第15話 日本の指針の考察 現代

――現代 健二

「父さん。一旦まとめていいかな?」


「そうだな」


「ええと、ヴェルサイユ体制についてはだいたい把握できたから、大雑把に日本のこれからを考えて伝えるってことだよね」


「ああ。気になる地域は多数あるが、その検討はこの後やろうか」


「了解」


 日本は日英同盟を保ち、満州を餌に日米協定なり日米同盟なりを締結する方向に持っていく。そうなるとロシア公国とも防衛協定が出来るだろう。現状日本はロシア公国のお陰で脅威となる仮想敵国――ソ連と国境を接していない。

 ソ連の防波堤になるロシア公国と満州を日本が支えていくことが日本の防衛に叶う。イギリスとも朝鮮半島がある為、極東の安定は歓迎だろうから、日米英ロシア公国全てにメリットがある話だろう。


 史実アメリカで盛り上がった黄禍論はどうだろう? 日本の経済力が史実より上位だが、この世界の日本は大陸利権をアメリカに譲り、大陸にも興味を示していない。

 ただ、海洋立国足らんとしている関係上、洋上ではアメリカとぶつかる可能性もある……とはいえ満州が安泰ならば、アメリカも日本を無碍にはしないだろう。


 史実の日本はアメリカへ出稼ぎに行く日本人が多く、浸食してくる日本の労働者へアメリカ国内の差別意識が高まっていったことも、黄禍論が噴出した理由の一つ。この世界では貧困からアメリカへ出稼ぎに行く必要性は恐らくない。

 あったとしても、国内の投資と樺太・台湾・南洋諸島の開発に人手を回すようにすればどうだろう。

 注意すべきは、二国間で防共協定なり軍事同盟なりを結ぶことだ。史実のワシントン会議で行ったように四か国同盟にされて日英同盟を骨抜きにされては困る。イギリスとは利害のぶつかり合いが起こりずらいのだから。


「父さん。日本の防衛とパートナーシップを考えると米英ロシア公国との同盟が欲しいんだよね」


「その通りだよ。経済的なパートナーならばドイツも追加だな」


「ついでに隣の国――オーストリア連邦も動乱の予測から関係性を持っておきたいだっけ」


「それに加え、資源の入手先としてアラビア半島、スウェーデンとも繋がりを深めていく」


「国際関係は重要視する国はそれでいいとして。経済のことでさっき考えたんだけど、この世界でも貧困からの日本人労働者が海外へ流出することってあるのかな?」


「史実よりはるかに少ないと思うぞ。海外へ行かすくらいなら、本州のインフラ整備……終わったら北海道・樺太・台湾・南洋諸島と単純労働であっても欲しいだろ」


「逆に海外から労働者が欲しいくらいなのかな?」


「ノートの人に聞いてみないと経済状況は分からないが……ああ。そういうことか健二。アメリカへ行った日本人労働者がアメリカ人に不評だったことを考えてたのか?」


「うん。日本の会社がアメリカの会社と取引する分には大いにやってもらいたいんだけど、単純労働者をアメリカへ出すと……」


「その懸念もノートの人に伝えておこう」


「日本の経済はどうなっていくんだろう?」


「ドイツと技術協定を結び、重工業が発展していき技術力が高まっていくんじゃないか? 経済の細かいところまでノートで伝えるのは難しいだろうな」


「日本の目標は戦後日本のような高品質製品を商売にすることかな?」


「そうだな。今はまだ安かろう悪かろうが抜けていないだろう。しかし1920年代中に追いつき、1930年代には品質で世界一に成れるよう頑張って欲しいよなあ」


「日本には資源が無いし、いずれ低品質商品はより賃金の安いところにシフトしていくだろうし。あ、軍事兵器も同じことなのかな」


「日本は物量が少ないから、兵器技術を高めることは必須だろうな。特に海と空については……人的資源も少ないからそこも考慮しなければ」


「物量勝負だとアメリカ・ソビエトには太刀打ちできないものね」


「アメリカとぶつからないようにすることは必須だと思うぞ」


 確かにアメリカは次元が違う。あの国は物量も兵器の品質も世界一……物量あるのに質も最強ってどんだけだよ。


「父さん。日本の事もそうだけど俺達の目標は第二次世界大戦の回避だよね」


「ああ。日本の繁栄と世界への影響力を高めつつ、二度目の世界大戦を起こさず乗り切ることが目標だ」


「いままでいくつかノートの人に提案して来たけど、少し変わったとはいえ欧州は混沌としてるよね。まるで先が見えないよ」


「日本周辺が史実よりましな環境にあるだけ良しとしようじゃないか。これからいろんな問題にぶつかるだろうけど、一つ一つ考察していこう」


「了解。父さん。今まとめたことはノートの人に伝えるよ」


 健二はノートを開くと、極東をソ連から防衛するため、アメリカとロシア公国と防衛協定を結えるように動く提案を行う。併せて健二はアメリカとは防衛協定を締結できない可能性も伝える。

