第30話 ソ連承認 過去

――過去 ドイツ某都市 用宗

 用宗もちむねはドイツ語の語学力が買われてドイツの日本語学校とドイツ語学校の教員を兼務する忙しい日々を送っている。これまで日本国内の貧困層がアメリカなどへ流出していき、行先の国で厳しい労働環境で耐えていたのだが、日本の経済的躍進があったのと、日本国内へ政府が投資を積極的に行うようになってからは、これまで海外に流出していたような貧困層は国内で土木事業社から雇われる例が多くなってきた。

 それでも、海外へ夢を見て外へと向かう日本人も後を絶たなかった。そこで、ドイツに支社のある日本企業やドイツ・日本の合弁会社はドイツ国内に日本・ドイツ両政府のバックアップの元、日本人を積極的に受け入れる体制を構築していた。

 日本人にとって一番問題となるのは、言葉の壁で現地に日本人の為のドイツ語学校が幾つか建築され、日本人は現地の日本企業や日独合弁会社で働きながらドイツ語を学んでいる。

 また、ドイツ人の中にも日本語を学びたい者が増えてきたので、これらの企業のバックアップの元、日本語学校も併設されている。

 日本国内でもドイツ人の受け入れは行っており、特に技術者は高給を持って受け入れられている。

 こういった背景にはもちろん、先の欧州大戦による人的被害がある。多くの働き盛りのドイツ人は先の戦争で死亡してしまい、ドイツの労働人口は激減していた。いずれ労働人口は回復してくる見込みではあるが、その時にはさらに拡大した経済の元、人的需要が拡大していると予想されたので、人材不足は今後しばらく解消しそうにない。

 最も、労働人口が回復した後に好景気によって求人が増えに増えて人材不足になった場合にはドイツにとって嬉しい悲鳴になるのではあるが……

 

 用宗もちむねは本日の仕事を終えると、仲の良いドイツ人とビールを飲みに店に入る。

 店に入るとすぐに、気さくな店員がビールとソーセージを持ってきてくれた。

 

 「乾杯」「乾杯」

 

 二人はお互いのグラスをコツンと合わせ、ビールをゴクリと口に含み飲み干す。

 

「いやあ。ドイツのビールはおいしいですね」

 

用宗もちむねさんはビールが好きだねえ。まあ、かく言う私もですがね」


 用宗もちむねの友人の中年のドイツ人は自らのビール腹をポンポン叩き、朗らかな笑みを浮かべる。


「ドイツもようやく緊張状態から平和共存の道へ歩み始めましたね」


「ロカルノ条約でフランス・ベルギーが軟化して良かったよ。俺達一般人からしたら、国家間のいがみ合いなんて遠い話だからさ」


「毎日おいしい物を食べ、適度に労働を行い、奥さんと子供の笑顔を見る。これこそが最高だと私は思いますよ」


「違いない。あんたは日本人だが、俺にとっては旧来の友人みたいに俺は思ってるよ。日本人は表情が無いって聞いてたけど俺には日本人も表情がちゃんとあるってわかったぜ」


「それは誉め言葉なんでしょうか?」


「褒めてるってば。ほんと真面目なんだから用宗もちむねさんは」


「日本人だからといって、私のように硬い者ばかりじゃないんですよ。これは私の個性です」


「そうだよな。日本人だからとかドイツ人だからって考えは俺もあまり好きじゃない。俺の友人、用宗もちむねだよ」


「ええ。私もドイツ人ではなく、私の友人、ハンスとして見てますよ」


 二人は笑いあい、追加のビールを頼む。


「しかし最近は落ち着いてきましたね。このまま平和になればいいんですが……」


「だなあ。戦後は極右組織や共産党勢力がデモやら物騒だったけど、最近は少なくなってきたな」


「ドイツ国内がこのまま豊かになっていけば、そのようなデモも見なくなりますよ」


「そうかもな! みんな不安だから縋ろうとするんだよなあ。極端な思想は魅力的に見えるからなあ。耳障りがいいし」


 用宗もちむねは願う。このまま平和に豊かさをドイツが取り戻して欲しいと。ロカルノ条約で西欧の緊張は緩和された。この流れを受けてかは不明だが、日本・アメリカ・イギリス・ロシア公国はソ連を承認した。

 承知の通り、ソ連は日本にとっての一番の仮想敵国だ。そんなソ連を承認し、協調していこうと舵をきっている。ソ連はロシア公国を承認したし、これで赤軍とロシア公国の衝突が亡くなればいいんだが……

 協調路線が進んでいるとはいえ、もちろん火種は各地にある。例えば、中華民国であったりイタリアとギリシャであったり。これらの火種も平和的解決すればいいのだが。

 


――磯銀新聞

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。長年勤めている癖にまだ編集長に出世しないのかって? 痛いところをついて来るな、君は!

