第11話 ヴェルサイユ体制 ドイツ 過去

――藍人 過去

 ドイツに着いた藍人は、通訳と共に工場を見学させてもらった後、その工場を持つ会社の工場長の家庭に招かれていた。工場長は気さくな中年男性で、ぜひドイツの家庭料理を楽しんでいってくれと藍人を家に招いてくれる。

 藍人は少し遠慮したものの、ドイツ人の家庭料理に興味があったので通訳のドイツ人と共に彼の家へと足を運ぶ。こうして言葉が異なる人々と触れ合うことで藍人は、外国語の習得をしようと強く感じる。

 ドイツ語にしようか、それとも英語? いやロシア語もいいな……と益体も無いことを考えている間に工場長の自宅に到着する。

 工場長の家庭は美人の奥さんと十歳くらいの息子に四歳くらいの娘がいるどこにでもいるような幸せそうな家庭だった。


 出された食事はジャガイモとソーセージを使った家庭的な料理で、ビールまで出してくる。


「新たな日本の友人――藍人に乾杯」


 工場長の乾杯の音頭にドイツ人の翻訳と工場長、藍人はビールグラスをお互いにコツンと軽く打ち合わせた。

 藍人は少し恐縮するも、気さくな工場長に勧められビールに口をつける。


「すいません。お食事までいただいてしまって」


「いやいや。日本に良い感情を持ってるのは俺だけじゃないよ。藍人」


 工場長は一息でビールを飲み干すと藍人へ人好きのする笑みを浮かべる。工場長が語る日本は藍人が思った以上に好意的なもので彼は少し驚く。


「俺は日本の代表でもありませんので恐縮です……」


「藍人。さっそくドイツまで来た君を俺は歓迎するよ」


 工場長はビールをお代わりしながら、藍人を労う。


「言い方は悪いですけど、ドイツの復興と日本の発展は片方がダメでは達成できないと俺は思ってます」


 藍人の言葉に工場長もうんうんと頷く。


「そうさ。日本は俺達の賠償金を減額するために、尽力してくれたからな。領土についてもそうだ」


「領土も賠償金もアメリカは噛んでますよ」


 ドイツの賠償金は当初、千億金マルクで外貨建てで支払うというとんでもない金額が提示されていた。金額より何より外貨でというところに藍人は引っかかったのを覚えている。

 外貨支払いとなれば、英仏はドイツの復興を考慮せずむしり取ることだけを考えたことがあけすけに見えるからだ。ドイツの復興にも配慮するならば、自国建て通過での支払いを要求すべきだし、そうしないってことはつまりそういうことだ。

 これには英仏へ債権がある日米は待ったをかける。ドイツが荒廃し、経済復興が成らなければ英仏へお金が入ってこず、はては日米にもお金が帰ってこないのではないかと。

 それでも譲らない英仏へ日本は、賠償金の代わりに日本の英仏債権をドイツに移すことを提案し、その代わりドイツ経済へ配慮するよう求めた。この案はアメリカも後押し、アメリカも一部債権をドイツへ付け替えることを併せて提示する。


 その結果対ドイツへの賠償金は四百億マルクとなり、ドイツが提示していた限界支払い能力である二百億マルクは英仏へ支払われ、残りの二百億マルクは無利子で十年かけて支払うことが約束される。

 英仏へ名目上支払われることになっているが、残金二百億マルクのうち多くは日米へ流れるお金なんだが……そういう意味では英仏にとってすぐに使える二百億マルクと、日本とアメリカ(一部)へ支払うはずであった債権支払いが無くなったことで、実質四百億マルクのお金が手に入ったというわけだ。

 この資金は当初要求していた金額より遥かに少なくはあるが、確実にすぐ手に入る資金なので彼らも苦渋の決断をしたというわけだ。


「いや。俺の弟はな、西プロイセンに住んでいるんだよ」


「バルト海に近いところなんですか?」


「少し離れているが西プロイセン北部だよ」


「でしたら、ドイツ領のままになった地域ですね」


「ああ。そうさ」


 藍人は工場長と会話を交わしながらも自身がドイツの地理に詳しくないため曖昧に頷くことしかできないでいた。ドイツの領土割譲は多岐に渡ったが、彼の記憶によると西プロイセンの南部はポーランドに割譲。

