自殺から全てが始まった
コトリノトリ
自殺から全てが始まった
桜が舞っている。
あの時、あの瞬間、あの橋で彼と出会えたことは運命だったのかもしれない。
そう思えるほどに私の人生は変わった。
いつも笑って私の話を聞いてくれる。
いつも本気で私とぶつかってくれる。
いつもいつも……
少し不思議でおっちょこちょい。
なのに「ここぞ」というときは真剣で急にカッコよくなる。
そんな彼が私は……
◇ ◇ ◇
高校に入ってから最近思うようになったことがある。
私は今まで周りに恵まれてたんだなってことをである。
中学校まで私は普通の女の子だった。
いじめることもいじめられることもなく、目立つこともなくかといって空気というわけでもない。
本当に普通の女の子。
しかし、高校に入って状況は一変した。
あれは入学式の日。
アニメ系の下じきを持ってきたことから始まる。
その高校というか私のクラスには打倒アニメみたいな風潮があって、見事に私はアニメ好き認定を受けてしまった。
別にそこまでアニメが好きなわけじゃないのに。
そして、運の悪いことに私のクラスには私以外アニメ好き認定を受けた人がいなかった。
その結果、私はいじめられた。
しかも、激化した。
上靴に画びょうを入れられるし、上から水はふってくる。
ノートは引きちぎられるし、持ち物はすぐ失くなった。
思わず笑ってしまうくらい古典的ないじめに私の心はしだいに荒んでいった。
最初の頃は涙がとまらなかった。
「何で私が、何で私だけが」って。
時が経つにつれて、次第に泣く回数は減っていった。
その代わりにぼーっとする時間が長くなっていった。
その時考えることといえば、「何で生きているのか」とか「私が死んだらどうなるのかな」とかが大半を占めていた気がする。
そして、高校二年生の半ば、私はある決心をした。
学校の帰り道にはとある自殺の名所があった。
それは「首つり橋」といって年間10人以上は自殺しようとする場所だった。
私は学校をサボって、その橋にむかった。
私はそこで死ぬ、はずだった。
しかし、そこにはなんと先客がいた。
私の身体は自然と動いた。
間一髪、彼の手を掴む。
「何しようとしてるんですか!!そんなことして何になるんですか!!」
私が言えることではないのに。
思わず、私はそう口走っていた。
しかし、当の本人はキョトンとして、状況は把握できていないようだった。
そして、手をパンと叩いた。
「あの、多分勘違いしてると思うよ?僕、別に自殺しようとしてたんじゃなくて、写真を撮ろうとしてただけだよ?」
どうやら私の勘違いだったらしい。
とんだ失態をしてしまった。
ていうか、私、自殺しようとしてたんだけど……
「すいません、すいません、すいません!!勘違いしてしまいました!!」
すると、彼は不思議そうに首をかしげた。
「君はどうしてここに来たの?」
ドクン、と心臓が跳ねた気がした。
笑顔で嘘を吐けばいいだけなのに。
彼にジッと見つめられているからなのか、それが、そんな簡単なことが私にはできなかった。
彼は無邪気に私を追いつめる。
「もしかして、自殺とか……?」
「そ、そんなわけじゃないですか!!し、失礼します!!」
私の口からやっとでたのはそんな不恰好な言葉だった。
そして、私はその場から走って逃げた。
◇ ◇ ◇
次の日、私はまた学校に行かなかった。
もちろん、自殺を遂行するためである。
「昨日は夕方に行ったからダメだったんだ」という結論に至った私は昼に意気揚々と橋へ向かった。
しかし、そこにはやはり彼がいた。
「あ、きたきた!こっちこっち!」
しかも、大きく手を振って。
いやいやいや、この状況おかしくない!?
え、待ってたの?私を?この時間から?
