第21話 1921年頃 過去

――過去 藍人

 アラビア半島は藍人にとって刺激的な訪問になった。日本の技術者や土木業者が続々と集まっており新しいビジネスチャンスを彼に感じさせたからだ。

 熱帯の砂漠が広がるこの地で一体どんなビジネスを行うのだろうか。アラビア半島は政治的にナシュド王国へと統一されつつある。ヒジャーズ王国が粘りを見せているが、人心はナシュド王国へ傾いているからナシュド王国の統一も近いと思われる。

 特段目を引くような産業がないアラビア半島に集まった日本人達……土木業者は何を行おうとしているのか? 学者は一体何を調査しようとしているのか。

 

 この疑問はある日本人の学者が漏らした一言から藍人は答えを見つける。

 

――臭いがしませんか?


 学者はそう口を滑らせた。大地からある臭いがする。そうだこれは――石油を捜しているんだ! 彼らの目的が判明した時、藍人は雷に打たれたように衝撃を受ける。

 もし、アラビア半島で大量の石油が発見さえれば、石油産出国の勢力図は大きく変わることだろう。日本が開発したとなれば、安定した石油の輸入が見込めるし、石油採掘会社が日本企業ならば、莫大な利益を計上するに違いない。

 未来の石油会社を想像すると、想定される巨大な利潤に藍人は身震いした。


 アラビア半島での体験を思い出しながら、藍人は現在洋上の人となっている。帰路はなんと軍船だ。当初驚いたものの、安全航海の為民間船ではなく軍船でとなった。

 何やら東南アジアで海賊が発生しているらしく、民間船の渡航が制限されているらしい。

 藍人と言えば、最新の軍船に乗れることで興奮が収まらない。日本の軍船は日進月歩。数年前の軍船がすでに旧式となっている。軍は質こそ至上と言って憚らないが、新開発はさぞ金銭を消費しているんだろうなあと藍人は漠然とそう考える。


「こんにちは」


「こんにちは!」


 藍人の様子を伺いに来た少尉に彼は慣れない敬礼を返す。彼の様子を見た少尉は苦笑し、彼に軽く構えるようにと漏らしながら返礼する。


「楽にしてください。あなたは民間人なのですから。民間人を護るのは我々の義務です」


「はい! 少尉は海軍なのですよね」


「いえ。小官は海兵隊所属です」


「海兵隊ですか! 初めてお会いします」


 日露戦争後、日本の軍隊組織は急速に変化を遂げた。日本は海洋立国たれと日本の軍隊組織の改編を行なっていったからだ。海洋立国という方針の為、とかく海軍が重視されはじめ、陸軍は縮小傾向にあった。

 海を挟んで多数の島を抱える日本の防衛範囲は広く、従来の海軍だけでは陸戦をするに向いていない。陸戦をする専門集団は陸軍だし、それは仕方のないことだろうと藍人も思う。

 しかし、現実問題として陸戦の出来る海軍は必須なわけで、数も揃えなければならない。そこで考え出された組織が海兵隊になる。元になった組織は海軍陸戦隊。海軍陸戦隊は臨時組織だったが、海兵隊は常設組織で装備も最新鋭の物が配られる精鋭という位置づけだ。

 この海兵隊。陸軍・海軍・空軍とは別に組織されている。権限の大きさはこの三軍に等しい扱いと日本の軍隊組織は大改編された。空軍と出たが空軍もこの機に新設された。これからの航空機の発達を見越してのことらしい。

 海兵隊という組織できた背景にはもちろん政治の組織改編が伴っている。軍組織を全てまとめる国防省が新設され、軍組織……陸軍・海軍・海兵隊・空軍は全て国防省の下に置かれる。

 国防省には軍組織全てを統括指揮する国防大臣が置かれ、大臣は内閣閣僚の一人となる。内閣の長は内閣総理大臣になるので、軍は内閣の下に置かれた形になるのだ。

 明治初期の閣僚・軍事の高級官僚は維新を一緒に戦った同士で、融通を聞かせ合うことが可能で、実際上手く日本の政治・軍事は機能していた。しかし維新当時の人達が引退し、官僚として教育を受けた人材が幹部になってくると上手く回らなくなってくる。

 そういった政治的な不整合を避ける為に内閣組織は見直しが行われたということらしい。

 

「そうでしたか。軍船ですので、居住性は悪いこととは思いますがお寛ぎくださいね」


「ありがとうございます!」


 藍人は少尉を見送り、手持ちの経済紙を開く。経済紙には低技術産業の危機、安かろう悪かろうでは今後立ち行かなくなるとセンセーショナルに煽っている。藍人にもこの雑誌が言おうとしていることは理解できる。

 日本が経済的に発展していくと日本人の人件費がどんどん上昇していく。低技術の製品は技術の積み上げがなくても比較的容易に生産が可能な商品なので、人件費の安い国が生産をはじめると高い人件費になってしまった日本の製品は売れなくなってくる。

 「安かろう悪かろう」ではなく「高かろう悪かろう」と競争力が全くない製品になってしまうのだ。だからそうなる前に、高品質な付加価値の高い製品をつくろうと雑誌は煽っている。

 言うのは簡単だけど、付加価値の高い製品は高い技術力が必須となる……日本の経済力は日露戦争後相当高くなったが、技術力はまだまだ列強上位国には及ばない。だからこそドイツの賠償金や領土問題に日本が口を出し、彼らと技術協力というお礼をもらったのだろう。

 知っての通り、ドイツはアメリカに並ぶ世界最高峰の技術力を誇る国家で、日本が欲しい付加価値の高い製品を作る為に必須な工業力を持つ。欧州戦争から好調な日本経済は、戦後になっても好調を維持している。そう、何者かの指示で動いているように戦争終結を見越し経済界は対策を打っていたんだ……

 果たして藍人が想像するような「神の意思」的な存在はいるのだろうか? 藍人には分からない。そうではあるが、きっと日本はますます成長していくと彼は確信したのだった。

 

――ワクテカ新聞

 日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回の執筆は編集の叶健太郎。そう俺、叶健太郎だ。ん? 相良君の方が良かった? そんなことないだろう。やっぱワクテカ新聞と言えば俺。叶健太郎だよな? な?

 もうすぐアメリカの呼びかけでワシントンで会議が開かれることで話題がもちきりだが、世界で起こっていることはそれけじゃあないぜ。

 ポーランドとソ連の戦争が終結し、リガで平和条約が結ばれた。この条約でポーランドはロシア帝国へかつて割譲した地域を取り戻すことに成功する。しかし、ポーランドと同時期にドンパチやっていたウクライナは疫病の流行の為、ソ連に吸収される。

 ベラルーシは西側がポーランド。東側はソ連になる。ポーランドに行く手を阻まれた形だが、奴らはきっとポーランドへ復讐戦を仕掛けるに違いない。この地域は今後目が離せないだろう。ドイツの東プロイセン、ポーランド、ソ連、そして北欧諸国と火種はいくらでもある。

 南側も同じくいつ燃え上がるかわからない。オーストリア連邦に隣接する国家群……イタリアでは動きがあった。かねてから勢力を増していた国家ファシスト党がどうやら政権を取りそうだ。彼らは民主主義を否定し、国家ファシスト党による一党独裁体制を構築していくことだろう。

 思想的に拡大政策を取っていくだろうから、周辺諸国との摩擦が生まれるはずだ。全くどこもかしこも……

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