第25話 海兵隊に驚く 現代

 健二は妹の茜に連れられ映画館まで来ていた。何やらものすごく流行っているアニメ映画があると言うのだ。俺じゃなくて友達とか彼氏と来いよと内心愚痴を漏らした健二だったが、結局映画館まで一緒に来てしまっていた。


「茜。何も俺と来なくても……」


「ええ。別にいいじゃないー。きっと面白いって!」


「まあ、これだけ流行ってたら面白いんだろうね……:


 はあとため息をつきながら、映画館に出ている上映リストのパネルを眺める健二。まだ午前中だと言うのに、夕方まで満席表示が出ている。

 一体どれだけ待つんだよ! 仕方ないから喫茶店にでも行くか……

 

 健二は映画館の席を予約した後、歴史の検討でもしながら時間を潰そうと思っていたが、妹がそれを許さなかった。彼は妹に連れられ、カラオケで夕方まで過ごす。

 最初乗り気じゃなかった健二だったが、歌いだすと楽しくなってきて、結局時間いっぱいまで二人で交互にカラオケを楽しむ。

 

 いよいよお待ちかねの映画を鑑賞し、帰宅する頃にはすっかり日が落ちていた……

 映画自体は思った以上に面白く、アニメとはいえ映像と音楽のバランスが素晴らしいと健二は思っていた。彼が特に興味を引かれたのは、時間の歪みについてだった。作中では災害で被災し命を失ったヒロインが、過去へ来た主人公の助言で被災を免れてハッピーエンドとなる。

 

 「現在から過去へ戻り、助言を行い未来を変える」か。健二は独白し、これまで何度も筆記しやり取りをしていたノートを思い浮かべる。

 最初は何かの冗談と思い、日露戦争の経過を書き込んだ。しかし、父さんの意識が飛んでからただの冗談とは思えなくなってきたんだ。俺はノートで過去の人へ提案を行うことで「過去」を変えたんじゃないのか? そう考えた瞬間寒気がして来て、歴史を調べようとスマホにのびた手を引っ込める日が何日か続いた。

 ようやく意を決してスマホでパリ講和会議について調べたが、健二の記憶している通り、大陸利権は日本が保持すると記載されていた。念のためいくつかのサイトや高校の教科書でもパリ講和会議について調べたが結果は同じだった。

 じゃあ、ノートの先にいる過去の人物は俺達の現代に繋がらない人なのか? ノートの人の世界は一体……不可解な事が多すぎて全て想像でしか語れないところが辛いのだが、健二の考えはこうだ。

 不思議な力で過去の人とノートでやり取りできるようになり、父さんが過去へ飛んでしまった。しかし、俺達の世界が歩んだ歴史と異なる道を歩み始めた為、父さんは戻って来たんじゃないか?

 なら、ノートの世界と俺達の世界は似て非なる交差しない世界……つまり並行世界って奴なんじゃないのかな? ノートの人の世界がどれだけ変革しようとも、俺達の世界へは影響を及ぼさない別の世界……それが並行世界だ。

 

 何故未だにノートの人と繋がっているのかは想像もつかないけど、俺と父さんの目的は二度目の世界大戦の回避が最終目標だ。せっかく過去へ提案できるなら傍観するより史実を改変し、あの人類史上最悪ともいえる戦争を避けたい。

 しかし、ノートは日本人だろう特定の人物へしか情報を伝えることができない制約がある。本当は世界各地の人とやり取りできればいいんだけど、それは叶わない……

 だから、日本で起こる災害については、事前に伝えるのはもちろんのことだけど、日本の世界的な影響力を増大させ、紛争をなるべく事前に止める。そして第二次世界大戦を回避する。

 

 

 自宅へ帰り、食事と風呂を済ませるとノートを持って父の居るリビングへ移動する健二。既に父はリビングのソファーに腰かけており、何かを検討しているようだった。

 

「健二。そろそろ震災が起こるはずだけど、何か書き込みはないか?」

 

