第9話

「まさかろうそくがフラグ立てていたなんて…雑に扱ってごめんよ…」


リュックの中に残っているろうそくの残骸を取り出し、頬ずりする浩人。


「私が昨日の昼頃、道を歩いておりましたところ、この白い塊を見つけたのです。この塊を村の者に調べさせたところ、木を燃やすよりも光の管理がしやすく、熱して溶けた状態が近くの木から出る樹液にとても良く似ておりました。このあたりの木は基本的に燃やすのみで他の用途はなく、この地だけのものを他の村や町に売り出すことでこの村が潤うのです!」


「え、なに、この一日でそんなことまでわかるとか天才が集まった集会所かなんかですか」


ろうそくを一目見ただけでそこまで理解するのはあきらかに異才すぎる。


「この村の人たちはみんな頭がいいんですかね?そこまで才能があるならもっと他のことで儲けられたんじゃ…」


「みんな面倒くさがりでしてな」


「面倒くさがり」


「大きい声では話せませぬが…勇者様を担ぎ上げ、この白い塊を商売に用いることで必ず儲かるだろうと断言したところ…やる気に溢れ今のような活気になったのです」


「せめて担ぎ上げるとか言わないようにしようね。担ぎ上げられた人ここにいるから。割と大きい声で言っちゃってるから」


村長のペースにしっかり飲み込まれ、浩人はツッコミ専属になっていた。


「というわけでそなたはかくしてこの村に活気を与えてくださった勇者、ということなのですぞ」


「ようは揮発材にさせられたってことか…あまりいい気はしないけど。まぁ悪い事じゃないからいいっか」


勇者というよりは立役者というポジションだった事実についため息が出てしまう。


「それより気になることがあるんですが、この村にとってドラゴンは脅威ではないのですか?今朝話をしたときにその件で驚いたのかと思ってんですけど」


「ドラゴン?ふむ、そうですな…特には脅威ではありませんな」


「無敵かよ」


この村にとってドラゴンは別にどうでもいいらしい。


「でもドラゴン食べたって言ったら驚いてたような…」


「そうでしたかな?勇者様のまわりにさきほどの白い塊がたくさん落ちていたのでそちらにばかり目が行ってしまいましてな。正直覚えていませぬ」


「適当な相槌だったのかよ。ひでーな」


割と雑な扱いをされていた勇者だった。


一般的にろうそくと言ったら細いものを想像するが、浩人の持っていたものはかなり大きめだったため粉々に砕けた後はさまざまなところに散らばったらしい。


「薪入れてそのままぶん投げたり枕にしたり散々な使い方だったから粉々になってもしょうがないと思ったけど…まさかなぁ」


予想外すぎて本当に喜べない。


「それよりなんで勇者なんですか?なにも勇敢なことしてないのに」


「功労者、というより勇者と言ったほうが皆も盛り上がると思いましてな。いやはや申し訳ない」


「勇者って言葉理解してます?俺一切勇ましいところ見せてないんだけど。結局棚ぼたマンなんだけど」


「がっはっは!細かいことは気になさらぬのが一番ですぞ!がっはっは!」


「あはは…」


酔っぱらいおやじみたいそのものだった。


「その、白い塊は…俺は”ろうそく”と呼んでいますが。それは売るレベルにまでなりそうですか?」


「それがですな…実用段階にするには生産性が悪いのです。もう少し時間がかかりそうですな…」


「そうですか…」


作ることには成功したが、量産はできていない。そういうことだろう。高校生の頭に生産性という単語は難しい。異世界の人に負ける現代教育の代表者。


「村長は他の人に比べて言葉が上手いのは…勉学とかをしたことがあるからですか?」


「その通りで。私も昔は王族の家庭に産まれ、多くの勉学をしたおかげで少しだけ教養があるのみで…特段抜きんでた特技はないので微々たる差でございます。王族も私が幼いころに滅んでしまい、命からがら生き残った者とここに住んでずっとそのまま…ということでございます」


