第13話 ヴェルサイユ体制の考察 現在
――現在 健二
ようやく中間テストを終えた健二であったが、先日ノートに記載したパリ講和会議の推移が気になって仕方なかった。彼は元々そこまで歴史に興味があるわけではなかったのだが、父と当時の検証・考察をしているうちにすっかり歴史にのめり込んでいく。
今ではあれほど夢中になっていたオンラインゲーム「ドラゴンバスターオンライン」が手に付かないほどになっている。父も同じゲームで、とある女性キャラを追っかけていたらしいが、仕事が終わり唯一の楽しみだったゲームをやらず、歴史の考察をしているようだ。
帰宅し夕食を食べ終わると健二は自室に入り、最近日課になっているノートのチェックを行う。
さて、今日は何か書かれているのかな……健二が期待を胸にノートを開くと、今日はノートの人からの筆記を見つけることが出来た。
<パリ講和会議の結果が出たぞ。予言者殿! 賢者殿!>
健二は書かれている内容を読むとさっそく父のいるリビングへ向かう。
健二がリビングに行くと、ちょうど父がソファーでコーヒーを飲んでいたので一緒にノートを眺めることとなった。
「父さん。まずどこから聞こうか?」
「全部聞くけど、オーストリア、その他、ドイツ、日本の順に聞くか」
「考察順だね。了解」
健二は鉛筆をノートに走らせる。
<ありがとう。じゃあまずはオーストリア=ハンガリーから聞かせてくれないかな?>
<了解だ>
予測のつかなかったオーストリア=ハンガリー帝国は何とオーストリア連邦と名前を変え、アメリカのように州制度を採用した立憲君主制の民主主義国家になったようだ!
様々な民族が乱れるあの地域にあって、上手くまとまるか今後の推移が楽しみだと健二は思う。国内はオーストリア・ハンガリー・チェコ・スロベニア・クロアチア・ボスニア・ダルマチア・ガリツィアと八の州に別れ、高度な自治権を持つ。
話を聞く限りだが、独立した八個の国が外交と軍事を連邦政府に委ねるイメージが近く感じる。聞く限り民族を考慮し別れているようだけど、スロベニア・クロアチア辺りからもう一つくらい分割されそうな気がする。
ガリツィアも一つの州となったが、ウクライナ人とポーランド人の抗争やら隣で独立するだろうウクライナ共和国と呼応して何か厄介なことが起こらないかとか心配は絶えない。
「父さん、予想外にまとまったんだね」
「そうだな! まさか連邦制国家になるとは……しかしいいアイデアだとは思うぞ」
「そうは言っても、火薬庫であることには変わりないんだよね?」
「ハンガリー州になったがトランシルバニアはルーマニアが狙っているし、ガリツィアはウクライナとポーランドが絡んでくるだろう」
史実のガリツィアは第一次正解大戦後ポーランド領になるが、ここは元々ウクライナ人の多い地域で、お隣ウクライナはロシア革命を機にようやく独立したところだった。
独立機運が高まったガリツィアの住民は共産主義革命を起こそうとするが、ポーランドに即鎮圧される。ウクライナも結局はソ連に併合されるわけだが……
「父さん。どうする? 聞いた地域から今後の考察を行う?」
「ん。そうだな。まずは全体の流れを知りたいからパリ講和会議の結果を聞こうか。史実ならば既にポーランドとソ連……まだソ連になっていないか……の戦争が起こっているが」
「それも講和会議の結果を聞いてからかな」
「ああ。そうしよう」
健二達は次にトルコについてノートに問うと、トルコでも歴史のズレが起こっていた。
<えっと、オスマントルコではなく、アンカラ政府と講和条約を結んだの?>
<ああ。すでにオスマントルコは崩壊し、アンカラ政府と講和条約を結ぶことになった>
なんと、オスマントルコと英仏との講和条約であるセーブル条約は内容が大きく変わっている……
ギリシャの要求であったトラキアと小アジアのスルミナをトルコに維持する事は健二達も押していたため、ノートによると想定内の推移だったから余り驚かなかったが、シリアがトルコのまま維持されている!