「まだみたいだね。ノートは開きっぱなしにしておくよ」


「了解。しかし、軍縮はともかく、海兵隊には驚いたな……」


「そうだね父さん。統帥権問題や軍人が政治家を飛び越えて権勢を振るうことも無さそうだね」


「しかし。俺の知る史実から推測すると、とてもじゃないが実行できる内容じゃないぞ!」


 父は興奮した様子で当時の政治を語り始めるが、健二はこの話を聞くのが既に三度目なので右から左に流していた。

 その代わりと言ってはなんだが、健二はこれまでの情報を整理することにする。

 ワシントン会議の軍縮条約は、艦隊保有比率が若干良い方向に変わった程度でほぼ想定通りの結果だった。ワシントン会議で注目すべきことは、極東における日米ロシア公国の相互軍事同盟が結べたことが一番の収穫だろう。

 これで万が一の時はアメリカも抱き込み防衛に当たることが出来るし、アメリカから見ても満州防衛の際には二か国が参加してくれるメリットがある。この同盟の最大のメリットは、アメリカとの摩擦を減らす事だ。

 アメリカ国内で日本に脅威を感じる世論ではなく、日本と協力していく世論が今後形成されていけばアメリカと衝突する可能性は低くなるだろう。

 アメリカと協力できるメリットと引き換えに、日本は中華民国へ不干渉を貫いている。中国共産党も既に組織されているが、今後国共合作が行われると厄介だ……できれば国民党にはソ連と結びつくのではなく、アメリカと連携してもらいたい。

 この辺りもノートの人へ軽く触れているが改めて説明したほうが良さそうだな。

 ロシア公国と日本は相互同盟も結び、経済協力も密にしていくことで同意していると聞いている。今後ロシア公国は重要な貿易相手となっていくことだろう。

 

 一方欧州では、ルール占領・ミュンヘン一揆は少なくとも1923年の8月までには発生していない。ドイツ国内の事情が史実と異なり、賠償金の支払いが滞っていないことでフランス・ベルギーがルール占領に踏み切らかなったのかもしれない。

 このまま緊張感が増さずにドイツと緊張緩和するロカルノ条約まで行ってくれればいいんだけど……


「健二? 海兵隊と空軍は事実なのか?」


「父さん。ノートの人が嘘を言っているという想定はしないって決めたじゃないか」


 俺と父さんはノートに書かれた内容は全て「あちらの世界」で起こっている事実と仮定して話を進めている。ノートの人が勘違いし誤報している可能性もあるが、ノートでしか通信手段がないから、ノートの人を疑うことは辞めようと二人で決めた。

 父さんにとって海兵隊・空軍・陸軍・海軍の四軍に別れ、これを国防大臣が統括するという組織編制は当時の派閥や藩閥の関係上非常に厳しいとみている。さらに、政治が軍事に優先するとなったことにも「ありえない」を連発していた。

 今までありえないことがたくさん起きているのに、国内組織の改編でここまで頭を抱える父さんは健二にはあまり理解出来ないものだった……

 健二の視点からだと、オーストリア連邦やロシア公国の方がよほど荒唐無稽に見えたのだから。


「そうだな……健二。考えてみると、そもそも陸軍はこれまで縮小されてきたはずなんだ。むしろ、陸軍の余剰になってくる人員を海兵隊や空軍に回したと考えれば……」


「組織的に四軍に別れたことで、統率する長が必要になってくるから国防大臣ってわけだと思うよ」


「さすがに四軍で主導権争いをしたらまとまらなくなることは目に見えているからな。影響力が落ちた陸軍が、海兵隊や空軍へ分散した結果……一つにまとまったってことか。皮肉なものだ」


「案外、政治家になった人もいるんじゃないかな。影響力を発揮して派閥を形成するって考えだと軍事でも政治でも変わんないよね」


「健二……簡単に言うが……まあいい……」


 父がまた考えこんでしまったので、健二はそろそろかと思いノートに目をやると、ノートに文字が浮かび上がり始めていた。

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