おそらく名家の生き残りがこのむらの大半を占めているんだろう。技術力が明らかにあるのにも頷ける。


「とりあえずこの話は置いといて…相談があるのですが」


浩人は村長に相談を持ち掛ける。


「少しだけでいいです、私をここの村に置いてはいただけないですか…ね?」


「もちろんでございます!なにせ勇者様なのですから!好きなところでお休みください!」


即答だった。いろいろなところで雑な扱いをされても勇者は勇者らしい。


「ありがとうございます!これで地盤が作れた…あとはこれからについてだが…」


「むむ?これから、と言いますと?」


ついでなのでこれからのことも相談してみる。


「実は…俺はどこからきたのかさっぱりでこれから何をすればいいのかも決まってないんですよ」


「これから…やるべき目的がないのでしたら。まずは街に行ってみてはどうですかな?もしかするとそこで勇者様のわからないことがなにかわかるかもしれませぬ」


「街…じゃあまずは街を目指してみます!」


これからの予定が決まった。


まずは街を目指し、これからのことをいろいろ模索する。曖昧だが、森を歩くよりも断然建設的だろう。


「もう夕方なので街に向かうのは明日にします。今日は村のまわりを散策します」


「私どもに手伝えることがありましたらなんなりとお申し付け下され。夜になると野生の獣が多く出るのでご注意くだされ」


「やっぱり出るのか…」


昨日何事もなかったかのように過ごせたのは奇跡らしい。もしくはあの少女が守ってくれたのか。それは誰も知らない。




村長の家を出て、村から少し離れた森に来た。時刻はおそらく夕方頃だろう。太陽がだんだんと沈むのがわかっった。


村の周りはそれほど茂っておらず、視界には常に村際の柵が見えていた。


「いろいろドタバタしすぎてなにがなんだかだったなぁ…でも最初の目的の村発見はできたわけだから、この調子でうまくいくといいな」


いろいろ幸運に救われた場面があったが、運も実力のうちと人は言う。自分を鼓舞し、明日への活力にしようとポジティブシンキングを意識する。


「あの子は今何してるかな…会ったのは昨日の今頃だったよな」


きっと生きてるだろう。そう信じないと…


「見殺しにした、って考えちまうよ」


もしあそこで浩人が村長を追いかけずに待ってたら。あの子はあの場所に帰って来たのだろうか。もしかしたらまだ浩人の帰りを待っているかもしれない。


「街に行く前に…あの場所に帰ったほういいのかな…どうしても気になる」


このまま気にしていたら後ろめたさずるずるひきずって後悔するかもしれない。


「よし!明日はまずあの森に一旦帰る!それから街だ!」


先に思い残しを片づけてしまおう。浩人はそう決める。


「街の方角ってどっちなんだろ。あの森に近かったらそのまま街にいけるんだけど…」


「街に行くの?行くなら私も連れてって!おいしもの食べたい!」


「ん?いいぞ。一人より二人のほうがいいからな」


浩人は次第に暗くなる道を、細心の注意を払って歩く。


「そろそろ帰らないと危ないな。獣も出るみたいだし」


「そうだね!少しなら守れるけど、大量だとさすがに守り切れないし面倒!」


「面倒って…そんな…ってうぉぉぉぉぉい!いつからいたよ!!」


「村を出てすぐくらいかな?ずっと後ろ歩いてたよ!」


ずっと後ろを歩いていたという少女、その姿は昨日の少女、その子だった。


「なんでここにいるんだ!?」


「なんでって…私の家だから?」


まさかだった。昨日の少女がこの村の住人だったとは。


「そう…なのか。にしてもなんで今まで俺に声かけてくれなかったんだ?」


「村から出てからずーーっと考え事してて私が話しかけても反応してくれなかっただけじゃん!無視されてるのかと思った!」


「そ、そうか。それは悪かった…」


どうやらずっと話しかけてくれていたらしい。少し罪悪感に襲われた。


