第26話 関東大震災の報告 現代

 ようやく待っていた関東大震災の情報がノートに記載され始めた。健二はノートをのぞき込みながら、いまだに頭を抱えている父を手招きする。

 父も現金なもので筆記が始まると興奮した様子で健二の隣からノートを見つめる。

 

<予言者殿。賢者殿。分かっていたこととはいえ、一秒もズレることなく震災が発生した>


 ひょっとしたら、歴史の流れが変わって震災が起きないかもしれないと少しだけ期待していた健二だったが、災害日時まで一秒もズレることなく震災は発生したようだ……

 震災と言えば、関東大震災から四年後に北丹後地震がある。こちらも規模が大きく多数の死者を出した。北丹後地震についても日時を知らせておこう。

 

<起こってしまったんだね>


<関東大震災の予言があったお陰で、事前の区画整理や道路の整備、避難訓練などやれることは全てやれた。震災当日も地震発生を見越し避難訓練を実施した>


<震災発生時に避難場所に住民が移動していたのかな?>


<その通りだ。お陰で避難訓練を行えなかったわずかな者以外は怪我もなくやり過ごすことができた。震災発生後、消防や軍による活動が迅速に開始することもできたのも大きい>


<万全の体制で震災に臨んだってわけかな。素晴らしいよ>


<予言者殿と賢者殿のお陰だ。災害情報があれば教えてもらえると助かる>


<人命がかかっているからね。出来る限り正確な日時と場所を伝えるよ>


<ありがたい>


<大きなものだと、1927年3月7日18時27分39秒に京都府丹後半島北部を震源地とする地震が発生する。マグニチュード7.3の大規模な地震だよ>


<また大きな地震が発生するのか。了解した。予言者殿>


<他国の地震も伝えておくよ。丹後の地震の翌年にブルガリアとギリシャで地震が起きるよ>


<了解だ。予言者殿>


 関東大震災は昼の十二時と多くの人が火を使う時刻に発生したため、火事による二次災害が拡大し、三日三晩に渡って火の手が収まらなかったそうだ。当時の日本は木造家屋が密集し火事の延焼が起こりやすい環境だった。

 それが火災被害をさらに拡大したのだろう。しかし、この世界の日本は違う。事前に区画整理を行い火災の延焼を出来る限り食い止めようと努力し、道路も整備した。完全ではなかったにしろ一定の効果はあったはずだ。

 消防・軍・市民全てが避難訓練を数度行い、緊急時にどうするのかを訓練も行っていた。

 一番大きいのは、震災発生直前の避難訓練で間違いないけど……安全な場所で震災を迎えた上に避難しているから火も使っていない。よくここまで震災対策ができたものだと健二は感心しきりだ。

 

「父さん。ここまで対策が打てるって、ノートの人は相当の実力者?」


「健二。ノートの人の身分や健二が筆記するノートの影響力を推し量るのは辞めておこう……理由はわかるか?」


「……何となく分かる。そうだね。この件は推測するのを辞めよう」


 健二は頭を振り、頭に浮かんだ考えを切り捨てると父と今後の検討を開始する。関東大震災を乗り切ってホッとしたが、世界は歩を止めてくれない。

 出来る限りの事を検討し、ノートへ提案していこう。と健二は決意を新たにする。

 

「父さん。フランスとイタリアはソ連を承認したみたいだけど、史実と違ってイギリスはまだみたいだね」


「満州のアメリカとロシア公国の動きを見てるんだろうか。朝鮮半島を持ってるから日本の様子も見てるかもな」


「ノートの情報からだけど、日本・アメリカ共にソ連承認の条件はソ連にロシア公国を承認させることみたいだね」


「そのことだが健二。なるべく急いだほうがいいと思う」


 ロシア公国の盟主になっている大公が史実で死亡したのが1929年1月で、死因が老衰。となると大公は長くても1929年1月までしか生存しない。ロシア公国において大公は立憲君主で、実権は持っていないが象徴的存在として君臨している。

 彼が没すると、また権力争いを始めるかもしれないと父は懸念する。元々ロシア公国に集まった白軍は民族的・身分的な問題で一枚岩ではなかった。それをアメリカの努力でまとめたのだ。

