第12話 ヴェルサイユ体制 日本 過去

――過去 牛男

 牛男は故郷に帰ると恵まれた体格を生かし土木関係の仕事に着くが、若さと体格を買われて、政府系の土木事業へと会社から派遣された。

 この事業は国内の土木業者から有志を募り、南洋諸島の開発事業を行うというものだった。


 牛男としても、南の島への憧れもあり二つ返事で南洋諸島行きを決める。

 南洋諸島は欧州大戦の結果元ドイツ植民地であった南洋諸島とドイツ領ソロモン諸島を合わせた地域であったが、国内では全て南洋諸島と呼ばれることが多かった。


 藍人はドイツに行っているのを知っていた牛男だったが、自分も次いつ日本に戻るか分からない為、彼の実家へ手紙を書くことにした。

 牛男は特に手紙を出すタイプでは無かったのだけど、さすがの牛男も船上では手持ち無沙汰から手紙でもと考えたようだ。彼は机に封筒と手紙を出すと藍人の事を想像しながら、手紙を書き始める。


<藍人。日本はこれからどうなるんだろうなー。俺は今日本の委任統治領になった南洋諸島に向かっている。常夏の島らしいから好きなだけ海で泳げそうだよ。日本は国際連盟に加入しなかったみたいだが、欧州の反応はどうだ? 日本はアメリカと歩調を合わせてるみたいだが……どこと軍事同盟を交わしていくんだろうなあ……

そうそう、途中青島にも寄ったんだよ。フランス領になるらしいが、現地のドイツ人の移動も始まってるようだぞ。日本に来る人もそれなりにいるみたいだぞ。日本に帰ったら、藍人の土産話も聞かせてくれよ>


 ここまで書いて牛男は手紙を畳む。あまり文章が得意ではない彼にしてはよく書いたほうだと彼は自画自賛し、封を閉じる。船上ではやることが無くて暇になった彼だが、体がなまってはいけないと毎日デッキで筋トレとジョギングを欠かさず行っている。

 今日も日課のジョギングをやっていると、同業者の中年男性と挨拶を交わす。男は農業関係者らしく、現地の農業の改革を行うべく派遣されているらしい。


「やあ。牛男君。今日も精が出るね!」


 男は気さくに牛男に声をかける。牛男もこうやって話しかけてくれる男に悪い気はしていなかった。何しろ仲間と一緒にこの船に乗り込んだわけではないから、当初話相手が一人もいなかったのだ。

 彼がジョギングをするようになって以来、こうして特に中年以上の人から声をかけられることが多くなった。年配からすると元気のいい若者は好感が持てるのだろう。


「はい。体が資本ですので、なまらないようにしないと!」


「ははは。南の島の女性は美しいらしいぞ。君ならひっぱりだこじゃないかな」


「またまた。俺は南の島のサンゴ礁や色とりどりの魚に憧れて志願したんですって何度も言ってるじゃないですか」


「科学が発展したら自宅で南の島のサンゴや魚も飼育できるようになるかもしれないね」


「それは夢のような話ですね! そんな時代が来るのを願ってますよ。平凡だけど平和な家庭でサンゴを眺める……夢のようですね」


「きっと来るさ。そんな時代がね」


 男と牛男は未来の家庭の在りようを想像し笑みを浮かべたのだった。



――ワクテカ新聞

 日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回も執筆するのは編集の叶健太郎。よろしくな。今回はパリ講和会議で決まった日本のことにスポットを当ててみようか。

 え? 遅いって? まず最初に日本からだろうって? お、俺に言われても困るって! どんな記事を書くか決めるのは俺じゃなくて編集長だからさ。俺は与えられたテーマを面白可笑しく書くことに精を出してるってことさ。

 余りこの話をし過ぎると俺の立場がまずいことになるからこの辺でな。

 さて、日本はどうなったのかって言うと、まず獲得した領土の話からしようか。日本は欧州大戦中にドイツ植民地を占領したんだが、占領した地域は日本の委任統治領になったんだぜ。

 場所は、マリアナ諸島北部・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア・ドイツ領ソロモンになる。委任統治領って何のことかよくわからないって人も多いと思うけど、日本に関して言えば委任統治領C式ってのに当たる。

 このC式は受任国の構成部分として扱うことが許される統治領になる。平たく言うと、日本の海外領土って扱いだよ。将来的に独立するか日本になるのかは今後の推移しだいだけどな。

 日本ではこれらの地域をまとめて南洋諸島って呼んでるから、ワクテカ新聞でもこの地域のことを南洋諸島って呼ぶぜ。

 政府はさっそく民間業者を募って南洋諸島に人を派遣しているようだから、現地がどのように変わっていくか楽しみだな。


 ドイツ植民地でも揉めたのが青島だ。結局欧州でフランスの意見が通らなかった分、青島をフランスへ割譲することで終結となる。これに怒ったのは中華民国だったけど、大国に口を出すものの無視された。

 朝鮮半島はこれまで英独で分割していたが、イギリスの統治地域となる。まあ順調ってところかな。朝鮮半島における対独へ日本の貢献が認められ鬱陵島が日本の統治領となる。無人島だったが、もらって損のない島だったから日本はありがたくいただくことにしたってわけだ。

 朝鮮半島は今後イギリスがどうしていくか予断は許さないけど、まあイギリス式植民地統治になるんだろうなあ。何か動きがあればここでお知らせするから待っててくれよ。


 領土の事はそこまで青島のことがあったとは言え、そこまで紛糾しなかったんだが……問題は国際連盟の事なんだよ。国際連盟って言っても日本が地理的に大きく関わっていく列強となると……アメリカなんだよ。

 彼らは満州や遼東半島に入り込んでるし、対ソ連の防衛網としてロシア公国へ日本と共同で防衛体制を敷いている。つまり日本にとって強いパートナーシップを取らないといけない国がアメリカだったってわけだ。

 だから、日本はアメリカとなるべく歩調を合わせて国際連盟をどうするかって会議に参加していたんだけど、議長として頑張っていたアメリカ、彼らに追随する日本……それが土壇場になってアメリカは「参加しません」って言ってきたんだよ!

 日本は常々会議でアメリカと協調していくと主張していたものだから、さあ大変。結局日本も国際連盟には加盟せずで終結してしまった。

 その代わりといってはなんだが、日米防衛協定なるものの同盟を締結すると言っている……日本は現在日英同盟があるから、日米同盟もこれに追加される予定だ。

 ドイツとも賠償金関係で深いつながりがあるから、日独同盟も数年以内に結ぶことになると噂されている。


 日本は国際連盟へ加入していないから国際協調が取れないのかと不安になるが、多分そうはならないだろうと予想される。日本は主要な列強である米英独と同盟を結ぶし、国際連盟には最重要国であるアメリカが居ないからなあ。

 アメリカを無視しては進まない話もあるだろう。ソ連の伸長次第ではあるが、結局主要国間で対共産主義同盟みたいなのが出来るんじゃないかと俺は予想している。

 皆はどう思う? 意見がある奴は「叶さんかっこいい!」と言葉を添えて手紙を送ってくれよな。待ってるぜ。

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