第32話 恐慌対策 現代

――現代

 健二は期末テストが迫って来ていたので、地元の図書館へ友人と訪れ勉強に励んでいたが、ノートが気になって仕方なかった。

 ついつい、当時の日本のことを調べてしまい勉強の時間が短くなってしまう。しかし、ノートのお陰か歴史への興味が深くなった為、歴史の成績は向上している。

 更には、当時の世界情勢を調べることで、英語にも身が入るようになって来た。

 筆談をすることで、漢字や文章力も学ばないと、という意識もついてきてノートのことを考えている時間が増えたが、結果的に歴史以外の成績も上がっていた。


 その分、ゲームをする時間が減ってしまった様子だが……


「健二? どうだー? 俺はもういいや」


 友人はお手上げといった様子で肩を竦める。


「俺ももういいかなー。帰るか」


「んだなー」


 健二と友人は勉強を切り上げ、図書館を後にする。



 帰り道、健二はノートから入って来た情報を整理していた。

 友好国の構築は概ね上手くいってそうだなあ。核となるドイツとは技術・経済協定を正式に結び、オーストリア連邦にも日本企業が進出しているみたいだ。

 ロシア公国とは軍事同盟も二国間で結び、経済協定ももちろん結んでいる。史実ではもうすぐ、公爵が亡くなるからその際の混乱を乗り切ればロシア公国はさらなる飛躍をするだろう。

 ソ連の動きが気になるけど。


 あの世界ではシリアを持つ分領土が広いトルコとも友好関係を構築出来たようだから、バルカン半島で何かあった場合にも影響力を少しは出せそうだ。

 トルコもソ連と国境を接しているから、軍事的にも友好関係を築く事は有効な手だと思う。


 列強や西欧は緊張緩和しているが、中華民国の荒れ具合が気になるな。史実通り北伐を宣言し、南京事件が勃発した。アメリカが表面上大人しいが、かの国なら何かやりそうだ。父さんに聞いてみようかなあ。

 これから目を向ける事案は恐慌対策だけど、ソ連の粛清や中華民国情勢はしっかり検討した方が良いな。


 健二は自転車を運転しながら、考え事をしていたから、一度ひやりとする場面があった……


 帰宅した健二は夕飯を食べ、風呂に入ると父の待つリビングへ足を運ぶ。手にはもちろんノートを持ってだ。

 健二が来ると父は持っていたコーヒーをテーブルに置き、さっそく彼に話しかける。


「健二。色々検討したい事はあるんだが、史実の世界恐慌について再度振り返ってみようか」


「ええと、確か世界恐慌は起こるべくして起こったんだよね」


「原因はいろいろあるが、例えば西欧諸国の生産力回復によるアメリカの供給過多とか」


「他にも色々ありそうだけど……俺が前に考えた時は、父さんが今言ったことが一番の原因だと思ったんだけど……」


「金本位制も大きな理由だぞ。健二」


「金本位制って確か……」


 健二が要領を得なかったので、父は金本位制について説明をしてくれる。

 金本位制とは、貨幣と金の交換比率を決めて通貨を発行する。金と交換できる兌換紙幣が市場に流通する。列強各国では金本位制を採用しているので、貨幣が異なっても金との交換比率が決まっているから、交換比率を元にお互い取引を行うわけだ。

 金本位制を採用している国同士の場合は金が通貨の元となる「固定為替相場制」だと捉えると分かりやすい。しかしかつての戦後日本で行われていたようなドルとの固定為替相場制と少し性質が違うことに注意を払わねばならない。

 簡単に言うと、景気が良いと金が国内に流入してくる。そうなると国内は物価が上がり、インフレ傾向となる。インフレになると通貨量を絞るわけだが、金は他国でも通貨の元になるので、自国で通貨を絞った場合、他国の通貨も絞ることになる。