 確かポーランド人が多い地域と聞いている。他にもデンマークとの国境が近いシュレシュヴィヒ北部、フランスにはアルザスロレーヌを割譲している。多くはドイツが過去に戦争を行って獲得した地域と聞いているから、藍人としては因果応報に感じる部分も少なからずある。

 とにかくドイツに対してはお隣の国フランスが苛烈に当たり、英米日がフランスをいかに説得するかが大きな議題になっていたと藍人は記憶している……

 フランスによって他にもドイツのザール地方の炭鉱をフランスへ譲渡し、将来的にはフランスが領土に編入しようとしていると専らの噂だ。他には確か……フランスとの国境ラインラントを非武装化するとかも要求していたはず。


「他にもいろいろありますけど、これからドイツは復興していきますよ。必ず」


 藍人はそう呟き、ソーセージをほうばるとビールをごくりと飲み干した。



――ワクテカ新聞

 日本、いや世界で一番軽いノリのワクテカ新聞だぜ! 今回も執筆するのは編集の叶健太郎。よろしくな。ドイツ。そうだよ。ドイツだよ。あ、ドイツと言えばあれだよ。青島知ってるか?

 大陸にあるドイツ植民地だった青島だよ! そこにドイツ人の菓子職人がいてさ、ドイツのおいしいお菓子を日本で紹介してくれるとか何とか。楽しみで仕方ないぜ。あ、俺は甘党だからな。お菓子が好きだ!

 前置きはそれくらいでいいって? まあ固い事言うなって。ドイツの振りで始めたからドイツの事なんだろうって? ああ、そうだよ。ドイツに興味を持ってもらったところで此度締結されたヴェルサイユ条約について解説いっちゃうぜー。

 心配するなって、俺様の筆力で簡単にかつ簡潔に説明するからさ。ちゃんと読んでくれよ。

 ヴェルサイユ条約はとにかくフランスがうるさくって仕方がないってんで、多大なる戦費を費やしたイギリスでさえフランスの態度に辟易してたってわけだ。業を煮やしたイギリスは日米の助けも借りるようになったんだわ。

 イギリスもイギリスだけどなあ。ドイツがあまりに力が無くなっちまうと、フランスがドイツを食い物にしてしまう。そうなればさ、フランスの力が増すだろ。イギリスはそこんとこも懸念してたってわけだ。

 まず賠償金。これは日米の協力もあり、結局四百億ドイツマルク。自国通貨建てってことになった。日米が英仏に貸したお金を回収する為、ドイツに頑張ってもらうように提案したから、自国通貨建てで支払うのは必須になるのは当然だよなあ。

 だってドイツが倒れれば回収不可能になっちまう。そうならないための圧力ってわけだよ。


 難航したのは領土問題だよなあ。旧オーストリア帝国から獲得したオーストリアシレジア地域はそのまんまになった。オーストリア連邦は領土要求を放棄していたからな。細かいところから先にいこうか。

 ベルギーとドイツの中立地帯モレネはベルギー領となる。ルクセンブルクでのドイツ権益は放棄となった。デンマークとの国境付近にあるシュレジェン北部はデンマークへ割譲。

 問題になった西プロイセンについては、すったもんだあった結果、北部のドイツ人が多くすむ地域はそのままで、南部地域がポーランドへと割譲になる。

 フランスに対してはアルザスロレーヌを割譲し、ザール地方の炭鉱を譲渡。フランスはザール地方の領有権も狙っているようだが、あの地域はドイツ人地域だからなあ。後々もめそうだ。

 ドイツは軍事もかなり制限される。陸海空軍合わせて兵力は十五万人まで。海も空も兵器が制限される。さらに、フランスとの国境にあるライン川付近――ラインラントと呼ばれる地域を非武装化することと定められた。

 ここが非武装化されてると、フランスから容易にドイツへ攻め込むことができるというなかなか厳しい処置だぜ。フランスの野心が透けて見えるのは俺だけじゃあないはずだ。

 彼らはドイツを恐れているように見せているけどなあ。俺にはそう思えないや。

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