第2話 カッパ

 私立探偵などとは、暇な者が小遣い稼ぎにやるものだと黒岩は思っていたのであるが、人付き合いが希薄だった彼には暇つぶし以上の娯楽であった。依頼を受ければ、依頼以上の事件が起きるのであるが、例えば人が死ぬ、これは彼の私立探偵としてのセンスが飛び抜けているゆえだろうか。謎を解くということは頭を使って考えるという事でなく、偶然に発見した真実、それが謎を解き明かしてゆく。黒岩はその事件の真実を読み解きながら物語のストーリーを追っているかの様な探偵である。

 「あなたが目の前に居ることがすでに大事件ですよ」などと女に対してはキザな言葉を言う黒岩だが、彼の容姿が彼のキザな言動や行動を許していたため、女は頬をそめたりする。女を彼の思い通りに反応させるのが彼には楽しいのだが、今、依頼主の隣に座っている女にかけた、その言葉に場がしらけないのも彼の私立探偵としてのセンスだといえよう。まあ、依頼の話とは、とある屋敷に何やら小動物が住み着いたらしいのであるが、これが害獣駆除会社でもリフォーム会社でもはたまた坊さんにも見つけられないという。そこで屋敷の主が黒岩探偵の噂を聞き、使用人を黒岩の所へ寄越したのであった。害獣駆除などは探偵の仕事ではないのだが、見つからない屋敷の小動物という事情に黒岩は何かを感じたのであろう、依頼を受けるとすぐにその屋敷に向かったのである。

 黒岩が屋敷に着くと、その屋敷の主である金奈良雄蔵は居間ですでに死んでいたのだが、その遺体のかたわらで黒岩が見つけた2センチ程の小さな本には人に読めない字で、事件の全容が記されていた。まあ、この本はコビトが書いたノートであったのだが、その本を手がかりに謎を解き進め、金奈良の有するユートピアコーポレーションの電子部品工場に行くと、すでにそこは戦場と化していたのである。


 前回、下長の受け持った案件である「小人への強制労働」は無事に解決されたのであるが、この案件で田貫課長が儲けた金は2千万円ほどであったろうか。救出されたコビト達は田貫課長がブローカーとして新たな職場に送り、更にコビトから得た企業秘密である情報をとある組織に売る事で得た金であった。今や、電子部品産業ではコビトの手が高額で取引されているらしい。

 その様な噂話をしてくるのは、大礼象子さんであり、今日もキンキンに冷えた缶コーヒーを下長にくれるのである。この缶コーヒーは実は象子さんの手作りであり、コーヒー以外にも何か入っている可能性は否定出来ない。

 田抜課長の朝の挨拶を聞き、象子さんに貰った缶コーヒーを飲む下長は、この朝の習慣を儀式と呼んでいたのであるが、確かに神社の結婚式などでも、神官の口上に続き酒を飲み交わす様なものなのであるが、これは何に対しての儀式なのであろうかなどと考えていると、受付に座る二口さんの方からコリコリ、ポリポリ、ゴリゴリ、と何やら不気味な音が聞こえてくる。

 何時も通りに大きなマスクを付けた二口さんは受付に座って仕事をしており、何かを食べている様な仕草はしていないのであるが、まるで軟骨の唐揚げや手羽先を食べている様な音が聞こえてくるのである。骨付きカルビの骨が歯に当たる音かもしれない。そうだ、最近焼き肉を食べていないが、一人で焼き肉屋となると少し敷居が高い。そんな余計な考えを巡らせつつ、気になる二口さんをチラチラと見る下長に気がついたのか、象子さんが二口さんの所へ行き少し話をすると、その二口さんから聞こえた不気味な音はピタリと止んだ。そういえば、コビトは何処へ行ったのだろうかと下長が考え始めた時に田抜課長が下長を呼んだ。

 「黒い、あ、下長、ちょっと来てくれ」

 プリントアウトされた紙を上目遣いに下長に渡す。

 「この前の地下貯水池工事現場での作業員死亡事故の案件なんだけど、下長、やってくれ。安全管理は十分だったのか、その辺りの検証と確認の案件なんだが」

 「はい、共生労働局ですからね。わかりました」

 と、下長は言い、視察に行ったのは翌日の朝であった。


 工事現場にある小屋に行くと、「では、こちらでカッパを取っていただいてから、現場へと入ります」と工事責任者は言った。その小屋に入ると、椅子に座って河童が整列している。

 「えーと、これは河童ですか?」

 下長が聞く。

 「はい、この河童とこのロープで体を繋げて貰って、作業員は作業現場に入るようにしています。滑りやすいですからね、この現場は。滑り止めと、水の事故防止の為に河童と行動を共にしてもらいます」

 もちろん要改善である。


 下長はこの夜、大学時代の友人達と焼き肉を食べに行き、「今の職場、まじでヤバイ。精神的にきついんだよ。辞めるに辞めれないし、けど、まあ、小説のネタにはなるかもしれないし」とボヤいた。

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