 名目上の盟主が没したとなると、政治が乱れるかもしれないというわけか。

 ソ連はそろそろ内部が安定しだしてきているが、史実だと翌年……1924年に指導者が死亡する。ここから権力争いが起こり、追放と粛清が始まるのか……


「父さん。粛清・追放されるソ連の人間を少しでも温存できないかな?」


「個人名を出すのをなるべく避けてきたが……史実と異なる可能性も高いがトロツキーならば可能じゃないか?」


「トロツキーか。最後は暗殺された人だっけ」


「ああ。亡命先で国外退去させられたりして、最後は抹殺されてしまった」


「そうかあ」


「健二。彼をどうするつもりなんだ?」


「今後の事情次第だけど、温存しておけばどこかで対抗勢力としてソ連に当たれないかなと思ってさ」


「んー。保持しておく危険性の方が高そうだが……一応こういう案もあると伝えておけばどうだ? 判断は任せよう」


「了解。ごめん。話がそれちゃったね」


「いや、ゆっくり考えよう。いろいろな事に目が行くことはいいことだ」


 トロツキーの話でそれてしまったが、アメリカがロシア公国の承認をソ連承認の条件としているのなら、日本もそれに乗っかりソ連に圧力をかけるしかないんじゃないだろうか。

 ノートの情報からだと、ロシア公国と日本はアメリカを含んだ防共協定以外にも、軍事同盟を結びロシア公国は日本の駐留権を認める方向で決定だそうだ。ならば、圧力をかけつつ、ロシア公国へ日本が駐留し日米の本気を見せて行くのがいいだろうなあ。


「父さん。考えたけど、アメリカもソ連承認の条件にロシア公国承認へ動いているのなら時間がかかってもこの条件しかないんじゃないかな」


「イギリスにも同意を取れれば更に良いだろうなあ。場合によっては日本がロシア公国へ軍を駐留させる」


「そうだね。一波乱あるかもしれないけど……」


 健二はノートへソ連承認の検討結果を伝える。結局ノートの人と同じ意見となってしまったが、トロツキーの件も一応伝えておいた。

 

「じゃあ次はドイツ・オーストリア連邦かな」


「ああ。すでに経済的な交流はあるだろうが、今後を見越して一歩進んだ経済協定・軍事技術協定辺りを締結しておいたほうがいいな……」


「今後というのは世界恐慌だよね」


「起こるか分からないけどなあ。しかし、時期が異なるにしてもアメリカの株価は暴落するんじゃないか。恐慌が起こった背景は変わらないわけだから」


 父の言わんとしていることは健二にも分かる。世界恐慌は何も1929年に突如発生したわけではない。史実を振り返ってみると、結果的に1929年に発生しただけに過ぎない。既に第一次世界大戦直後から農作物が機械化により生産能力があがりつつあった。当初はヨーロッパが戦争で荒廃し、食料生産能力が激減していたからアメリカの供給量が増えてもヨーロッパの食料需要で問題がなかった。

 しかし、ヨーロッパが復興してくる1920年代半ばになると、供給過多になり農業不況が起こる。さらには、石炭産業なども戦争によってヨーロッパの購買力が無くなったから、不振に陥る。

 1927年のジュネーブ経済会議を受け改善が図られるが、日本では昭和金融恐慌が発生するなど経済の不安が出て来た。日本の昭和金融恐慌は同じ年に起きる北丹後地震と共に回避する案をもちろん練るが……

 ともかく、1929年に至るまで世界恐慌が起きる背景は充分にあったというわけだ。だから、父は時期が異なるにしても世界恐慌は起きると言っているのだろう。

 

 では、世界恐慌対策にどうすればいいのか? 史実のアメリカはニューディール政策、英仏はブロック経済と政策を打った。ならば日本はどうするか? 史実の日本・ドイツは全体主義で統制することで何とか恐慌の爪から脱出した……しかし、全体主義で乗り切るのは論題だ。

 独裁政権から後の戦争に繋がっていったのだから。

 その流れを断ち切るにはどうすればいいのか? 史実では金融ショックから銀行が倒れ、輸出が滞り、極端な需要の低減によって日本国内では大量の失業者を出した。

 需要が低減しているのなら、国内に大規模な公共投資を行う事で一定の需要は出るだろう。それに加え、ロシア公国・ドイツ・オーストリア連邦に日本を加えた四か国協力し需要を創出する。

 日本の資本投資をこれらの国に行ってもいい。その為に一歩進んだ経済協定・軍事技術協定(ドイツ限定)で結ぶのは先を見越した良い手だろう。

 ドイツの経済的な落ち込みはナチスを招くから、その点でもこの手は有効だ。

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