あまかたり
東江 怜
さっぽろバレンタイン
……いつから立っていたんだろう。
あたりは雪の降りつもる住宅地の中にある古めのアパート。時間は、うっすらと太陽が差してきた朝7時。
わたしが住んでいるここの土地は、まだまだ冬真っ只中であり、とってもしばれる。寒い中、わたしは手をこすり合わせ、少しでも寒さを紛らわせようとした。
「どうせ駄目なんだろうな……」
そんなつぶやきの先には、アパートの一室の玄関ドアのノブ。そこにかわいくラッピングしたチョコレートが引っかかっている。中はかわいいラッピングだけど、ひっかけるために利用したのは、コンビニの袋。ちょっと色気がなかったかな。
でも、中身のチョコレートは、我ながら、初めて作ったわりにはよく出来たものだと思う。
しばらく、しんしんと降り積もる雪の中で、わたしはずっとそれを見ていた。
キィ、と音がして一人の学生がアパートの前で自転車を停める。制服はここの地区では有名な進学校の制服。
その人が帰ってきた姿を見てドキッとしてしまった。わたしの待ってた人がきたのだから、しょうがない。
その人は、玄関ドアの袋に気がついて、中身を覗き込むと、真っ赤な顔をして振り返り、それを持ったまま再び自転車に乗りどこかへ急いで、いってしまった。
よかった。あの顔は『嬉しい』って顔だった。
ジーンときて、わたしは目をつぶる。
初めてのプレゼントで、最後のプレゼント。ごめんね、いよいよ……さよならだ。
+++++
息せき切って、俺は自転車をこぐ。雪が積もっているからものすごく滑りやすいけど、それでも精一杯、急いでその場所へ向かう。
このチョコレートを俺にくれるという心当たりがあるのは、あそこの場所以外にない。そう思って近くの教会の前にある自販機の前へ向かう。
名も知らない、女の子だった。歳は俺と同じぐらい。
知り合ったのは2年前。この都市に上ってきたばかりの俺に声をかけてくれた。
「新聞配達、大変ですね」
初めて会ったのは4月の早朝。まだ寒い中、薄着でその女の子は自販機の脇に座っていた。コートを着ないで、白い夏向けのワンピースを着ている、髪の毛が雪のように白銀色の女の子。
……一瞬、お化けかと思い、ビクッとしてしまった。
だけど、よく見るとお化けでも妖怪でもいいから、仲良くなりたいと思ったぐらい、その女の子は可愛くて、俺は目が離せなくなった。
その一言をきっかけに俺は新聞配達をしながら、その場所に居た女の子と毎日、会話をするようになった。
毎日、毎日。新聞配達を始めてからの間ずっと。
寒くないの? とまず最初に話しかけたけど、女の子は俺のその気遣いが嬉しかったらしくて、頬を桜色に染めてニコッとするだけだった。
俺が一方的に話していくうちにわかったことだが、どうやら女の子は自分自身のことを話すのが苦手だったらしく、こっちが質問をすると、眉毛を困った形に歪ませながら、口だけにっこり笑うような表情をして黙った。なので、その女の子はバイト中の俺の言うちょっとした話題を静かに頷きながら、聞いているだけだった。
毎日、5時15分に交わされる、ほんの数分だけの一方通行の会話。
たったそれだけだったけど、俺は女の子のことをいつも意識していた、と思う。
だから、いつものバイトの5時15分以外に、その女の子が行動してくれたのが、嬉しかった。このチョコレートが証拠である。
いつもの教会の脇の自販機へと来た。いつの間にか雪は止んでいた。
だけど、そこに居る女の子の姿は、なかった。
自転車を自販機の脇に立てかけ、貰った袋の中身を見る。淡いピンクの包装紙に真っ白なリボン。そこにカードが挟んである。
『いつも、ありがとう。バイバイ』
嘘だろ……。
立ち尽くす俺の目の前に、降り残っていたのか雪の結晶が一粒、降りてきた。その大きな雪の粒は、俺の手のひらにふわっと落ち、すっと消えていった。
+++++
目覚めたわたしは、ここが現実なのかわからなかった。だって、わたしがうっすらと気を失ったあとの対応は、とうてい助からないものだったから。
自由になったあとの、わたしの足は自然にあの教会へと向いた。あの夢を見なくなってから、だいぶ時間がたっていた。
「まさかねー」
ちっちゃな声でひとりごちる。だってあれは夢で、現実ではないから。
教会へ向かう道の最後の角を曲がる。ここをあと3分も歩けば、あの教会だ。もう少し、そう思いながら目線を、教会の脇の自動販売機に向ける。
……見慣れた自転車の前輪が、少しだけ見える。
まさか、まさか。
まだ思うように動かない、もつれる足を一生懸命うごかして、わたしは自動販売機の前へ立つ。そこには、夢の中でみたことのある面影の、男性が立っていた。
そして、手に持っている綺麗なラッピングの小箱をわたしに差し出してきた。
「これ、お返しです。……だいぶ待ったよ」
唖然とするわたしの手に男性は小箱を乗せる。その手は、年数を経てしわくちゃだったけど、わたしの手もその男性と同じようににしわくちゃだった。
「時間があるなら、少しお茶でもしませんか?」
わたしはこくん、と頷く。
……なーんだ、夢じゃなかったんだ。妙に嬉しくなったわたしは、男性と手をつなぐ。慌てて照れる男性を見て、ふふっと声が出てしまう。
そして教会の脇の自動販売機からわたしたちは去ったのだった。お互いの手のひらのぬくもりを感じながら。
あまかたり 東江 怜 @agarie
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