第3話 幽霊

 河合園子は父親と二人暮らしをしてたのだが、父親が先ほど地下貯水池の工事現場の事故で亡くなった。親が亡くなり彼女はとても不安な心情であったのだが、彼女はもう高校生で、親戚の伝手もあり、全寮制の女学校に転校することになった。彼女の転校した聖霜女学院にはお金持ちのお嬢様達が多く在籍していたのであるが、そのお嬢様の生徒達のうわさ話では、河合園子の父親は誰かに殺されたというのである。それはお金持ちの親がするうわさ話を聞いた生徒から流れてくる、一般人には流れてこない情報であった。実際に河合園子の父親は何者かに殺されたのであるが、それは隠蔽されて事故ということになったのである。このうわさ話を聞いた河合園子が、学生寮のルームメイトに相談して訪れたのが黒岩探偵事務所であった。このルームメイトの名前は尻野蘭子というのであったが、彼女は読書好きで、主にミステリー作品を好んで読んでいる。黒岩探偵シリーズを愛読している彼女は、毎日何か事件は無いかと待ち望んでいるところだったのだ。黒岩はこの二人の女子高生に紅茶を煎れ、ああ、そうだ、ロールケーキなどがあったな、などと言って、それもテーブルの上に出した。女子高生などとは可愛い者だなどと思っていると、黒岩はこの事件の真相はたぶんうわさ通りだろうという予感がした。黒岩の聞き込みに次ぐ聞きこみで辿り着いたこの事件の真相は、河合園子の父親は河童に殺されたというものであった。殺人動機は河童が河合園子の父親に教えられたギャンブルで負け続け、借金を作った事だった。河合園子の父親はよく地下貯水池工事現場のカッパ小屋に行っては河童からイカサマで金を巻き上げていたらしい。しかし、黒岩がこの真相に辿り着いた時にはすでに河童は工事現場から居なくなっていた。共生労働局から指導が入ったらしい。


 今朝、新しく田抜係長の机の上に赤い球体の置物があった。何やら禍々しい物なのだが、これが河合園子の父親が河童に抜かれた尻子玉であった。数日前、ほーう、これが尻子玉かと感心して言う田貫係長の隣では河童が干乾びて何体か束になっていた。まあ、この河童の干物で得た金が5千万円ほどであった。河童の干物は大好きですと言う二口には河童の腕を贈った。二口は田貫係長の契約愛人である。この前はコビトを職場で食べていたが、職場では食べないようにと注意した所なので、河童は家で食べることだろう。この職場にも人間が入ってきたので、注意して欲しいところである。

 下長は田貫係長の机の2メートルほど上に何かが漂っているのを見ていた。火の玉の様であるが、薄っすらとしている。そんな時に大礼象子さんが何時もの様にキンキンに冷えた缶コーヒーをくれた。「あの漂っている物は人の霊魂ね。課長の机の上の尻子玉にまだ繋がれていて、成仏できないのよ」などと下長に教えてくれる。しかし、象子さんに貰ったキンキンに冷えた缶コーヒーを飲むと、途端に霊魂は見えなくなった。

 受付に座る二口さんの顔は大きなマスクで鼻から下が隠されているのだが、そのマスクの下には口は無い。彼女の口は腹に1つ、後頭部の髪の下に1つあるのであるが、どんな時でも空腹な彼女は腹の口で何時も何かを食べ続けている。受付のカウンターの下には、得体のしれない物が彼女の口に運ばれるのを待っている。


「く、く、下長、ちょっとこっちに来てくれ」

 田貫係長が下長を呼んだ。

「はい」と下長は田貫係長の所へ行く。

 田貫係長は上目遣いに下長を見ながらプリントアウトされた紙を下長に渡した。

「給料未払いですか?」下長が言った。

「そうだ、今回のはちょっと厄介でな。経営者が給料を払っているのに従業員が受け取れないと言うんだな」

「なんですかそれは?ストライキとかですか?」

「まあ、よく分からんのだが、とりあえず、この会社に行って調査してくれ」

「分かりました」と言ってから、下長がこの会社に訪問したのは次の日の昼ごろであった。


「えー、うちの会社の主な事業としましては、非破壊検査なのですが、こう物の内部に空洞があるとか、そういう検査の仕事なんですね。それをですね、幽霊を使って検査を行っている訳です」

 会社の職員が下長に説明しながら、作業現場に向かっていた。

「はあ、幽霊ですか」

 下長は会社の職員の説明を聞きながら、後に続いて行く。

「まあ、彼らは物を素通り出来ますからね」

「なるほど」

 となると、と、下長は考える。今回下長が連れてきたお坊さんはこの幽霊を成仏させるためだろう。

「いや、あの、今回はお坊さんをお連れのようですが、あの、彼らを成仏させようとかしてもらっては困るんです。彼らが居ないとこの仕事は成り立ちませんので。だから給料もちゃんと払いたいのですが、なにせ幽霊なので、どう払ったものか、そこを今回共生労働局の方に相談したわけなのです」

「なるほど、わかりました。この沢彦がおはらいしてしんぜよう」と返事をしたのは下長の後ろを歩くお坊さんだった。  

 この数週間後、この会社は倒産した。


 俺、ちょっと今落ち込んでて、と恋人からの電話に応える下長であった。

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妖怪職場 朝野風 @tennerinto

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