中華民国では大規模な水害が発生していて、その収集がついたら始まるかもしれない。
もし戦いが起こったとすれば、この戦争は単に中国大陸の覇権をかけた戦いだけじゃ済まないだろう。これはソ連とアメリカの露骨な勢力争いでもあるのだから。
日本は中華民国大分裂を横目で見ていただけだったが、台湾で連携して暴動が起こることを警戒し、台湾を厳戒態勢下に敷いた。また、日本はアメリカとの防共協定の取り決めとして、満州が他国に攻め込まれた場合アメリカと共に防衛する義務がある。
中華ソビエト共和国かソ連が満州に攻めて来た場合、日本も出兵しなければならなくなる。
政府筋の見解だが、日本の参戦を招いてしまう満州へは攻めてこないだろうと分析している。ソ連と連携し攻めるなら確かに満州が適しているが、よりリスクが少なく、得る物も大きい華南の中華民国へ行くだろうとのことだ。
共産主義勢力の動きは中華民国だけに留まらないだろう。中央アジアや東欧で何らかの動きがこれから出て来るんじゃないだろうか。西欧諸国や日本を含む列強諸国内にも共産主義勢力は潜んでいる。
どこで共産主義革命が起こってもおかしくない情勢だけに、世界の動きから目が離せない。
※次回から中華民国について分析します。
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