 俺だって好きで出世していないわけじゃないんだよ! いろいろあるんだよ大人の事情って奴がさ。分かるだろ? ちくしょう! 編集長! 社長! 出世しなくていいから給金をあげてくれ! え? 給金をあげてもロクなことに使わないからダメだって?

 ちくしょう! 来年くらいにはきっと俺だって。

 

 前置きが長くなってしまったが、欧州大戦からもう六年が経過しようとしているが、ようやく国際協調が進んできているようだな。このまま平和になったらいいんだが。

 ロカルノ条約に続き、日本・アメリカ・イギリス・ロシア公国はソ連を承認した。ソ連もロシア公国を承認する。先日、国民党が共産党を容認する事件があったわけだが、アメリカは意にも介さずソ連を承認したってことになるな。

 国民党は「北伐」を宣言して勢力範囲を拡大しているが、かの地の多くの地方は軍閥によって支配が続いている。「北伐」でどこまで支配地を広げるかは不明だが、旧清国の支配地域を全てとなると難しいと思うぞ。

 こういった支配状況があるから、アメリカは気にせずソ連承認へ動いたんだな。しかし、アメリカがこのまま黙っているとは俺には思えない。きっと何か動きがあると思うぜ。

 

 ドイツでは日本企業の進出や日独合弁企業の設立と経済的な交流が積極的に進んでいて、ドイツへ渡る日本人も増えてきている。政府も日本人が現地で働く為に企業へ教育資金を拠出している。

 ドイツは経済不安が緩和されてきていて、失業率も低下し、生産能力も回復してきている。それに伴い、共産主義勢力や極右勢力が下火になってきた。

 ドイツと同じ敗戦国のオーストリア連邦はどうだったのかというと、ドイツのように人的資源の枯渇はそこまで起こっていないが、日本企業が積極的に進出している。

 

 そうそう、日本とドイツ・オーストリア連邦とは相互経済協約が結ばれ、ドイツとは以前からの約束通り正式に技術協定も締結された。

 日本はさらにトルコとも相互経済協約を結ぶ予定でいる。現在交渉中だが、近く締結される見込みだ。それに先立って日本企業による開発がトルコ国内で始まっているからな。トルコはそれなりに広い国土を持つし、ソ連とも国境を接しているから共通の敵ソ連への感情があるのと、キリスト教国家ではないという共通点もある。

 きっと良い関係が築くことが出来ると俺は思うね。

 他にも日本企業の進出は進んでいる。代表的なところでポーランドや北欧諸国だな。ポーランドは政変があり、日露戦争中に日本へ訪問したことがある人物が国家元首となった。当時の日本はポーランドにたいした支援は行えなかったが、政変をきっかけに今後は積極的な交流をはかりたいと両政府が発表していたぜ。

 

 もう一つ、画期的な報告が二つあるんだよ。一つはロンドンで動く物体の映像の送受信を公開実験で成功させた。いずれは動く映像が誰でも撮れる時代になるかもしれないなあ。俺の映像が全世界にってこともあるかも。ファンがますます増えてしまうな。

 二つ目は我が国日本の話題だぞ。八木・宇田アンテナについて論文が発表された。アンテナって何だっていうと、電波を受信できるとか何とか。どんな利用方法があるんだろうなあ。ロンドンの動く物体の映像を電波で送ってアンテナで受信すれば、映像が見れるのかなあ。

 夢が広がるぜ。未来の技術へ乾杯。


参照:北伐完了後の支配地域(史実)

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%BC%90#/media/File:Chinese_civil_war_map_02.jpg

 青色部部が国民党の支配地域。ピンクが軍閥。1927年北伐完了後。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る