第22話 ワシントン会議 過去

――過去 ワシントン会議 日本二人の大臣

 ワシントン会議がアメリカ主催で行われていて、日本からは外務大臣と国防大臣が出席していた。両大臣は本国でワシントン会議に向けて事前協議を行った結果、このたびの対応策について全て頭に入れている。

 「例の」情報から、日本の暗号文はアメリカに解読されるだろうと情報を得ていた日本は、ワザとアメリカへ誤解させる内容を暗号文で送信させていた。


 二人は会議の経過を顧みつつ、セキュリティの整った部屋でコーヒーを片手に談笑している。


「国防大臣、軍縮条約はいかがですか?」


 外務大臣が問うと、国防大臣はコーヒーを一口ごくりと飲み干す。


「保有艦の総排水量比率は5:3.7:1.75:1.15の比率で固まりそうですな」


 国防大臣が言う排水量比率とは、英米:日:仏伊:ロシア公国の比率順になっている。軍縮条約では大まかに一艦当たりの限界排水量と艦隊全ての総排水量が定められており、艦艇の保有比率に従って所持が認められる。

 英米が同比率になっていることが、イギリスの凋落を如実に示していると国防大臣は考えていた。イギリスの植民地は膨大で、守るべき海域も最も広い。にも関わらず、アメリカと同水準と定められていたからだ。

 日本は比率三程度あればよいと国内で決定していたものだから、国防大臣としては上々の結果と言えよう。暗号で送付した最低限死守すべき比率は3.8としていたことも大きいだろう。

 軍縮条約は一万トン以下の排水量の艦艇については制限が設けられていない。日本の海上防衛戦略は哨戒を最重要視しているから、この決定はありがたいものだった。


「国務大臣から見て、軍縮条約はいかかですか?」


「まあ概ね想定どおりです。外務大臣の方はいかがですか?」


「そうですね……情勢は複雑ですが……」


 アメリカの思惑は「例の」情報から得ている外務大臣であったが、会議は予想外の方向へ転がっていく。英米仏日の四か国で太平洋地域における相互確認及び平和処理についてという名目で開始された会議だったが、フランスが思った以上に非協力的だった。

 フランスは先のヴェルサイユ条約の決定が不満だったのだろう。賠償金では日米に説得され、軍事ではイギリスを日米が支持した結果折半案となった。さらに領土問題でも日米が口を挟み、自国については満足いく領土を獲得できたものの、東側については妥協せざるを得なかった。

 フランスも馬鹿ではないから、イギリスの思惑も分かる。必要以上にドイツの力を削いでしまうと我が国フランスが巨大化すると恐れたのだろう。だからイギリスが出す案は、ドイツを「最低限」生き残らせる手段だった。一方フランスは違う。ドイツの「息の根」を止めたかったのだ。

 彼らフランス視点で考えると、イギリスは仕方がない。共に戦い共に利害がある。アメリカはいけ好かないが巨大な資本を持つ国……ある程度話を聞かざるを得ないだろう。

 そうなって来ると、フランスの矛先が向かうのは日本以外無い。


 そういった背景があり、フランスは四カ国条約は必要ないと発言する。やりたければフランス抜きで行うと良いと彼らは主張する。

 フランスはイギリスとはすでに親密な関係にあるし、先日ソ連との戦いに勝利したポーランドとも今後対ドイツを警戒する意味で深い関係になることが予想されている。

 彼らとしては、「このままで構わない」たったのだ。

 日本としては、日英同盟堅持が最低限の目標だった為、フランスのこの態度については内心歓迎していた。その為フランスへは特に否定も肯定も行わない。一方イギリスもアメリカに主導されることを内心、快く感じていない部分があったので積極的に四か国条約を促進しようとはせず、主催国のアメリカが窮することになった。


 結局四か国の会議は不発に終わり、領土の相互確認を行うとだけ決定する。続いて四か国に加えロシア公国を呼び、極東におけるソ連対策の会議が開催された。

 ここでもフランスは自らにとって益が無く、早々に撤退してしまう。イギリスもまた相互参戦規定――同盟国のうちどこかがソ連に攻められた場合に参戦するという規定が自らに益が無いとして撤退。

 結局残り参加国――日米ロシア公国で相互防共協定が結ばれることとなった。内容はソ連の赤軍がロシア公国及び満州へ侵攻した場合、三か国で防衛に当たるといった内容だ。

 日本としては、満州とロシア公国の防衛は国防に叶うので参加する流れとなる。


「なるほど。日英同盟は堅持できたのですな」


「ええ。ロシア公国とは帰国後、軍事同盟まで発展できないか交渉に当たります」


「ロシア公国としては願ったりでしょう。日本としてもロシア公国へ駐留できるなら益はありますな」


「そうですね」


「アメリカの思惑が上手くいかなかった形だが、今後のアメリカの動きはどう思いますか?」


「そうですね……」


 アメリカは先だって決定した十か国条約――中華民国の利権の相互確認については思惑通り調印。軍縮条約についても日本の限界と思っている対米の5:3.8以下の3.7で締結させた。

 四か国条約と極東防共協定については狂いはあったが、それなりに満足いく結果になったんじゃないだろうか。と外務大臣は感じていた。

 ソ連の脅威が目に見えてあるうちは、アメリカと日本は太平洋で権益がぶつかるものの表立って争うことは難しいだろう。イギリスやフランス、オランダなども太平洋地域に権益を持っているわけだから、日本とアメリカだけの問題ではないという背景もある。

 では列強諸国で話が出始めている黄禍論はどうか? 少なくともイギリスとドイツについては黄禍論は下火になっている。このまま他国でも下火になればいいのだが……

 今回の会議を見る限り、フランスの日本への感情は余り良くないように感じる。今後ドイツと親密になればなるほど、フランスとは疎遠になっていくことが予想される。争いにならなければいいのだが……


「なるほど。国際情勢は複雑ですな……」


「ええ。今回植民地が無いので招かれていませんが、オーストリア連邦は今後日本が支援していく予定です」


「新たな市場開拓にもオーストリア連邦は良いのかね?」


「距離が離れていますので、ロシア公国ほど良い貿易相手とは言えないかもしれませんが、現状日本はドイツとの経済協定もありますし」


「なるほど。ドイツとオーストリアは隣国ですな」


「そうなります。できればポーランドとも良い関係を築きたいのですが……」


「それは私の方が専門分野ですな。左右からソ連を警戒する腹ってわけですね」


「はい。ただポーランドとは接点が無く、ドイツに良い感情を持っていません。フランスと接近してますし……」


「ううむ。中々上手くは事が運びませんなあ」


「国際関係は複雑怪奇です。明日にはどう転んでいるのか想像がつきませんよ」


「現時点で日本が注視する相手はソ連ですが、他にもあるのですかな?」


「例の情報も加味しますと、共産主義者はもちろんですが、独裁者が出たイタリア。そしてドイツのナチスでしたか……」


「ふむ。アメリカとも繊細な対応が求められるのでしたな……確か」


「特にアメリカがということでしたが、外交関係はどの国相手でも繊細な対応が必要ですよ」


「ははは。違いない」


 二人の大臣は笑い合い、さらに雑多な内容へと会話が続いていく……

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