第31話 昭和がはじまる 過去
――過去 牛男
牛男はソロモン諸島での勤め期間が完了した後も南国の島が気に入りしばらく生活していたが、藍人の結婚式へ出席する為に日本へ帰国していた。帰国後ソロモン諸島に戻ることも考えたが、彼が次に選んだ土地は台湾だった。
台湾もまた亜熱帯に属する地域で、彼の大好きな色とりどりの魚が海に生息する地域であった。この頃になると牛男には一つの夢が出来ていた。
南国の色とりどりの魚やサンゴを東京近辺で観覧できる施設を作りたい。死んだ魚の標本ではなく、生きて泳ぐ魚やサンゴをだ。牛男は夢が出来て以来、陸上で魚やサンゴを飼育するにはどうすればいいか文献を読んでいる。
最近の技術の進歩は目覚ましく、電気を使って水を温めたり、空気を送り込んだりする装置が開発され陸上で魚を飼育することも無理な話ではなくなってきており、事実飼育実績もあると牛男の調べた文献にはそう書いてあった。
日本国内にも水族館という魚を鑑賞する施設はいくつかあるが、南国の魚を専門に扱った水族館は未だに開設されていない。ただ、サンゴや南国の魚を取り扱っている水族館もあるみたいだから、いずれ見に行きたいと牛男は考えている。
台湾からなら日本本土もそう遠くない。現地ならば、現地の海水を使えば飼育もできるんじゃないかと彼は思い、台湾で南国の魚とサンゴを飼育してみる心づもりでいたのだった。
台湾での牛男の仕事は工事の現場監督だった。ソロモン諸島での実績が認められ、今度は現場監督として派遣されることになったのだった。
台湾に到着した牛男が感じたことは思った以上に近代化されてるということだった。南北に鉄道が通り、街も電化されている。
かつては阿片が蔓延していいたという台湾も今ではすっかり阿片禍はなりを潜めていて、あと数年もすれば完全に撲滅されるのじゃないだろうか。
思った以上に治安も良く、いい意味で意外な驚きの中、牛男は台湾での生活をスタートさせた。
働き始めて少しした夜、牛男は上長宅に招かれ夕食を共にする。上長宅には彼の妻と娘が彼と共に牛男を迎えてくれた。
出された食事は現地風のものでは無く、慣れ親しんだ日本食で、牛男の舌を大いに満足させるものだった……
「牛男君。どうだい? 台湾には慣れたかな?」
「はい。俺はソロモン諸島へ行って以来、南国が気に入っておりまして」
「ソロモン諸島かあ。あちらは年中夏だと聞くが、台湾はそうでもないよ」
「ええ。ですが、綺麗な魚が生息しています。俺にはそれで充分なんですよ」
「ははは。ところで牛男君の実家はどちらなんだい?」
「ご安心ください。私の実家は関東です。確か……地震が起きたんですよね」
「それは良かった。今度は京都府丹後半島で地震だよ。これで三度目だ。一体日本はどうなっているんだろうねえ」
「今回も被害は軽微で済んだと聞いてますけど……」
「そうだね。政府は良くやっているよ。これほど大きな地震なのに今度も上手く乗り切ってくれた。犠牲者は発生しているがね」
「理想は犠牲者無で乗り切って欲しいですよ。やはり……」
「もちろんそれが一番さ。ただ、犠牲者の数は回を追うごとに減ってきている。次が無い方がいいが、次は犠牲者無になる予感がするよ。私はね」
「そうですよね!」
牛男も上長と同じく、連続して起こる地震に不安を覚えていた。次はどこで大きな地震が起こるのだろう。次は自分の実家付近でもおかしくない。地震はいつ起こるか分からないし、いずれ来ると考えておかないとなあ。
「どんどん食べてくれよ。もうすぐカニが茹で上がるぞ」
上長の声と被るように、彼の妻は大きなカニを丸ごと一匹皿に乗せ、食卓へと運んできてくれた。牛男にどうぞと彼の妻は促し、牛男は少し遠慮しながらもカニの魅力には勝てずむしゃぶりついた。
「おいしいです!」
「そうか。それは良かった。牛男君は結婚していないのかね?」
「ええ。未だ独身です。ソロモンから戻ってすぐに台湾に来ましたし……」
「なるほど。どうもね。うちのが君の事を気に入ってる様子なんだが、良ければ少しだけでも話をしてやってくれんかね」
上長の娘はもうすぐ二十になろうかといういいお年頃だ。彼女はお淑やかな日本人女性で、大きな目と美しい長い髪が特徴的だった。牛男ははめられたと思いつつも悪い気はしなかったので、この後、彼の娘と談笑することになった。
――磯銀新聞
震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また震災に会われた方におきましては一日も早く元の生活に戻れますよう願っております。
どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。またなんだ。また地震が起きたんだ! どうなっちまうんだ日本は。
京都府丹後半島北部でマグニチュード7.2の大地震が起きた。関東大震災を含め三度目の大地震になるが、今回も避難訓練の最中だったため大きな被害にはならなかったんだ。
今日はアジアの話題を行ってみようか。オランダ領東インドでインドネシア国民連盟が結成された。国民連盟は昨今の民族自決を目指した組織でオランダは警戒している。この組織が巨大化し革命・内乱という流れになるとオランダも大変なことになりそうだが。
同じ出来事は台湾でも芽吹いている。台湾民党が結成されたが、こちらは独立というよりは台湾の扱いを本土並になることを目指しているとのことだ。議員の中には台湾をいずれは本土並みの権利を持たそうと指針を出す者もいるが、現状本土から莫大な投資を行っている金食い虫状態だからすぐには難しそうだぜ。
台湾の生産能力が上がればそういった話も現実味が出て来るかもなあ。
一番の事件はお隣の中華民国だろうなあ。中華民国の国民革命軍が南京を占領したんだが、その際に日本領事館を含む外国領事館と南京に在留していた外国人を襲撃したんだ。
当たり前だが、自国民を襲撃された列強諸国のうち、近くに艦隊がいたアメリカ・イギリスは艦砲射撃を実施し、陸戦隊を投入。在留外国人の確保に動いた。対する国民革命軍は暴行を働いた兵士を処罰すること。外国人排除を目的としていないこと。治安の回復を約束することと声明を出すが、列強諸国はそれで収まらず、正式な謝罪と損害賠償金を請求した。
しかし事件はさらなる事件の引き金になった。国民革命軍に敵対する北洋軍閥の流れを組む奉天派がソ連大使館を強制捜査し、ソ連が今回の事件に関わっていたと発表。
さらに、イギリスがロンドンでも同じようにソ連の貿易会社の強制捜査を行い、南京事件とソ連の関連性を調べ上げた。
この事件の影響で身の潔白を訴えるソ連は中華民国と国交断絶。イギリスもソ連と国交断絶という結を見た。
まあ、そうは言ってもいずれ元に戻ると俺は踏んでるけどな。政治パフォーマンスにしか見えないんだよなあ。断交したからと言って戦争状態に入るわけでもないだろうからな。
アジアはざわついていたが、西欧ではドイツが国際連盟へ予定通り加入し、ロカルノ条約で約束された協調路線が実行された形だ。緊張が緩和された西欧はこれから本格的に復興期に入っていくのだろう。
最後に、最近発売されたレモン味の清涼飲料水がおいしい! 騙されたと思って一度飲んでみてくれよ。
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