五十箇所目 虎屋赤坂ギャラリー 虎屋文庫ブックストア 港区

「虎屋文庫の羊羹・YOKAN」展が開催されたのは、晩秋から初冬にかけての頃でした。

 正式タイトルは、第七十九回虎屋文庫資料展 再会御礼!「虎屋文庫の羊羹・YOKAN」展です。

 場所は、和菓子屋の虎屋の虎屋 赤坂ギャラリーで、2019年11月1日(金)~12月10日(火)に開催されました。


 2018年に赤坂店がリニューアルオープンして、地上四階地下一階のふんだんに木材の使われたモダンな店舗に生まれ変わりました。

 オープン記念展覧会に訪れた時には、羊羹をねる大きな釜を背景に、閻魔様が持つような大きさからエンマと言われる杓文字を持って記念撮影をしました。


 今回の訪問のトピックスは、なんといっても、「虎屋文庫ブックストア」です。

 和菓子屋さんに本屋さんが期間限定でオープンすると聞いたら、それは行かずにはいられません。

 

 出かける前に少し予習をと思い、羊羹文学を渉猟してみました。

 有名どころでは、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』ですね。

 今回の展示では、谷崎羊羹世界の間が再現されていました。

 昔は暗かったんですよね、日本のおうち。

 暗いからこそ味わえた陰影の美。

 暗いがゆえに、生活リズムが明かりによって整えられていたのですね。


 次に、羊羹をとりあげた小説がないかなと思っていたところ、時代物でありました。

 火坂雅志の短編集『桂籠とその他の短篇』(講談社刊)の中の「羊羹合戦」です。

 時は豊臣秀吉が天下取りをし一見平穏そうな頃、武士の嗜み茶の湯の茶会に供される菓子「羊羹」をめぐる話です。

 越後の領主上杉景勝の不興を買い蟄居していた侍を、同期の直江兼続が彼の才を惜しんで復権の算段として生み出した妙案が、羊羹合戦への参加だったのです。

 そうとは知らず試行錯誤の末に侍が生み出したのは、見事な一品。

 目にも鮮やかな色彩にこめられた郷土への思い、ひいては主への確固たる志。

 一服のお茶とともに味わいたい一編です。


 作者はあとがきにこんな風に記しています。


「かつて羊羹が好きだった。

 松山の薄墨羊羹、諏訪の塩羊羹、寺泊の塩たき、名古屋の上(ルビ:あが)り羊羹、伏見駿河屋の紅羊羹、本郷藤むらの羊羹と、各地の名物羊羹をたずねまわったものである。羊羹の包装から中身まで、ノートに色鉛筆で彩色の絵を描き、味の感想を書きつけていた。

 そうしたささやかな道楽が、『羊羹合戦』という作品に生きてくるとは思ってもみなかっら。

 小説はすべからく、そんなささいなきっかけから生まれるのではないかと思う。」


 ささやかな趣味道楽から生まれる思いもよらぬ一品、よいですね。



 では、いざ赤坂、ということで、最寄駅のある東京メトロ丸ノ内線へ。

 赤坂見附駅で降りて、徒歩約5,6分。

 木肌の匂い立つようなまろやかな建物が現れます。

 それが、虎屋赤坂店です。

 広いエントランスから地階へ降りていくと、ギャラリーです。

 ギャラリーには「羊羹」という名称の煉瓦も使われているとのこと。


 受付を済ませて、案内葉書を見せると、今回の展覧会の冊子が手渡されました。

 この冊子が充実の内容で、展示品について網羅されていて、羊羹に関するトピックもわかりやすく説明されています。

 虎屋の看板羊羹「夜の梅」の絵葉書がはさんであるのも、うれしい心遣いです。


 冊子をぱらぱらとめくりながら展示室へ入ろうとすると、「お待ちくだされ」と、ささやき声が。

 おそるおそる振り返ると、そこにはなよやかな物腰の僧侶と思しきおじさまが。


 ん?頭にのせてるのは、何?ベレー帽?


「いらした記念に、ぜひ、こちらで記念撮影をされてはいかがかな」


 おっとりとした物言いに、ふっとつられて、パネルで区切られた空間へ。


 ――撮影スポット 羊羹和尚と記念撮影ができます!――


 これは、ぜひとも撮らねば、と思い……となったところで新たな疑問が。


 羊羹和尚?