 日英同盟は継続。ドイツ・オーストリア連合との経済協力関係を結ぶ。その他資源のことや経済のことなど父と会話して検討した内容を伝えた。


 日本の大まかな方針を伝えた後、健二と父は今後二年間で起こる事件についてまとめる。しかし……混沌としていて判別がつかない。

 だから、可能性として伝えることにした。


<1919年欧州大戦終結後から1921年に予想される事件について記載するよ>


<おお。助かる>


<ギリシャが領土拡大を狙いトルコに攻め込む>


<ふむ。既にその動きはある>


<ポーランドとソ連の間で領土紛争が起きる可能性があるよ>


<ポーランドは旧ポーランド・リトアニアの領土へ野心を見せていた。賢者殿の見解を聞かせてくれないか?>


 史実のポーランドとソ連は領土問題で戦争になった。俗に言うポーランド・ソビエト戦争のことだ。この戦争は最終的にポーランドの勝利で終わり、ポーランドがリトアニア中部など領土を獲得する。

 これと並行してソ連からの独立を勝ち取っていたのがウクライナ共和国であるが、最終的にスペイン風邪の流行の為、戦争継続が出来なくなりソ連に併合される。


 これらに挟まれたオーストリア連邦のガリツィアは、史実だとウクライナ系住民の共産主義革命が起こるが、ポーランドが鎮圧し自国領土に完全に組み込む。

 ガリツィアの共産主義革命が起こるかどうか、もし起こった場合はオーストリア連邦が鎮圧せねばならない。

 オーストリア連邦と言えば、いつ動くか予想がつかないが、トランシルバニアをルーマニアが。トリエステなどイタリアが主張する「未回収のイタリア」問題も抱えている。

 「未回収のイタリア」地域は史実より広いから、動くのがはやくなるかもしれないなあ……


<ポーランドとソ連の戦争は介入無で。オーストリア連邦のガリツィアで共産主義革命が起こるかもしれない。この場合はオーストリア連邦軍が機能してなければ、国際駐留軍に活躍してもらわないといけないと思う>


<なるほど。了解した。特に予言者殿。ウクライナはどうなるのだ?>


<ウクライナが赤軍の防波堤になっていてくれればいいんだけど、疫病の影響で戦えなくなる>


<ソ連に呑み込まれるか……ウクライナは豊かな土地……赤軍の力が増すのか……>


<日本がどうこうできる地域じゃないからねえ>


<了解した。予言者殿。続けてくれ>


<オーストリア連邦については、トランシルバニアはルーマニアの軍事組織が壊滅しているから暫くは問題が起こらないかもしれないけど、イタリアの動きには注視して欲しい>


<未回収のイタリア問題だな。了解した>


<ドイツで共産主義者や国粋主義者が暴れだすから注意して欲しい>


<共産主義者はともかく、国粋主義者も危険な存在なのか?>


 ああ。危険だよ。今後一番の注目といって良いほど危険だよ。健二は心の中で呟く。共産主義者も危険極まりないが、史実のドイツのように抑え込まれることを期待している。

 1920年当時……ドイツは確か共産主義になるんじゃないかとポーランド辺りが危険視していた記憶が健二にはある。

 しかし、何と言っても……


――国家社会主義ドイツ労働者党


 これほどドイツで注目するものはないだろう。


<国家社会主義ドイツ労働者党。この名前だけは覚えておいて欲しい。通称ナチス>


<二人がこれほどまで固有名詞を出してくることはこれまで無かった。それほど危険な存在なのだな。ナチスとは>


<ドイツがナチスを選ばない事。ドイツが不安定になると彼らナチスが力を増す>


<大丈夫だ。ドイツと日本は良好な関係を続けて行けるはずだ>


そうなればいいんだけどなあ……健二は父と目を見合わせると苦笑する。ナチス政権の回避こそドイツで最も達成したいことだ。


<もう一つあるよ。モンゴルのこと>


<モンゴルか。たしか民族主義者が中華民国軍を倒したと聞いている>


 この文章を見た時、健二と父は驚きの声をあげる。史実では白軍の一派ウルンゲンがモンゴル――現在のモンゴル共和国の領域で内モンゴルは含まない――の中華民国軍を駆逐し政権を建てたが、上手くいかず赤軍の手を借りた民族主義者らがモンゴル国を建国する。

 1924年には立憲君主が亡くなり、モンゴル人民共和国となる。

 ノートの人曰く、すでに中華民国軍が駆逐されているようだ。


<それは、赤軍の協力を得ているのかな?>


<そうだ。だからアメリカはモンゴルを警戒している>


<なるほど。モンゴル国は赤になるよ>


<ことここに至っては止めようがあるまい……>


 健二はノートに連絡が取れそうならなるべく連絡してくれるようお願いし、ノートを閉じる。

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