第24話 関東大震災 過去

――過去 藍人

 先月首都圏を直下型地震が襲い掛かった。地震発生日時は9月1日11時58分32秒。藍人はちょうど避難訓練直後で小学校から会社へ戻ろうとしていたところだった。幸いにも避難訓練が行われていた為、人的被害は地震の規模・時刻から想定すると非常に少ない被害ではあった。

 それでも、死者が出なかったわけではない。不幸にも避難訓練に出れず逃げ遅れ、火災や津波に巻き込まれてしまった犠牲者も発生する。政府は地震発生直後から戒厳令を引き、ちょうど避難訓練で退避していた市民へ、そのまま待機するよう指示がでた。

 消防と軍隊総出で救助活動と消化活動が行われ、倒壊しかけた家屋・ビルへも次々と対策を打っていく。夜になると炊き出しが各地で行われた。これは数年前から始まった避難訓練と同時に各地へ配備されていた、緊急時の備蓄食料から捻出されている。


 藍人は震災で動揺し知人の安否に気が気でなかったが、ちょうど避難訓練が行われた時刻だった為、全員無事ではないかと楽観視することで自分を保っていた。

 ドイツから帰国し実家でサイレンの音を聞いた時自分が避難訓練の事を鼻で笑っていたことを、今になって彼は深く反省している。自身が災害に会って初めてわかる。緊急時への訓練は必須だったと。

 

 三日間小学校の校舎で過ごした藍人は、ようやく外へ出ることを許可された。念のため会社に立ち寄ると、震災に巻き込まれた東京本社の従業員は一週間休業と連絡を受ける。そこから急ぎ実家へ戻った藍人は、無事両親と再会することが出来たのだった。

 蜜柑や知人たちの無事も確かめることが出来た藍人はようやく一息つく。

 実家は幸い倒壊していなかったものの、家具が倒れ、キッチンにあるガラス製の器が割れて散乱していたが、倒壊することに比べれば随分マシな状況ではあった。

 

 全員無事だと分かりほっとした藍人は、改めて今回の震災を思い返すほど余裕が出て来ていた。しかし今回の震災の事を考えれば考えるほど藍人は避難訓練について空恐ろしいものを感じていた……避難訓練が二年前から始まり、区画整理が行われ、そして「たまたま」震災直前に避難訓練を実施した。

 震災が発生すると、災害時緊急訓練を何度も行っていたとはいえ、政府は迅速に消防・軍隊を動かした。その結果、昼の火を使う時間に大規模な震災が起こったにも関わらず、死傷者は百人にも満たない。

 本当に「たまたま」なのか? 藍人はそう思うとブルリと身震いする。震災の日時を正確に予言する「何か」が日本にいるのではないかと感じたからだ。

 

 何変なことを考えてるんだと、藍人は自分で自分に突っ込みをいれ、震災で荒れ果てた実家の整理を行うのだった……

 

 夜まで整理整頓を行った藍人は、すっかり疲れ果て縁側でお茶を飲んでいた。そんな息子へ父は労いの言葉と共に握り飯を持って来る。

 藍人は父から握り飯を受け取ると、自分のお腹がグゥと音を立てる。音を聞いた父はクスリと笑い、それにつられて藍人も大きな声で笑い出す。

 良かった。皆無事で。こうして笑い合える日が戻って来たのだと彼は破壊された街に陰鬱とした気分を振り払うように、握り飯をかじったのだった。

 

「父さん。握り飯ありがとう」


「お前が一番動いたからな。これくらいはしないと」


「何言ってんだよ。父さん。俺が一番若いんだから動かないとさ」


「お陰で助かったよ。自慢の息子よ」


 おどけた調子で父が言うが、「自慢の」に力が入っていた為藍人は赤面してしまう。面と向かって「自慢の」とか言われると恥ずかしいじゃないか。


「ありがとう。父さん。不肖の息子だけど……俺は父さんをすごく尊敬しているからな」


「お前も言うようになったじゃないか」


 ガハハと父は豪快な笑い声をあげる。父も藍人も今回の震災体験で思うところがあったのだろう。天災はいつ来るか分からない。明日には自分が亡くなっているかもしれないと。

 そう思えば、生きているうちに言っておきたかった事を言わないとという衝動に駆られたのだ。そこから出た言葉が「自慢の息子」であり「尊敬する父」だったのだ。

 


――ワクテカ新聞

 震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また震災に会われた方におきましては一日も早く元の生活に戻れますよう願っております。

 

 どうも! 日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回も執筆は編集の叶健太郎。こういう時こそ暗くなってはいけないぜ。明るく朗らかに行こうじゃないか!

 震災発生後、避難訓練で住民が退避していたことに加え、道の整備が進んでいたことや民家の区画整理が行われていたこともあって火災が起きたが消防と軍で幸い手が回る規模にとどまった。

 かねてからの災害発生時のマニュアル作成と訓練を行っていた消防と軍は迅速に災害対策に乗り出せた。そのかいあって僅か三日で緊急事態が解除、避難民は自宅へ帰ることが許された。

 

 今回の政府対応には国民も絶賛していて、諸外国からも称賛の声が多数来ているようだぜ。大災害に見舞われた日本へアメリカやイギリスをはじめ各国から義援金が送られている。特にアメリカ・清の元皇帝・イギリスからの義援金が多額に登った。

 アメリカは国をあげて募金活動を行い、日本を支援してくれている。ありがたいことだよ。涙が出そうだ。この恩は返さないとな!

 

 首都圏の復興は急速に進んでいる。倒壊した建造物を撤去して更地にし、新たな建物を建てる。壊れた道路は再度舗装し……港などの公共系の建物も復興作業に入っている。この分だとそう時間がかからず復興作業が完了しそうな勢いだ。

 続報については、情報が入り次第ここでお知らせするぜ!

 

 続いて世界情勢について軽く見ておこう。日本が災害に見舞われれている間にも世界は動いている。

 ネパールがイギリスから独立をはたした。これは先のイギリス・アフガニスタン戦争を支援した見返りとして独立を許された形だ。ちなみにアフガニスタンは独立国だぜ。この戦争は一昨年行われた戦争だけど、すぐに戦線が膠着して和平となった戦争だな。

 大きな出来事としては、フランスをはじめ各国がソ連を承認していっていることだ。ソ連はロシア革命後、赤軍を率い旧ロシア帝国内領土を獲得していたったが、ここへきてフランスやイタリアはソ連を国家承認している。

 ただし、ロシア公国で利害対立をしているアメリカ・日本・イギリスは未だ承認の動きを見せていない。

 

 この三か国を除いた列強諸国はソ連を国として認め、戦争状態を終結させるってことだろう。既にソ連国内は完全に赤軍支配下に入っているし、他の勢力がここから目が出て来ることはないだろうという判断だ。

 これまで列強は何かとソ連に干渉し、共産党政権を崩そうとしたが敵わずソ連は順調に地盤固めに成功した。

 事ここに至っては、協調しましょうってことだろう。いつ牙をむくか分からないけどな……お互いに。


 一方日本・アメリカ・イギリスもソ連承認に動いているが、ソ連を承認するのと同時に、ソ連にはロシア公国を承認するように交渉を重ねている。ソ連がどう出るかだが、交渉決裂となるとロシア公国を含めた四か国とソ連の関係は悪化するだろう。

 こじれたら、そのまま戦争状態に突入するかもしれないぞ! 交渉が上手くいくことを願おう。

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