「俺が村に来たくらい…今日の朝はどこに居たんだ?探しても見つからないからどこかに行ったのかと思ったぞ」


「ずっと近くにいたよ?って言っても木の上だったけどね?」


「木の上」


今日の朝は霧が深く、木の上まで見ることができていなかった。そのためいないものと浩人が勝手に錯覚していた。


「よかった…生きてたならいいんだ…」


胸のしこりがとれた。これで心置きなく街に向かうことができる。


「にしても俺が村長の飼ってる動物に襲われてたのになんで助けてくれなかったんだ?近くにいたなら助けてくれてもよかったのに」


「それは…あはは」


「それは?」


「そこだけ寝てた」


「寝てただと」


寝ていたらしい。


「起きたら村長の飼いグルが私がいる木の根元に座ってたからさ。来たんだなーっていうのがわかったんだけど…てへ☆」


「飼いグル?」


「あの獣の名前だよ!グルーガルっていうの!」


どうやらやはり犬や狼とは言わないらしい。よく似てはいるのだが、全く別の獣ということだろう。


「一匹なついてる子がいて、その子が私をここまで連れてきてくれたんだよ!」


そのグルーガル、という獣はとても賢いらしく、人によく懐くそうだ。まさしく犬そのもの。


「それより明日街行くんでしょ?私もいいよね?ね!」


「いいぞー…ってさっきも言わなかったか?」


「言ってたけどさっきは誰かわかってなかったみたいだから…」


「ごめんな。いろいろ考えててさ」


「いろいろ?」


「これからのこと。分かるのは自分の名前くらいだからな。これからどうすればいいかなんてわかるわけ…」


「じゃあ仕事しよ!」


「なにそのニートは迷わず働けみたいなセリフ!酷くない!?」


「にーとってのがよくわからないけど…とにかく何するにもお金は必要でしょ?なら働いてお金を稼ぐのが一番!」


「この世界にも通貨が存在するのか。ならそれは確かに一理あるな」


経済が存在し、通貨が存在する。ならその通貨は多く持っていたほうがいい。衣食住どれをとっても損になることはないだろう。


「働くって言ってもだ…そんなにいきなり働きたいですって言ってすぐに職が見つかるものなのか?」


「大丈夫!働きたいならまずは街のこーぎょーしょにいこ!街の中なら少しは私もわかるから!」


「そうなのか。って、街の外は?」


「…えへへ」


わかったら昨日も道に迷うことはなかっただろう。聞かずとも納得した浩人だった。


「そうだ!名前…聞いてなかった。いまさらだけど君の名前を教えてくれないか?」


「私の名前?私はクーナ!みんなはくーちゃんって呼んでるよ!」


「さすがにそれは恥ずかしい…俺の名前は浩人!改めてよろしくな!」


「ひろ…と?珍しい名前だね?」


「おそらくこの世界でこういう名前は俺だけかもしれないな。文化も違うしね」


浩人が異世界に来た事はクーナに話しても理解してもらえないだろうと思い、そのあたりの説明は深くしないことにした。


「とにかく!明日は街に行こうね!久しぶりの街だから楽しみだなぁ!」


クーナがうきうきしながら浩人のまわりをスキップしている。


「おっと、さすがに暗くなってきたな。いい加減戻らないと」


「そうだね!お腹もすいたし!」


「会うといつも腹を空かせてるイメージしかないんだが…」


会った時間帯が両日とも夕方だったので、それもしょうがないことである。


「ごっはん!ごっはん!今日は何かなー!」


「ん?誰か作ってくれる人がいるのか?」


「うん!村に帰るとみんながごはん作ってくれるの!」


「そうなのか…愛されてるんだな」


マスコットキキャラクター的存在なのかはたまた、本当にかわいいと愛されてるのか。どちらにせよクーナは村で人気者らしい


「好きな料理だといいな」


「うんっ!」


クーナの笑顔は幼さが残る、とてもかわいらしいものだった。




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