第29話 対ロシア公国 経済・軍事条約 過去

――過去 藍人

 蜜柑との挙式を終え、新居に引っ越しした藍人は幸せの絶頂であったが、無常にも会社からロシア公国へ行くよう指示を受ける。血の涙を流す勢いで蜜柑に別れを告げロシア公国へ旅立つ藍人だった……

 いつソ連の赤軍が攻めて来るか分からないと聞いていた藍人は内心警戒しつつもロシア公国の首都ウラジオストックへ足を運んだが、この地は平穏そのもので違う意味で彼は驚くことになるのだった。

 先日までウラジオストックではアメリカ・日本・ロシア公国間でソ連の承認について議論が交わされていた。

 藍人が新聞で読んだ情報によると、三か国はロシア公国を承認するなら、ソ連を承認すると結論を出し、交渉のテーブルにつくことも約束した。ただし、交渉をする場合には第三国で実施し、お互いの領土内で行わないことを条件にしていた。

 一般家庭には普及していないが、既にそれなりの企業では電話を使い遠く離れた場所に居ても会話することができるようになってきた。政府間ならば電話も既に当たり前の技術となっているから、電話による事前交渉は行うのだろうと藍人にも容易に想像がつく。

 

 現地で通訳の中年の日本人男性と合流した藍人であったが、彼の体は正直に空腹を告げていた。ちょうどレストランが目に入ったので、彼は通訳に昼食にしないかと誘いレストランへ足を運ぶ。

 彼が入ったレストランはこの地域の家庭的な料理を出す店で、夜には酒を飲む客が集まると人の良さそうな髭もじゃの店主が藍人にそう語りながら料理を持ってきてくれた。


 料理を食べながら、藍人と通訳はこれから会う予定の企業の話をした後、ソ連の今後の出方について話が移行していく……


「ソ連は乗って来るでしょうかねえ」


 通訳の言葉に藍人は思案する。お互いのメリット・デメリットは何だろう? ソ連にとっては列強の二国からの承認を得ることができれば国際社会に出ていくことができる。国家承認を受けていないなら、お互いに領事館を置くことが無いし、交渉の窓口が存在せず多国間協定会議にも招待されないし、ずっとのけ者にされてしまう。

 先だってフランスとイタリアはソ連を国家承認しているのだから、ソ連は一応ロシア帝国の後継国家として一部から認められている。しかし、列強の中心国家であるイギリス。最も力を持つアメリカ。ついでに日本からの承認を得ていない状態となると国際的には復帰したと言えないだろう。

 自国の一部と認識している領域にあるロシア公国を承認することは気分が乗らないことかもしれないが、承認したからと言って滅ぼしてはいけないってわけではない。実質デメリットは無いんじゃないか?


「恐らく乗って来ると思いますよ」


 藍人は自分の考えを通訳に告げると、彼も確かにと頷きを返す。

 この後、藍人は現地の取引先をいくつか訪問し、一週間が経つ。

 

 ようやく帰路についた藍人は帰りの船で新聞とコーヒーを購入し喫茶スペースで新聞を読むことにした。本日の新聞はセンセーショナルな文字が躍っている……


<中華民国で第一次全国代表大会が開催。「連ソ」「容共」「扶助工農」の方針が明示される>


 連ソとは、ソ連と協力するってことなのか! そして中国共産党を受け入れる。どうなるんだ中華民国は! ソ連承認に動いていたアメリカにとってこの動きは受け入れ難いものじゃないのか? しかし、中華民国が宣言したことをソ連に言ったところで変わるんだろうか。

 アメリカがどう出るかで、今後の動きが変わってくると思う。最悪ソ連と中華民国を巻き込んだアメリカ・日本・ロシア公国との戦争に発展しかねない事件だぞこれは。

 藍人はこの記事を見て以来、中華民国の情勢がどうなっているか知りたくて複数の新聞を買いあさる日々を送ることになる……



――磯銀新聞

 震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また震災に会われた方におきましては一日も早く元の生活に戻れますよう願っております。


 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリの磯銀新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。たまには他の人に書かせろって? いやいや、俺が一番だって思ってるんだろ? 言わなくても分かってるよ。ははは。

 一体日本はどうなっているんだ? また地震が発生した。今度は兵庫県但馬地方北部に震度六の地震だった。関東大震災前から実施されていた区画整理と避難訓練はもちろん兵庫県でも実施されていて、今回も運よく避難訓練の最中に地震が起きた。

 消防と軍による迅速な対応、地元住民の懸命なボランティア活動によって被害は軽微に食い止められた。しかし、死者十二名の犠牲を出してしまった……

 震災大国日本では、また必ず大きな地震が起こるはずだ。次こそは犠牲者無で乗り切ってほしいと切に願うよ。

 

 話変わって中華民国の話題に行くぜ! いやあ中華民国情勢が緊迫して来たな。世界各地で共産党運動が勃興し、反共を掲げる国も増えてきたんだが、中華民国の国民党が共産党を容認してしまったんだ! モンゴルに続き、中華民国も赤化されてしまったら悪夢だぜ。

 きっと共産党を容認したのはソ連の力を借り、アメリカやイギリスとソ連をけん制し合わせることで、列強のあぎとからの離脱をって狙ってるのかもしれないけど、これは完全に悪手だと俺は思うね。

 現状ソ連とアメリカはロシア公国で対立が先鋭化している。それを満州でもやるとなると、アメリカ側からの何等かの動きがあるんじゃないかな。

 ソ連・ロシア公国の承認については、最終交渉段階に入っているそうだが、このまますんなり承認といくのかね? 続報が入り次第、ここで報告するぜ。待っててくれよ。

 

 中華民国の緊張とは逆に西ヨーロッパは緊張緩和が進んだ。ドイツ外相の呼びかけでスイスのロカルノで会議が開催され、ここでヴェルサイユ条約後も緊張状態にあったフランス・ドイツ・ベルギーにイギリスとイタリアを加えた五か国が協議をすることになったんだ。

 その結果、ヴェルサイユ条約で定めたフランス・ベルギーの領土、ラインラント非武装、フランス・ドイツ・ベルギーの相互不可侵の確認が行われ、ドイツの国際連盟加入も決められた。

 ロカルノで定められた条約の結果、西ヨーロッパの緊張は一応緩和された。とはいえ、フランスの警戒が解けたわけではない。ロカルノでの緊張緩和に合わせフランスはポーランドと相互援助条約を結び、ドイツに備えている。この相互援助条約はフランスかポーランドどちらかの国がドイツに攻められた場合には、支援するというものだ。

 どっちかがドイツに攻め込んだ場合はどうなるんだろうなあ。なんかフランスやポーランドの動きを見ていると、攻められるというよりは攻めそうな雰囲気をどうしても感じてしまう。

 フランスは緊張緩和に動いたとはいえ、ドイツの息の根を止めたいと未だに思ってそうだし。ポーランドは「リトアニア・ポーランドの領土奪回」とスローガンを掲げソ連と戦争を行った。この視点から見れば、ドイツの残存した西プロイセン北部や東プロイセンはポーランドにとって「回収すべき」領土なんじゃないのか?

 じゃあドイツはどうなんだろう。もちろん国内にはフランスへの恨みつらみはあるだろう。現にドイツ内部で復讐戦を唱える勢力もいるにはいる。共産主義者も存在するし、国内は決して一枚岩ではない。

 しかし現状復興に全力を注いでいるし、賠償金の支払いもあるわで外へ攻め込む余裕は無いだろう。むしろ弱体化している今だからこそドイツを叩こうっていう方が俺には自然に見えるけどなあ。


 ※中華民国については次回でも少し触れます。

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