第16話 1920年頃 過去

――過去 藍人

 藍人はドイツの工場長からいくつかの企業を紹介してもらい、交流を持つことが出来た。その足で次はオーストリア連邦へ足を伸ばせないか響へ相談してみると、渡航許可は出たがオーストリア連邦の国内事情を考慮し、オーストリア州のウィーンに行先は限定された。

 藍人が得た情報によるとオーストリア連邦のチェコ州で欧州戦争末期から動乱が起こっていた。この騒乱に続くようにガリツィア州でも騒乱が起こるものの、これらの動乱はオーストリア連邦が成立すると一旦収まる。

 しかしまたガリツィアの一部ウクライナ人が隣国ウクライナ共和国と連携し騒ぎを起こしているらしい。

 オーストリア連邦は最近世界の潮流である「民族自決」の精神にのっとり各地を州に分け、各州は高度な自治を認められている。しかしながら、各州が単独では弱小で外部圧力に対抗するため、一つの連邦としてまとまったのだった。

 だからこそ、オーストリア連邦が成立すると、チェコとガリツィアの動乱は一旦収まる。現在オーストリア連邦の周辺国はドイツを除き、弱体化した旧オーストリア=ハンガリー帝国へ領土紛争をいつ起こしてもおかしくない状況にある。

 そういった周辺諸国の事情があるからこそ、チェコとガリツィアは矛を収めたのだ。周辺諸国の事情が落ち着けばチェコ辺りはまた動乱を起こすかもしれない……

 

 藍人はウィーンへ向かう列車に乗りながら、オーストリア連邦の現状をこのように振り返っていた。

 

「藍人さん、どうぞ」


 藍人の通訳は彼に暖かいコーヒーを持ってきてくれる。藍人はありがたくコーヒーを受け取ると通訳にお礼を述べる。

 

「藍人さんはウィーンでも取引先を探すんですよね?」


 通訳の言葉に藍人は頷く。

 

「ビジネスチャンスは出来る限りモノにしたいですからね。まだ他の日本企業の人間は来ていないでしょうし」


「既にドイツには日本の方が訪れているようですね」


「みんな俺のライバル会社の人だと思いますが……ドイツ・オーストリア連邦と日本の交流が深まるのは嬉しいですよ」


「アジア人に偏見を持つ人も少なくなっていけばいいんですけどね……」


「いずれそうなると俺は信じてるよ」


 藍人も通訳も同じ黒髪黒目の日本人だ。藍人は欧州大戦後に初めてドイツを訪れたが、彼が接するドイツ人は表面上差別意識を感じることはなかった。まあ、戦後すぐに日本人の藍人と接触しようという人たちだから、アジア人であっても下に見ない人達だったんだろう。

 ドイツ・オーストリア連合はこのたびのヴェルサイユ体制の構築に当たって、日本の尽力に少しながら感じ入るものがあったから気さくに接してくれる人が増えたのかもしれない。


用宗もちむねさんは、欧州大戦前のドイツを訪れたことはあるんですか?」


 藍人は通訳――用宗もちむねに事情を問うと彼は肩を竦め首を縦に振る。


「大戦前よりは日本人へ友好的な人が増えてますよ」


「そうですか。彼らの根底にあるアジア人を下に見る意識を持つ人が少なくなっているのはいいことですよね」


「ええ。そうですね」


 二人は苦笑しながらも、未来の日本とドイツ・オーストリア関係に思いを馳せる。

 

「そういえば、用宗もちむねさん。トルコとギリシャはまだ戦争中なんですよね?」


「藍人さんが聞いている情報と変わりありませんよ。もう体勢は決まっているでしょうけど」


 ギリシャがトルコへ領土獲得戦争を仕掛けた事を二人は既に把握している。戦況はトルコ有利。トルコはアンカラ政府がまとまっており、軍事的にもそれなりの力を持っているようだ。


「ウィーン。楽しみですね」


 藍人は独白し、伝統あるウィーンの街への到着を心待ちにしていた。

 

 

――ワクテカ新聞

 日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回も執筆するのは編集の叶健太郎。よろしくな。何やら俺だけでいいとか、叶さんカッコいいとかファンレターが届いていると聞いたぜ。

 さすが俺。これから先もよろしくな! 今後も軽いノリで分かりやすい記事を書いていくぜ!

 欧州大戦が終わったとはいえ、各地で不穏な空気が流れているなあ。まずは絶賛戦争中の二か国から見てみようか。

 ギリシャはパリ講和会議で主張したトラキア・小アジアの獲得を目指して、敗戦したばかりのトルコへ攻撃を仕掛けたんだ。戦争前のオスマントルコならギリシャも戦争を仕掛けることは無かっただろうが、敗戦し弱体化した今のトルコになら勝てると踏んだんだろうな。

 しかし戦況はトルコ優位で推移しギリシャの野望はついえた。火事場泥棒しようとしたが失敗したってわけだよ。この一連の戦争に英仏は介入する余裕が無く傍観しているのみだった。

 彼らだって戦争直後で他にかまっていられなかったってわけだ。日米は不介入。介入する理由が無かったからなあ。この地域に日米の利権は全く入り込んでないから。

 

 オーストリア連邦で欧州大戦中騒いでいたチェコは連邦が成立すると穏健派たちは連邦に賛同する。その頃オーストリアではガリツィアのウクライナ人たちも騒乱の気配があったが、こちらもオーストリア連邦成立に伴って下火となる。

 しかし、ウクライナ共和国が成立の見込みとなるとガリツィアの一部ウクライナ人が騒ぎを起こしたらしいが、小規模なものに留まっている。

 オーストリア連邦は州ごとに高度な自治が認められ、小国のより集めみたいな理念を持った国だったから、民族主義者も少しは溜飲を下げたってことだろうなあ。事実理想だけでは国は守れないしな。

 小国に分裂した状態なら、隣国――特にトランシルバニアとガリツィアは併合されてしまうだろうし。

 そうそう、ガリツィアで思い出したが、ポーランドとソ連の間でも戦争が始まった。今のところ列強は静観しているが、もしソ連が伸長するようなことがあれば介入するかもしれない。

 先日ポーランドが局地戦で大勝したと知らせが入ったから、まあポーランドの勝利で終結するんじゃないかな。

 

 オーストリア連邦の周辺地域はまさに火薬庫だな。紛争の目が絶えない。ギリシャ・トルコ、ポーランド・ソ連、そしてソ連とウクライナも紛争中だ。ウクライナはソ連の侵攻を良く守っているが、今後どう推移していくのは予断は許さぬ状況だ。

 ウルライナは長年のロシアの支配から、ロシア革命を機に独立政権が出来てウクライナ共和国となったが……ソ連との戦争に敗北すればまた併合されることになってしまう。

 頑張って欲しいところだけど、どうなっていくのかなあ。 

 

 これだけ紛争地域があるが、まだあるんだ。どんだけあるんだよって話で頭が混乱して来た読者もいるだろう。

 が!

 まだある。

 

 イタリアがオーストリア連邦のスロバキア州にある先日取れなかった地域を狙っているのはイタリアの世論を見ても明らかだ。全くいつまで続くのかねえ。領土獲得のデスゲームは。

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