しあわせをさがしに

髙橋螢参郎

第1話

「今年の恵方は北北西なんだって」

「そうなんだ」

 今日は2月2日。昨日までは恵方巻のえの字も出なかったのに、君はいつだって唐突だ。

「明日行ってみようよ。北北西の方に」

「北北西を向いて、お寿司の海苔巻き食べるだけじゃダメなの」

 隣を歩く私の呆れ顔を見る事もなく、君は首を振った。

「幸せは歩いてこないよ。自分から近付きに行かなきゃ」

「そういうものなの」

「そういうものだよ」

 こういうやり取りも慣れたものだけど、その奔放さが何かの拍子に他の誰かや君自身を傷つけないかどうかだけは気がかりだった。

 私は、別にいいんだけど。

「お弁当作ろうか」

「やった。そうと決まったら車借りてこないと」

「一体どこまで行くつもりなの」

 幸せが見つかるまで。

 君はそう言い残して、誰かのところに車を借りに行った。


 どこからか借りてきた青い車に乗って、翌日私たちは北北西へと出かけた。

「幸せが見つかるといいな」

「そうだね」

 助手席に座るだけの私は、ハンドルを握る君の言葉に曖昧な返事しかできなかった。

 君は一体何を探しているのだろう。車はただひたすら北北西を目指して進んでいった。その間というものの、私は君のしてくれるとりとめのない話にずっと耳を傾けているだけだった。

 私は別に、最初から何も探していなかったから。


 旅路は日が落ちる前に、意外とあっさり終わった。

 車から降りた私たちの目の前には、水平線が遥か遠く続いていた。

「ここまでかー」

 残念そうに堤防へと腰かけた君に、私は早起きして作った恵方巻をそっと差し出した。

「これ、食べ終わるまでしゃべっちゃダメなんだっけ」

 私は自分の恵方巻を咥えたまま、黙って頷いた。

 海の向こうを見つめたまま、君はもぐもぐと口を動かしている。どうして恵方なんてものがあって、毎年ころころと変わるのだろう。

 それはつまり、幸せは私たちの足元にはないと言っているようなものじゃないか。

「うまいね、これ」

 たったそれだけで、私は幸せなのに。

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しあわせをさがしに 髙橋螢参郎 @keizabro_t

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