第12話 別れ
(千夏、大きくなったんだな)
私はまたびっくりした。まさか……?
(覚えていないよな。叔父さんだよ)
やっぱり! 友行叔父さん!
二十代で亡くなってしまったママの弟で、私の叔父さん。
そういえば……雛子ちゃんは言っていなかった? この家には、向こうの人〝たち〟がいるって。この家には、胡蝶だけじゃなくて、友行叔父さんの幽霊もいたんだ。
(悪気はないんですが、私がこのお宅をさまよっていることが、悪い影響をあたえたのかもしれません)
胡蝶は苦しそうに言う。
(ちがうよ、胡蝶のせいじゃない。僕が時々見える胡蝶に恋をしてしまったんだ)
赤っぽく見える胡蝶に、白い霧をはなっているような友行叔父さんが言う。友行叔父さんは昔の写真で見たときと同じ白いワイシャツと紺ズボンというかっこうだ。
友行叔父さんは幼少のころから霊感が強かったのか、たまに家のなかで胡蝶を見、いつしかその美しい姿に恋心を持ってしまったそうだ。思春期を過ぎても少年期を過ぎても、その想いは消えず、なんとか幻の想い人を忘れようと、大学で知りあった生身の女性、つまり貞子叔母さんと結婚したのだけれど、いっこうに胡蝶への想いはやまず、それがもとで病気になって早死にしてしまったらしい。直接の死因は肺炎だけれど、恋わずらいでずっと悩んでいた叔父さんは、二十代にしては心身ともに弱っていたようだ。
貞子叔母さん、なんか可哀想……。
亡霊となってもずっと日本までお祖父ちゃんについてきて、お祖父ちゃんの心をしばりつづけ、その息子である友行叔父さんを虜にし、子どもだった功の目をうばった胡蝶というこの女の心を持った美しい男の亡霊に、私はかなり複雑な気持ちをおぼえた。
普通の女の亡霊なら憎めたかもしれないけれど、実は男だというのも微妙……。
(本当に、悪いとは思っているんです)
その声は、かすれていて低く、なんかやっぱり残念だ。男のものだと気づかせるその声に、大きなお世話かもしれないけれど、妙なさびしさを感じてしまう。美しいけれど、なんか、悲しい。
今みたいにどれだけ医学が発展して性転換の技術がすぐれてきて、ホルモン注射とかも出来るようになっても、それでも声は変えられない。テレビでたまに見るどんな綺麗なニューハーフの人でも、声には男が残っていて、それが見る側にやるせなさを感じさせるのだ。
胡蝶を見ていると、古いかもしれないけれど、〝日影の花〟という言葉を思い出してしまう。
(いろいろご迷惑おかけしました。私たち、一緒に向こうへ行くことにしたんです)
(元気でな、千夏)
で、でも、二人がいっしょに行ったら、お祖父ちゃんはどうなるの? 朦朧としつつも、私は頭のなかでそんなことを必死に叫んだ。
(友蔵さんは、迷わず奥様のところへ行かれました)
お祖母ちゃんのところへ? そっか……それならいいや。
(あのな、千夏、父さんの葬式のときに聞こえてきたんだが、貞子のやつ、会社の株とか狙っているみたいなんだ。いくらかは私にも権利があるとか思ってるようなんだ)
え? 印刷会社は叔父さんが亡くなって子どももいなかったから、娘婿である私のお父さんが継いで経営しているけれど、それを貞子叔母さん、狙っているの?
でも、叔父さんが亡くなって、貞子叔母さんは家を出て、そのときそれなりに遺産ももらったって、大人たちの会話から聞いたんだけど。第一、家を出て、もう再婚して新しい家庭だってあるのに。
そこまで考えて、その再婚相手の人がリストラされて雛子ちゃんの学費がきついっていう話を思い出した。……そうか、だから葬式のときやたらはりきっていたんだ。
(もしかしたら、この後いろいろ迷惑かけるかもしれないけれど……、出来たら、あんまりあいつのこと憎まないでやってくれ)
う、うん……。やっぱり朦朧とした意識のなかで私は返事をした。
(じゃあな、千夏)
(お達者で。……もう、誰も、なにも恨んでいません。さようなら……)
さようなら、お元気で、と心のなかで言いそうになって、幽霊に向かってそれは変だと気づいた。とにかく、二人の冥福を祈ろう。
あたりに感じていた気配が完全に消えてしまうと、本当の静寂がおとずれて、私はなんだかとても安心した気持ちで眠りに落ちた。
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