「え、いや、あの、何で?」
「あー、僕熱中しちゃうと周りが見えなくなる癖があって……」
「いや、じゃなくて何で私を待ってたんですか?」
私がそう言うと、彼は急に近づいた。
そして、私の手を握ってニッコリ微笑んだ。
「僕の神様になってくれませんか?」
「は?」
落ち着こう、私。
一旦落ち着こう。
今の状況を整理してみると、知らない男の人にいきなり声をかけられ、手を握られ、変なことを言われた、と。
私は持っていたカバンを思いきり彼にぶつけた。
「この変態!警察呼びますよ!」
「あぁぁぁぁぁ!違うの!違う!ちゃんと説明しますぅぅぅぅぅ!」
彼はシュンとして、私の前でペタンと倒れこむと、事情を説明し始めた。
まず、彼が売れっ子プロカメラマンだということ。
このことには大分驚いた。
みたところ、私より少し年上くらいのふわふわしてる人なのに。
そして、もうすぐ出版する予定の写真集の写真をここで撮っていたということ。
正直、大分趣味が悪いように思えた。
だって、ここは自殺の名所なわけで。
美しいというより、殺伐としている気がするのだけれど。
「そこで美那ちゃんに僕のか、被写体になって欲しいんだ!ダメ、かな?」
「いえ、ダメじゃないです」
きっと、この人がいなくなったら自殺ができる。
そう思って、私は素直に了承した。
その出来事が私の人生をガラリと変えるとも知らずに。
◇ ◇ ◇
「一体全体!何枚とるのよ!」
私はベットの上にカバンを投げ捨て、思わず叫んでいた。
1日で終わると思っていた撮影はもう一週間も続いていた。
場所はあいも変わらず、あの橋である。
本当に趣味が悪い人である。
三麗さんは真剣な顔で私を撮っていた。
そして、時折不思議な質問をしてきた。
「ここで自殺する人ってどういう気持ちだと思う?」
「自殺したいって思ったことある?」
「飛び降り自殺って痛いだろうね」
もしかしたら、三麗さんは気づいていたのかもしれない。
私が自殺しようとしていたことを。
だからといって、私の決心は揺るがないけれど。
次の日、私はまたあの橋に向かった。
その日は土曜日だった。
なので、私は私服で行くことにした。
被写体になるのだからと少し気合を入れてみた。
膝丈のワンピースに紺色の靴。
私は少しウキウキしてあの橋に向かった。
今日、学校がないということも忘れて。
私があの橋に着くと、いつもはいるはずの三麗さんがいなかった。
「寝坊でもしたのかな?」と私はベンチに座りながら三麗さんを待っていた。
しかし、そこに来たのは三麗さんなんかじゃなかった。
遠くから聞こえる騒がしい話し声、時折混ざる耳につく笑い。
早く逃げないといけないのに!
私は恐怖で身体が動かなくなってしまった。
「あ、美那じゃん!うちら、あんたが来なくてすぅぅぅぅごい寂しいんだよね!早く学校きなよ!」
「ホント!ホント!来ないと先生がうっさいんだよね!お前らがいじめたのかーーって」
「もうホント、うっさいよね!うちら、いじめてないのに。ね、美那?うちら、と・も・だ・ちだし?」
甲高い笑い声は辺りに響いた。
やはり、あいつら、だった。
私をいじめた、あいつらだった。
「悪い子にはお仕置きが必要だよ、ね?」
そう言うと、あいつらは各々持っていたジュースを私にかけていった。
ワンピースはもう白くなかった。
「やっぱり、美那にはその服が似合うと思ったんだ!何処かのアニメキャラがきてそうじゃん?」
「確かに!この色とかぽくない?」
「わかる!ぽい、ぽい!」
あいつらはひとしきり騒ぐと、私から離れていった。
私は一人、ジュースで汚れた服を着て三麗さんを待っていた。
助けてほしかった。
そのあと小一時間ほど経った時にやっと三麗さんが来た。
後から聞いたのだけれど、その時は何やら打ち合わせがあったらしい。
三麗さんは来た途端、カメラを取り出し、いきなり写真を撮り始めた。
パシャリ、パシャリという音に私はとうとう限界を迎えてしまった。
