第36話 恐慌の波及 過去
――過去 藍人
藍人の妻である蜜柑はただいま妊娠八か月。藍人は産まれて来る子供の事が気が気でなかったが、最近頻発する災害に陰鬱な気分になってしまう。浅間山の噴火、伊豆での地震……特に地震は数年ごとに大きなものが起こっているから、産まれて来る子が災害に巻き込まれたりしないだろうかとハラハラしているのだ。
しかし藍人は日本の災害対策について全幅の信頼を寄せていた。数度の大震災にも関わらず、避難訓練と迅速な消防・軍の出動と震災のたびに彼らは抜群の安定感を見せている。
そうは言っても犠牲者が無しではないから、藍人は心を悩ませているわけだ。我が子が産まれる前から親バカの様相を呈している彼は、仕事の為また海外へ出なければならなくなっていた。
子供が産まれるまでに帰国できることを祈りつつ、彼は自宅を出発し、新しく開港した羽田空港へ向かっていた。
これまで海外へ出る際には船便を使っていたが、昨今の航空技術の発達から飛行機便が使えるようになってきた。まだまだ気軽に旅行目的で空の便を使うまでには至っていないが、ビジネスの世界では一般化しつつある。
藍人はいずれ家族を連れて飛行機で海外旅行なんてことも夢では無くなるのだろうと何となく考えながら、羽田空港へ到着する。
今回の出張は前回と同じくロシア公国になる。あるウオッカの製造業者と日本での独占販売契約を結びに行くからだ。先日持ち帰ったロシア公国産のウオッカは社内で好評だったので、都内の居酒屋で試飲会を開いたところ、参加者から悪く無い反応を得ることができたのだ。
試飲会の結果を受けてロシア公国産のウオッカを輸入することが決定し、藍人はロシア公国へ行くこととなったのだった。
飛行機の出発までにはまだ時間があり通訳も来ていなかったから、藍人は売店で新聞を三つほど購入し喫茶店に入る。
新聞記事には好調な日本経済と混乱するアメリカ経済など経済記事が中心となっている。日本は先日「列島改造論」を打ち出し、国内の公共投資額を大幅に増やし、逆に景気が過熱するまでになっている。
研究開発費も相当額をつぎ込んでいるようで、民間企業の研究開発部門の新設や拡大の話を藍人は良く耳にしていた。彼の感覚からすると、アメリカやフランスなど列強国の不況は本当に起こっているのかと勘繰るほど、日本国内は好景気だったのだ。
新聞記事に嘘はないだろうから、銀行が破たんした話であるとか、小国がデフォルト(債務不履行)したという話は事実なのだろう。しかし、藍人が触れる機会のある外国はロシア公国で、ロシア公国から深刻な不況を感じ取ることはできない。
むしろ、天然ガスの開発に成功し産出が始まった為、ロシア公国の景気はこれから過熱するだろうと予想されているほどなのだ。これで不況を感じろというのも無理な話だろう。
藍人が新聞を読みふけっていると、いつのまにか通訳の人が到着し、彼へ挨拶をする。
「藍人さん。はやいですね」
「ええ。交通の便が良くなっていて思った以上に早く着いちゃいました」
「電車で来れるようになったので、早く着くようになりましたよね。ここも」
「そうですね。羽田行きの急行電車に乗ってきましよ。本当に早くてびっくりでした」
「ああ、交通と言えば藍人さんは車に興味無いのですか?」
「車はまだまだ手が出ませんよ。なんでしたっけ国民車構想ってのがあるみたいですけど」
「政府が発表してましたね。一家に一台車を持つ時代が来るとかなんとか……」
「そうなれば、家族で車に乗って旅行に……とかできますよね。楽しみですよ」
「そうですね! 車だと幼児を連れていても移動しやすいですし」
「ですよね!」
子供の話となると、藍人のトーンが変わる。もう産まれて来る子供のことで頭がいっぱいなのは通訳もすぐ分かり、通訳は微笑ましい気持ちになり藍人を見やる。
「ではそろそろ、移動しますか」
通訳の言葉に藍人は気持ちを切り替え、立ち上がる。
