番外編 カメラが写しだす未来

 


 君と出会ったときも、今日みたいに雨が降っていた。

 今では隣にいる君の手を握って、僕は一歩踏み出した。





  ◇ ◇ ◇


 僕が美那ちゃんに初めて会ったのは四年前。

 あの橋の近くだった。


「……ざけんなよ!私の言うこと聞けよ!」

「……」

「黙ってちゃ、何もわからねぇよ!」


 そんな罵声が僕の隣から聞こえてきた。

 僕が初めての写真集を出すために写真を撮る場所を探していたときだった。

 チラリと目線を向けてみると、複数の女の子が同級生とみられる一人の女の子を囲んでいた。

 都会育ちの僕はドラマでよく見るその光景に驚いて、すぐにその場所を去った。

 その後、「首つり橋」を撮影場所と決めた僕は橋から身を乗り出して写真を撮っていた。

 あともうちょっと、というところで僕は誰かにグイッと後ろに引っ張られ、尻餅をついた。

 顔をあげると、そこにはこの間のいじめられている女の子がいた。


「何しようとしてるんですか!!そんなことして何になるんですか!!」


 一瞬、状況が把握できなかった。

 僕はただ写真を撮っていただけで……

 そこで昨日ネットでみたある記事を思い出した。


 -◯◯県××市の△△川で、男性の遺体が見つかりました。男性は下着しか身に着けておらず、身元を示すようなものもなかったということです。警視庁は、自殺の可能性があるとみて、死因などを調べています。-


「あの、多分勘違いしてると思うよ?僕、別に自殺しようとしてたんじゃなくて、写真を撮ろうとしてただけだよ?」


 僕がそう言うと、女の子は顔を赤くして猛スピードで何処かに駆けていった。

 僕はそんな女の子の姿を見て、少し笑ってしまった。

 なんて可愛い子だろう、って。





  ◇ ◇ ◇


 僕は次の日もあの橋にいた。

 むろん、写真を撮るためである。

 断じて、あの女の子に会いたいとかではない、多分。

 しかし、頭の中はあの女の子のことでいっぱいで中々良い写真が撮れなかった。

 そんな時だった。

 遠くの方から足音が聞こえ、僕はそちらの方を向いた。

 すると、そこにはあの女の子がいた。

 僕は思わず、手を振り、近づいた。


「僕の神様になってくれませんか?」


 女の子はそんな僕の言葉を聞いて、怪訝な顔をした。

 しかし、僕は素晴らしいアイデアを思いついてしまったのだ。

 頭から女の子のことが離れないのなら、いっそのこと女の子を撮って仕舞えばいいと。

 僕はなんとか強引に話を進め、女の子から承諾をもらった。


「僕は三麗 奏といいます。一応、写真家です。よろしく!」

「私は藤沢 美那といいます。よろしくお願いします」

「うん、美那ちゃん!よろしくね!」


 女の子の名前は美那というらしい。

 可愛らしい名前である。

 僕はその日、何度もその名前を繰り返しつぶやいていた。

 その出来事から一週間、僕は何枚も何枚も写真を撮り続けた。

 しかし、一向に満足するものは撮れなかった。

 僕が今まで撮ってきたのは風景ばかりで、今回のような人をモデルに撮影するというのは初めてだった。

 美那ちゃんにはかなり負担を敷いているよな、と少し反省をしつつ、僕は部屋でマネキン相手に何度も練習を重ねていた。





  ◇ ◇ ◇


 その日は土曜日だった。

 編集者さんとの打ち合わせが長引き、僕があの橋についてきた時には、美那ちゃんとの約束の時間を大分過ぎていた。

 あの橋にはもうすでに美那ちゃんの姿があった。

 僕は急いで、美那ちゃんのもとに向かった。

 その時、見たその光景を僕は今でも忘れることができない。

 様々な色で汚されたワンピース、足元に広がる不気味な色をした水たまり、水滴が滴る髪。

 その光景を僕は不覚にも素敵だと思ってしまった。

 これこそ、僕が撮りたかったものだと。

 僕は無我夢中で写真を撮り続けた。

 喉が乾くのも、お腹が空くのも、日が暮れるのも、美那ちゃんが涙を流すのも、全て忘れて。

 ただただ満足のいく写真を撮ることに没頭していた。

 僕が満足した頃には、美那ちゃんはもう泣き止み、日もすっかり暮れていた。


「ごめんね、美那ちゃん。僕が撮りたかったのはそういう美那ちゃんだったんだ。本当にごめん」

「そうですか、別にいいです。お世話になりました」


 美那ちゃんは僕を一度も見ないで、走って帰っていった。

 そこで、僕はようやく自分のした失敗に気がついた。

 次の日、僕は再びあの橋に来ていた。

 どうしても、もう一回美那ちゃんに会って謝りたかったのだ。

 どうしても。

 遠くから近づく足音に顔をあげると、そこには制服姿の美那ちゃんがいた。


「やっほー、美那ちゃん!今日はどうしたの?」

「そっちこそ、どうしたんですか?」

「僕?僕はね、美那ちゃんに会いに来たんだよ」


 そう言うと、美那ちゃんはいつかみたいに顔を赤くした。

 やっぱり、美那ちゃんは可愛いな。

 そう思いながら僕が謝ろうとした、その時だった。

 美那ちゃんが突然震えだしたのは。

 美那ちゃんから目線を外すと、そこにはいつか見た田舎の不良もどきがいた。

 美那ちゃんを傷つけたのはきっと彼らだ。

 美那ちゃんがこの橋に来た理由もきっと彼らだ。

 そう気づいた瞬間、僕は怒りを抑えることができなかった。


「君たちが美那ちゃんを傷つけたんだね。本当、最低だな」

「あ?」

「最低だって言ったんだよ、聞こえなかった?」

「知るかよ、おっさん!俺らはこいつと仲良くしてやってんの!何?なんか文句ある?」

「文句大有りだね。仲良くしてあげるって君たち、一体何様なの?」

「うっぜぇな!おっさん!おい、もう行こうぜ」


 久しぶりに大人気ないことをしてしまったと少し反省しつつ、美那ちゃんを見るとまだ少し震えていた。

 僕はそんな美那ちゃんを見て、ずっと心の奥底にあった想いに気づいた。

 僕はそっと美那ちゃんを包み、そっと頭を撫でた。


「ねぇ、美那ちゃん、僕のアシスタントにならない?」

「あ、アシスタントですか?カメラの?で、でも、私何にも知らないですし!というか、まだ高校生なんですけど……」

「うん、卒業したらでいいよ。頭の片隅にでもいいから、その選択肢を入れといて」

「は、はい」


 僕は美那ちゃんに連絡先を渡し、家まで送った。

 それにしても、これは少しばかり強引だったかもしれない、と帰りの電車で思う。

 美那ちゃんを救うため、という理由もあるけれど、本心を言えば、ただ美那ちゃんと一緒にいたいだけなのだから。

 僕は少し浮かれながら、家に帰った。





  ◇ ◇ ◇


 ニマニマしてる僕に気づいて、美那が僕の頬をつまんできた。


「一体全体、何を思い出してたんですか!」

「うーん、内緒!」

「もう!」

「それより……」


 何ですか、と首を傾げてこちらを向く美那に僕はそっと口づけをした。


「今日も可愛いよ」

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自殺から全てが始まった コトリノトリ @gunjyo

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