シリアといっても、シリア地域全域が保持だ。ただしイスラエル付近のみ国際管理地域となっている。史実のトルコより大きな領土を保持した状態だが、ギリシャは攻めて来るのだろうか?
残りは後にサウジアラビアになるナシュド王国に征服されるヒジャーズ王国の独立承認と、英仏の勢力争いってところか。この辺は史実に近い。どうもアンカラ政府の成立が史実より早く、オスマントルコが実行支配力を既に失くしていたというわけなのか……
トルコにとってはその方が幸いだろうけど……シリアが史実よりこれで安定してくれれば良いなあ。健二はコーヒーを一口飲み干しトルコに思いを馳せたのだった。
「父さん、オーストリアとトルコは随分変わったけど、ドイツはどうなってるんだろう」
「ドイツも大きな動きがありそうだな。早く聞いてくれ。健二」
「まだオーストリア連邦とトルコの事が整理出来ていないんだけどなあ……」
健二は父がせかすので、まとまらない頭のままドイツについてノートに問う。
<ドイツは賢者殿の案を採用できるよう日本は動いた。といってもある程度干渉出来たのは賠償金問題と西プロイセン問題だ>
ドイツの賠償金は史実だと千億金マルク以上で外貨で支払うとあったところが、なんと四百億マルクの自国通貨での支払いとなった。うち二百億は日本とアメリカの英仏債権の付け替えを行ったらしい。
付け替えと表現しているが、英仏が日米の債権のうち二百億マルク分についてはドイツの賠償金から支払うとなってるらしい。詳しくは分からないけど、日米……特に日本の債権がほとんどを占めるそうだけど、ドイツの賠償金を英仏に立て替えを行ったと考えればいいと言う事らしい。
結局ドイツからの賠償金支払いが止まれば、英仏が日本への支払いも滞らせるだろうと判断してとのことだけど、思い切ったことをしたものだ。よく通ったな……この案。
その分、ドイツから日本へ技術協力が約束されたみたいだけど。戦後不況も国内の供給量を終戦を見越して絞ってるから日本の戦後不況は起こらない見込みだ。
日露戦争後の方向転換、今回の戦後不況回避と史実の日本に比べると格段にこの歴史の日本は経済力はついているはず。それに伴い、工業力などの技術力も向上していっていると見るべきだろう。
第一次世界大戦前にはフランスを追い抜いて世界四位の経済力を持っていたらしいから、欧州大戦で疲弊した英仏独に変わり、日本が世界第二位になるのかもしれない。最も一位は不動だが……
「父さん、賠償金は随分減額されたんだね」
「英仏も即時金がなるべく多く欲しかったってところか」
「これでドイツ経済が破たんしなければいいんだけど……」
「賠償金、領土の割譲、軍の制限……その全てがナチスに繋がるからなあ」
ドイツの領土に目を向けると、西プロイセンは北部はドイツのまま。南部はポーランドに割譲。ポーランド回廊の話はアメリカから出なかったそうだ。事前に英米日で調整でもしたんだろうか。
西プロイセン北部は元々ドイツ人がほとんどの地域で、ポーランドに割譲したことでドイツの不満を大いに高めた。そしてポーランド回廊によってドイツは東ブロイセンが分断されてしまったんだ……
ここが史実では火種になる。西プロイセン北部を取れなかったポーランドが逆にドイツを脅かすかもしれない状況だけど……どうなることやら。
シュレスヴィヒ北部はデンマーク。アルザスロレーヌはフランスへと史実通り割譲された。ドイツ南西部にあるザール地方は炭鉱の採掘権がフランスに渡る。これも史実通りだ。
フランスはきっとザール地方に野心を燃やすことだろう。史実と同じ流れってわけだな。
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