 ベレー帽だと思ったのは、どうやら羊羹のようです。

 羊羹和尚が登場するのは、江戸時代の和菓子を擬人化した黄表紙『名代干菓子山殿』です。

 干菓子が主役の物語なのですが、羊羹ベレーをかぶった和尚は、「かす寺(カステラ)の羊羹和尚」として登場します。ダジャレですね、お江戸ならではのユーモアでしょうか。


 羊羹和尚は、国立国会図書館デジタルコレクション『名代干菓子山殿 3巻  

 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8929828』でご覧いただけます。

 

 それにしても、羊羹を坊主頭に載せていては、冷たくないのかな、つるんとして妙な感じはしないのかなと、いらぬ心配が沸き起こります。

 まあ、でも、羊羹ベレー帽、工夫次第では面白いものができるかもしれません。


 設えられたベンチの羊羹和尚の隣りでポーズを決めて、自撮りタイムです。

 等身大風パネルの羊羹和尚には実在感があって、思わず話しかけてしまい、ちょっとあやしい人になっていたかもしれません。


 記念撮影を終えて、展示コーナーへ。

 展示内容については、いただいた冊子にほぼ網羅されていますので、そちらの目次からご紹介することにします。



 『 第七十九回虎屋文庫資料展 再会御礼!「虎屋文庫の羊羹・YOKAN」展』

 株式会社虎屋 虎屋文庫編 株式会社虎屋刊 2019年11月発行


 <目次>

 近代の羊羹 商標・包み紙いろいろ

 虎屋の歴史概略/虎屋文庫のご紹介

 主要展示資料・協力機関ほか

 料理から菓子へ/羊羹の進化/羊羹の歴史

 作る 羊羹とは/虎屋の煉羊羹の原材料/五種類の羊羹の基本的な作り方/ユニークな意匠/容器さまざま

 商う 今はなき江戸の名店/虎屋の練羊羹

 虎屋の羊羹のあゆみ

 味わう 特別な日に大切な人と/来客に最適/おせち料理に羊羹を/旅の土産に

 YOKANの可能性 災害の備えやスポーツ時にも/世界へ!/「羊羹コレクション」

 羊羹トリビア50

 主要参考図書/後記



 この一冊で、ほぼ羊羹世界が網羅されています。

 個人的に興味をひかれたのは、「作る」の項目の中のコラムと「羊羹トリビア50」で紹介されている福井の冬の水羊羹です。これは、奥越つながりです。

 「ユニークな意匠」では、『あやかし冥菓見本帖』にも登場する菓子見本帖つながりで注目しました。

  リニューアルオープン展の時に、虎屋に代々伝わる菓子見本帖を拝見しました。羊羹の切り口に表れるのは、四季折々の日本の情景なのですよね。床の間に飾って眺めて一服したくなる美しさです。

 


 さて、一通り展示を観賞したので、二階の期間限定「虎屋文庫ブックストア」へ。

 菓子資料室虎屋文庫の皆さまのおすすめ和菓子本が、推薦コメントといっしょに紹介されていました。

 今回は、展覧会にちなんだ本を二冊選びました。


 羊羹展なので、羊羹もと思い求めたのは、2020年の干支のねずみイラストのかわいいひと口羊羹と、ロリポップキャンディのようなミナ・ペルホネンの皆川明氏デザインの「花晴はなはる」。

 こちらは、2010年秋にミッドタウン展での企画展「羊羹のたのしみ展――記憶の中の情景――」で誕生したそうです。

 甘くてかわいくて美味しい!にぴったりの新感覚羊羹です。

 見ているだけでごきげんになります。


 そこでしか得られない体験と本と羊羹を手に、足どり軽やかに帰路につきました。



 最後に、羊羹をテーマにした自作品をご紹介。


『あやかし冥菓見本帖』「番外編 羊羹の日記念 新作羊羹選手権」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884556736/episodes/1177354054891561211




<虎屋 赤坂ギャラリー 港区>

最寄駅 東京メトロ丸ノ内線 赤坂見附駅


虎屋のホームページで詳細をご覧いただけます。



<今日買った本>

『ようかん』

虎屋文庫 著

新潮社 発行


『和菓子 第20号 特集 羊羹』

株式会社虎屋 虎屋文庫 編集

黒川 光博 発行

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