搭乗ゲートに向かう二人の目に大きく張り出した看板が目に入る。どうやら渡航中止の連絡らしいが……
<中華民国方面の行きの飛行機は全て渡航中止となります>
「木村さん。これって……」
藍人は驚いた様子で隣を歩く通訳――木村へ声をかける。
「中華民国で何かあったのでしょうか」
「号外が出てるかもしれません。新聞を急ぎ見てきます」
「分かりました。ここで待ってますね」
急ぎ売店へ走る藍人は、店に到着すると店員に号外が無いか尋ねる。
しかし残念ながら、号外は手に入れることが出来ず、藍人はまた走って通訳の木村がいるところまで戻ることにした。
戻った藍人に通訳の木村は心配そうな顔で口を開く。
「藍人さん。中華民国で革命が起きて武力衝突が発生しているようです」
通訳の言葉に藍人は目を見開く。中華民国で動乱とは何が起こっているんだ? 早く情報を得たいところだけど……
「ウラジオストックに到着したら、すぐに会社へ問い合わせします。何か分かるかもしれません」
――磯銀新聞
震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また震災に会われた方におきましては一日も早く元の生活に戻れますよう願っております。
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。え? 別の記者じゃなかったかって? もういいって? いや、そうは言われてもなあ。
タイミングを見てそのうち書いてもらうから、な。まあ、気長に待っててくれよ。
伊豆地方大地震、浅間山の噴火と災害が続くが、今回の災害では幸い死者は出なかった。災害では出なかったんだけど、二次災害で亡くなられた方が出てしまったんだ。本当に災害が多いよ。
政府も関東大震災前から区画整理や避難訓練で出来る限りの対策を打っているのは分かるし、実際に効果も出ているが、こうも災害が多いと気が滅入るよな。
アメリカで端を発した恐慌だが、今のところ日本への影響度は皆無と言える。日本政府は「日本改造論」を打ち出し様々な公共投資を行った影響で日本は好景気を維持している。友好国も恐慌が波及しているのだろうけど、フランスやアメリカに比べると無いも同然の影響しか受けていない。
好調な日本の貿易取引量に後押しされる形ではあるが、ドイツ・オーストリア連邦は成長率が落ちたものの順調な経済成長を見せている。ナジュド王国とロシア公国に至っては日本の資源開発が進み、日本へ石油・天然ガスの輸出を開始しているから、これから好況となることが確実視されている。
トルコはやや不況下だが、ソ連以外の周辺国に比べればはるかにマシと言える状況だ。
列強国の不況状況だが、震源地のアメリカを始めフランス・イギリスは深刻な状況だ。イタリアは米英仏ほどではないが不況下にある。西欧・東欧の主要国も米英仏の影響を受け不況にあえいでいる。
こうした状況の中、まず動いたのがイギリスだ。金本位制の停止を宣言し、イギリス本国と植民地以外の関税を引き上げ、自国の経済復興を試みている。アメリカは公共投資を行う案を出しているが、アメリカ経済は規模が大きくどこまで不況対策になるのか不透明な状況。
日本とその友好国が好調な事に目を付けたポーランド・北欧三か国は日本へ経済協定の締結を打診している。日本政府は彼らとの協議に応じる構えだ。
経済情勢にばかり目が行くが、中華民国で動きがあった。内モンゴルへ脱出した中国共産党が北京へ進軍し、占領に成功した。占領に成功した中国共産党は、内モンゴルから兵を華北地域に差し向けたんだ!
この動きに、中華民国革命軍(国民党)や軍閥はどう動くのか? アメリカ・ソ連は直接の動きを見せるのか。続報が入り次第お知らせする!
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