第20話 ワシントン会議の考察2 現在

 風呂からあがった健二はさっそく父とワシントン会議の検討を行おうとリビングに向かう。父はコーヒーを飲み歴史の本を開いている様子だ。

 

「父さんお待たせ」


「いや、ワシントン会議について俺なりに考えていたからもっと遅くてもよかったぞ」


「俺も少し風呂で考えたんだ」


 健二が風呂で考察した内容を伝えようとすると、父から待ったがかかる。

 

「健二。お前もワシントン会議について風呂で考えたって言ったよな?」


「うん。そうだけど……」


「じゃあ。ノートの先の人に先に聞いておきたいことがあるだろう?」


 ええと。ワシントン会議の開催予定の話は既に聞いた。あ。そうか。参加国がそろそろ分かるはずだ。史実と異なる国が出席していたら検討結果が全く違うものになる可能性があるのか。


「参加国の情報が先に欲しいってことかな」


「そういうこと。それから、先に関東大震災の事を伝えておこう。震災まで残り一年半くらいだろ?」


「そうだね。今から対策を練ってもらえれば被害が相当縮小するはずだよね」


 返信がすぐ来ればいいのだけど……と健二は不安に思いながらもノートを開き筆記を開始する。


<こんにちは。ワシントン会議の参加国は決まったかな?>


<おお。予言者殿。待っていた。決まったぞ>


<その前に一つ、大規模災害について記載したいんだけどいいかな?>


<もちろんだとも。しかし大規模災害か……>


<1923年9月1日11時58分32秒、東京を中心とした大規模地震が起こる>


<……にわかには信じられないが……予言者殿の言うことだ。間違いはないのだろう……>


<今から対策を練って欲しい。発生時間も最悪なんだ……>


<確かにちょうど火を使う時間帯だ。しかも人口密集地帯の東京府だと……相当な被害が出るぞ>


<特に火災対策は必須だと思うから……>


<了解した。予言者殿。助言感謝する! この情報、必ず生かす!>


<ありがとう。あ、ウクライナで流行った疫病は日本でも被害があったって聞いたけど、大丈夫だった?>


<幸い私は問題ない。ただ……私の親しい間柄の者は……>


<ご、ごめんなさい。こんなこと聞いちゃって>


<いや、いいのだ。予言者殿。気遣い痛み入る>


<……最初の話に戻るけど。ワシントン会議への参加国を教えてくれるかな?>


<了解だ。予言者殿>


 ワシントン会議の参加国は史実の九か国……日本・イギリス・アメリカ・フランス・イタリア・中華民国・オランダ・ベルギー・ポルトガルに加えロシア公国が呼ばれている。

 とは言え、史実と同様にイタリア・中華民国・オランダ・ベルギー・ポルトガルは中華民国内の植民地へ対し、現状維持の確認の為に呼ばれているだけだろう。じゃあ検討を始めようか……


「父さん。ワシントン会議で注視するのは、同盟関係と軍縮でいいのかな」


「ああ。軍縮は史実並の基準で問題ないだろう。同盟が肝だな」


「さっき風呂で考えたことなんだけど、日英同盟は堅持。ロシア公国とアメリカとは別々でソ連への防共協定でも結べれば御の字かなと思ったんだけど」


「日英同盟はイギリスに働きかけて同盟関係を更新できるようにする。これは必須だなあ。ロシア公国とはもっと踏み込んだ同盟関係でもいいかもしれない。アメリカは太平洋で利害関係があるから極東に限定した方がいいだろう」


 父が言うには、史実のアメリカと状況はかなり違うが日本への脅威論――黄禍論が必ずあるだろうし、太平洋で利害が衝突していることも確かだ。史実ではアメリカが四か国同盟を結んだ背景に日本とイギリスの切り離しがあった。

 だいたい日本とフランスはほぼ利害衝突はないし、地理的にも遠く離れている……一応フランスは東南アジアに勢力圏を持ってはいるが。そんなわけでアメリカとは目先の利益に限定して同盟を結ぶべきと父は考えた。