 そうなると……貨幣量を増やしたい国の通貨量を間接的に絞ることになり……悪循環が開始されるわけだ。時の経済学者も1923年にこれを問題視しており、金本位制から管理通貨制へ移行すべきだと主張している。

 もう一つ留意する点は、金本位制を採用していない国は変動相場制になるってことか。

 

 これを踏まえた上でこの世界の情勢を見てみると――

 この世界では若干日本へも金の流入があるが、史実と同様に金の流入先はアメリカに他ならない。アメリカに集中した金はインフレを促し、アメリカは通過量を絞るために通過準備金の金塊を通貨用から外していった。

 この結果どうなるのかというと、金による国際収支の均衡が失われる。なぜなら、アメリカが通貨用の金塊を一部外したから。収支が合わなくなるのは当然だろう。さらに、金本位制下で金融引き締めを行うと他国へも影響を及ぼす。

 既に不均衡になっていて、恐慌が直撃したもんだから、恐慌の被害がさらに拡大したってことか。

 

 世界恐慌は証券取引所発の証券パニックがきっかけになって起こり、アメリカはニューディール政策を実施。イギリスとフランスは植民地と本国間で囲い込みを行って経済の回復を狙った。

 ニューディール政策は途中労使交渉などがあり、中途半端な段階でとん挫したから、結局大不況に突入してしまった。イギリスは金本位制を放棄し、自国植民地間の関税をとっぱらい、他国へは高い関税をかけることで回復につとめた。

 不況下で必要な政策は、財政出動による歳出拡大で需要を創出し経済を好転させることだろう。しかし金本位制度は他国の金融政策が自国に影響を及ぼす……つまり金融政策が十全に発揮されないというわけだ。


「なるほど。父さん。簡単にだけど把握したよ。つまり日本は管理通貨制で恐慌を乗り切りたいってことかな」


「ああ。史実でも結局イギリスが1931年に金本位制を辞めたことがきっかけで他の列強諸国も管理通貨制になるんだ。しかしすでに恐慌から二年経ってからだけどな」


「確かこの世界でもまだ日本は金本位制に復帰してなかったよね」


「その通りだ。史実では恐慌が始まってから金本位制に復帰し、更にレートも不味かったからとんでもないことになった」


 父の解説を聞きながら健二は自分なりに日本の対策を練ってみる。

 第一次世界大戦でロンドンが機能しなくなった結果、各国は金本位制を断念し、管理通貨制度へと舵を切る。これは戦時中の特別措置としての実施だった。アメリカは戦後すぐに金本位制に復帰。イギリスも1925年に金本位制に復帰している。

 一方日本はどうだったかというと、史実でもこの世界でも未だ金本位制に復帰していない。

 今後の対策を練る為に史実での失敗を振り返ってみると、金本位制に復帰しなかった日本は円の値段が乱高下し安定しなかった。対ドル相場は震災恐慌、昭和金融恐慌の影響があり、戦前は百円あたり四十八ドル(一ドル二円強)のところ、二百円あたり四十八ドル(一ドル四円強)ほどまで円安が進む。

 ここで政府は金本位制に復帰するために円を絞り、円の価値を高める政策を取った。その結果、円ドル相場は戦前の百円あたり四十八ドルにまで回復する。ここで、金本位制に復帰。辞めておけばいいのに、百円あたり四十八ドルになるように金との交換比率を決めてしまい、さらなる不況を呼び込んでしまった。

 だいたい、デフレならば財政出動を行い歳出拡大を行うシーンになる。それなのに反対の手を取ったんだから、まあ御察しというわけだ。

 この世界の日本は金本位制に復帰していないとはいえ、円相場は安定している。金という信用が無くとも、経済がずっと好調でヨーロッパを始め輸出品も増加傾向にある。

 なら……健二は自分の考えがまとまったので、父へと声をかける。


「父さん、日本は金本位制に復帰せず。恐慌が起こったら大規模公共投資でもすれば問題ないんじゃない?」

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