第19話 ワシントン会議の検討 現在
健二は妹の茜と都心のショッピングセンターへ訪れていた。茜が服を見たいというので、健二が付き合う形で一緒に出掛けたのだが、妹のショッピングは長い! 健二は二時間ほど妹とウィンドウショッピングを行って精神的に既にクタクタになっていた。
健二は最終的に近くで販売していたアイスクリームを片手に持ち、通路脇にあるベンチに腰かけてしまう。「あーアイスおいしー」しみじみと心の中で呟いていると妹がすかさず突っ込みを入れて来る。
「もう。お兄ちゃん」
「少し休憩させてくれよ。ずっと見てるじゃないか」
「お父さんみたいなこと言わないでよ。まだ高校生なのに……」
「そう言ってもなあ……買い物は体力以上に、人込みで疲れるんだよなあ」
「分かったわよ。少し回って来るから、お兄ちゃんはここで待ってて!」
妹は呆れたように苦笑すると、さっさと人込みの中へ消えて行く。健二は彼女の後ろ姿をぼーっと眺めながら最近例のノートからもたらされた情報が頭に浮かんでくる。
ロシア公国やオーストリア連邦が成立したりしたので、史実の流れと大幅に変わってくるかと思ったが、そこまで大きく史実と変わっていないというのが、健二の感想だ。
ドイツ・中華民国での共産主義者の拡大。どちらも革命で国家を転覆させる危険性があるが、史実だとひっくり返したのは中国共産党だった。ドイツは今後どうなっていくか全く予想がつかない。
共産党・ナチスとどちらに立たれても破たんが見えているから……結局のところドイツでの社会不安が極大化すると政体がガラリと変わってしまう可能性が高い。
史実と違い、ナチスドイツが領土拡大を迫った地域……西プロイセン・チェコのズデーテン地方・オーストリアとの合邦(アンシェルス)は行われないだろう。どの地域もすでにドイツかオーストリア連邦の地域だからだ。
オーストリアは史実と違い、連邦としてまとまっているから合邦(アンシェルス)なんて流れにはならないはずだ。西プロイセン北部はこの世界ではドイツ領だしな。
日本との交易・賠償金の減額でどこまで経済を立て直せるかが肝になってくるだろう。オーストリア連邦も同様に。
中華民国はどうだろう。外モンゴル・西トルキスタンは史実通りソ連の勢力圏となった。隣接する東トルキスタン・内モンゴルは中華民国の勢力圏になる。満州にアメリカがいるから、動きがあるかもしれない。
何より、国内にいる中国共産党がどんな動きをするかだな。いずれ内乱に発展するのか。それとも未然にアメリカが潰すのか。注目したいところだ……
ソ連はロシア公国があるから弱体化するのかと期待していたが、そのような気配は微塵もない。むしろ極東に兵士を配置する必要がない分より厄介かもしれない……
モンゴルを共産化させ独立。ロシア革命で独立した中央アジアも順調に再支配。カスピ海西部のアゼルバイジャン・グルジアもソ連の手に落ちるだろう……イギリスが史実と同じくアゼルバイジャンのバクー油田に拘っているがまずイギリスは勝てないだろうなあ。
グルジア南のアルメニアまで占領するかもしれない……となるとこの地域はペルシャ帝国とトルコが防共ラインになるのか。ペルシャ帝国は政変が起こり以前より強固になった。トルコは史実と違いシリアも保持しているから、史実よりは余裕がある気がするんだよな。
東欧でもウクライナは疫病で潰れ赤軍に占領されるが、ポーランドは史実どおりソ連に勝利し平和条約を結ぶ。なんとかここでソ連の野心をくじけた形だ。
問題はまだまだあるぞ……嫌なことに。イタリアでファシスト政権誕生は避けられないだろう。もうすでに史実通りの動きを見せてきている。日本の関東大震災後には政権誕生か。最も誕生前には既にがっちり支配体制は固めてるだろうけどね。
スペインはスペイン領モロッコで反乱勢力と絶賛戦闘中だが、やはり警戒するレベルの軍事力は今のところ持っていない。この後1930年代には内戦も勃発するし大戦には影響ないだろう。ポルトガルもスペインと同様の理由で考慮範囲外とする。
フランスは史実同様ベルギーと組んでドイツに何等かの圧迫を仕掛けて来るだろうが、時期が読めない。史実通りならルール占領が1923年。まだ先か。
日本がまず目を向けるのは目の前のワシントン会議と1923年9月の関東大震災か。震災は起きることを今のうちに伝えておく。ワシントン会議は父と帰宅後相談するか……
健二がそこまで考えた時、また妹から声がかかる。
「もう。お兄ちゃん。いつまでぼーっとしているのお」
「ごめんごめん。じゃあ、買い物の続きに行こうか……」
「うん」
結局夕方までつき合わされた健二はヘロヘロになりながら、自宅へ帰還する。妹の買い物はとにかく長いんだ……健二は誰にも聞こえないようそう呟いた。
帰宅すると父が夕食を作っていてくれていたので、全員で夕食となった。今晩はカルボナーラとサラダだ。
健二は食べながら父にワシントン会議について話を投げかける。既にこれまでノートで得た情報は父と共有済みなのは言うまでもない。
「父さん。いよいよワシントン会議が始まるわけだけど。史実とかなり異なりそうだね」
「アメリカの立ち位置が全然違うからな。そもそもワシントン会議はアメリカの為にアメリカが得をした会議だからなあ。予想はつかないが史実から見てみようか」
「ちょっとー。二人ともまず食べたらどう?」
突然歴史話がはじまってしまった二人に不満の声をあげたのは妹の茜だ。彼女の声に二人は顔を見合わせ食べ始めた……せっかくのカルボナーラが少し伸びていたことはご愛敬だろう。
結局そのままお片付けした後、風呂に入る健二。彼は風呂に入りながら史実のワシントン会議とこの世界について少し考察していた。考えをまとめてから父と話そうと彼は湯船につかりながら考えを巡らせる。
大まかにワシントン会議は九か国……日本・イギリス・アメリカ・フランス・イタリア・中華民国・オランダ・ベルギー・ポルトガルで行われた会議だが、実質まともに会議に参加していたのは列強四か国。つまり、日英米仏だ。
主な内容は三点。日英同盟を消し飛ばした日英米仏の四か国条約。お互いの権益を再確認しただけなんだけど、日英同盟が消えてしまう結果となった。二つ目は海軍軍縮条約。米英の保有艦数優位が決まったわけだ。
最後の三点目は中華民国内の権益を確認し合った九か国条約。
この世界のワシントン会議は九か国に加えロシア公国も呼ばれるかもしれないな……まあ呼ばれたほうが都合がいい。
このうち九か国条約は全く考慮する必要が無い。日本は大陸利権を全て放棄しているからな。海軍軍縮条約も国力比からすれば特に悪く無いと思う。これを機にさらに質的向上に努めてほしい。日本にとって特に飲めない条件では無いんじゃないかと思う。
哨戒艇は必ずいるが……
問題は四か国条約だろう。ここで日英同盟を破棄させてはいけない。理想はアメリカとロシア公国それぞれと極東防共協定とか結べればいいな。ポイントは個別に結ぶってことだ。アメリカはすぐルールを曲げて来るから他に影響を与えたくないし、ロシア公国との同盟は防衛上必須だ。骨抜きにされては困る。
同じ理由で日英同盟も堅持する。ソ連の脅威が満州である以上、防共協定にアメリカは乗って来ると思うんだ。内容がどうなるかだけど……
ここまで考えた健二はずっと風呂に浸かっていたためすっかりのぼせてしまった……
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