 極東はソ連の脅威が目の前にある。満州を持つアメリカ、ロシア公国、日本が防共協定を極東に限定して結ぶことはアメリカの利益に叶う。できれば太平洋地域も含んでアメリカと二国間同盟を結びたいところだけど、そうするとアメリカが有名無実化してくる可能性も高い……

 アメリカに動いてもらうってことに注視するなら地域限定の方が望ましいってことか。

 一方でロシア公国に対しては親密な同盟関係を結べるのなら結ぶべきか。ロシア公国が潰れれば、日本とソ連は衝突するから……ロシア公国には資源もあるし。

 イギリスについては、史実よりは日本へ目が向けやすい状況かなあ。朝鮮半島をイギリスが持っているから。

 

 軍縮については受け入れる。これまで促進して来た量より質を推し進める。大陸利権については感知しないから……ええとここではロシア公国を加えて十か国条約になるのかな。


「……とこんなところかな。父さん」


「そうだなあ。同盟関係が今回の肝だな」


 話がまとまった健二はノートへワシントン会議の目標と懸念点を伝える。特に日英同盟の堅持については詳しく説明を行った。

 

<……ワシントン会議の方針は以上なんだけど、他にも世界で様々な動きが予想されるんだ>


<エジプトでの動乱やポーランド・ウクライナ……モンゴルと枚挙にいとまがない。世界は紛争だらけだ……>


<エジプトは近く独立するよ。今後の動きを注視してもらいたい組織が二つあるんだよ>


<ナチスと共産主義者かな?>


<うん。ナチスとは違うんだけど、イタリアでファシスト政権が誕生するよ。そうなるとギリシャやオーストリア連合へちょっかいをかけてくる>


<独裁も共産も議会での議決が必要無いから、過激な動きも簡単にできるというわけだな>


<そう。そして粛清も多数でる……>


<嘆かわしい事だな……予言者殿と賢者殿の目的は争いを出来る限り低減することでしたな>


<うん。二度と欧州大戦のような世界規模の戦いが起こらないように。それが願いだよ>


<私もそう願っている>


 健二は思う。このノートが他国の人へも繋がればいいのにと。日本発信から世界へ影響を与えるにも限界がある。日本の隣国ならともかく遠く離れた国となると、中々上手く事が運ばないのが実情だから。

 もし革命前のロシア帝国と交信が出来ていれば? 革命は起こらなかったかもしれない。今更ノートの条件に嘆いても仕方のないことだと健二自身も十分承知しているが……時折こうだったらと思ってしまうのは仕方のないことだろう。

 健二は気を取り直し、共産主義者が勢力を拡大する地域、史実のナチスが起こしたミュンヘン一揆が起こる懸念についてノートへ筆記する。

 この時代はまだ人種差別や宗教的な差別も色濃く残る時代だ。健二は時折そのことを考慮に入れず、父と検討していて気づかされる。


<もう一つ、注視しておいて欲しい問題があるんだよ。欧州……特にフランス・ドイツ・オーストリアのユダヤ人。情報が入らないと思うけど、ソ連のユダヤ人への感情も見ておいて欲しい>


<ふむ。日本人たる私では机上の知識でしかないが、欧州のユダヤ人問題は常について回る問題だと認識している>


 ユダヤ問題は複雑だ。健二も余り深く理解しているわけではないが、キリスト教は基本排他的な宗教で現代でこそ他宗教に寛容で、信教の自由を謳っている国がほとんどだ。

 そうした背景がある中、欧州国内に残り決してキリスト教へ改宗しなかったユダヤ教徒たちは、欧州の多くの国で迫害の対象となっている。ユダヤ人迫害はナチスドイツが今でこそ有名であるが、ノートの人の時代においてフランスでも盛り上がりを見せたし、ソ連でも大規模な迫害と隔離があった。

 ユダヤ人側も迫害されるだけされて黙っているわけはなく、この問題をきっかけに大規模な紛争になる可能性も低くはない。だからこそ、ノートの人へ経過観察をしてもらうように頼んだのだった。

 イスラム圏ではユダヤ問題が起こらないだけ気が楽だよ……健二は天を仰ぐ。イスラムはキリスト教・ユダヤ教についてはその領域内での信仰を認めている。どちらの宗教もイスラム下では等しくイスラム教徒の一段下になる。

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