「何するんですか!何で撮るんですか!私が何でこの状態なのかとか聞かないんですか!何で、何で……」
私はとうとうその場で泣き崩れてしまった。
それでも、三麗さんは写真を撮り続けた
何度も何度も何度も何度も。
カラスが鳴き始め、日が暮れ始めた頃、三麗さんはようやく口を開いた。
私はもう泣き止んでいた。
「ごめんね、美那ちゃん。僕が撮りたかったのはそういう美那ちゃんだったんだ。本当にごめん」
「そうですか、別にいいです。お世話になりました」
私は冷たく言い放つと、カバンを手に取り、自宅の方に歩いていった。
もう、三麗さんなんか知らない。
明日、自殺しよう。
そう決めて、私は家に入った。
◇ ◇ ◇
今日は制服で行くことにした。
この服で死ねば、警察も私の自殺した原因が学校にあると気づくかもしれない。
遺書を書く気にはなれなかった。
そんな余裕が私にはなかった。
いつものように首つり橋まで歩く。
いつもより少し距離が長く感じた。
橋に着くと、そこで三麗さんが穏やかに笑って、私に手を振っていた。
一瞬、息が詰まった。
何故か、泣きそうになった。
「やっほー、美那ちゃん!今日はどうしたの?」
「そっちこそ、どうしたんですか?」
「僕?僕はねぇー……」
三麗さんはあの日のように急に近づいて、私の手を握った。
「美那ちゃんに会いに来たんだよ」
ドクンと、心臓が跳ねた。
それは前、感じたものとは全く違うものだった。
顔が火照り、私は思わず下を向いた。
「どうかした?あれ?顔真っ赤だよ?もしかして、熱、とか?」
「違います!違います!どういう意味ですか!会いたい、なんて!」
「うーん、そのまんまの意味だよ?ぼくが美那ちゃんに会いたかったの」
突然、しゃがみこんだ私の周りで、三麗さんはアタフタしていた。
この人、あれだ、無自覚だ。
そう理解しているのに、私の頬の火照りは一向におさまらなかった。
だから、気づかなかった。
あいつらの話し声に。
「あれ、美那じゃね?」
「そうじゃん!美那じゃん!あれれ、男なんて連れてどうしたんだろう?」
「あれじゃね?アニメ好きだから男も簡単に落とせるんじゃね?」
「ははは!つまり、ビッチってことじゃん!」
耳につく笑い声、確実にあいつらだった。
私は顔をあげることができなかった。
身体が小刻みに震えだしていた。
「あれ、お兄さんイケメンだね?うちらと一緒に遊ばない?そこのアニメ好きのビッチより何倍も楽しいからさ!」
あいつらはそう言って、また笑いだした。
私は必死に祈っていた。
どうか、一緒に行かないでと。
「君たちと遊ぶより美那ちゃんと遊ぶ方が何倍も楽しそうだな」
「あ?」
あいつらの笑い声がピタリと止んだ。
三麗さんは私の頭を撫でると、私とあいつらの間に立った。
「君たちが美那ちゃんを傷つけたんだね。本当、最低だな」
「あ?」
「最低だって言ったんだよ、聞こえなかった?」
「知るかよ、おっさん!俺らはこいつと仲良くしてやってんの!何?なんか文句ある?」
「文句大有りだね。仲良くしてあげるって君たち、一体何様なの?」
「うっぜぇな!おっさん!おい、もう行こうぜ」
あいつらの足跡が聞こえなくなるまで、私は動けなかった。
それにしても、あんな三麗さんの低い声、初めて聞いた。
私のために怒ってくれたんだと思うと、なんだか嬉しかった。
「美那ちゃん、動ける?」
「はい……」
立ち上がった私を三麗さんは優しくそっと包んだ。
頭を撫でられているうちに、涙が溢れて止まらなくなった。
◇ ◇ ◇
あれから二年。
私は今ある場所で働いている。
高校を卒業して、すぐに働くのは少し躊躇いがあったけど、あの人の側ならと私はその誘いを承諾した。
「美那ー、こっち手伝ってー」
「はーーい、ただ今!」
あの人の隣でずっとずっと過ごしていけたら、と心から願う。
今度はあの人を私が救えるように。
ずっと側にいますね、三麗さん。
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