妖怪職場
朝野風
第1話 小人
課長はタヌキおやじと影では言われていて、確かに名前は田抜というのだが、容姿もタヌキに似ていることは似ている。このタヌキおやじがニヤリと顔を引きつらせた日には必ず良くないことが裏舞台で起こっていると言われている。ちなみに田抜課長は全自動化されているロボットである。見た目からはまったくそうとは分からない。
その様なうわさ話をしてくるのは、大札象子さんであり、対冷蔵庫戦闘要員と言われている彼女は、キンキンに冷えた缶コーヒーをくれたりする。そのキンキンに冷えた缶コーヒーは彼女の上着のポケットから取り出されるのだが、自動販売機に行って買ってくるでもなく、どうやって冷やしているのかと気になるのだが、上着のポケットに秘密かあるのかもしれない。象子という名前だから大きな体だというのではないだろうが、象子さんは大きい。まあ、大きいと言っても180センチくらいだろうか。
朝、この課長に挨拶をして、象子さんからキンキンに冷えた缶コーヒーを貰うのが職場での日課である。そして、受付に座っている二口さんが相談者と会話しているのを聞く。彼女は大きなマスクをしていて、顔の下半分が覆われているのだが、何故か彼女の声は彼女の後方に居る者に良く聞こえてくる。まるで、口だけ後ろの方を向いて喋っている様な声の聞こえ方だ。だからという訳ではないが、下長は彼女の事が気になっていた。「あ、そうですか、では、少しお待ちください」と言って、二口さんが田抜課長を見ると、田抜課長はニヤリと顔を引きつらせて、「下長、ちょっとこっちに来て」と言った。
下長はこの職場にやってきて日が浅い。前の職場から移動してくるときに、噂で聞いたのだが、この職場には妖怪が居るというのであった。まあ、人の極端な特徴をいって、妖怪じみていると言うのは如何な物かとは思う。その点、下長はなかなかに頭の切れる男であり、趣味で小説を書いて密かに出版している。彼の書くのはミステリー小説であり、その奇怪怪怪な事件を解決する探偵シリーズで人気があった。黒岩探偵シリーズである。
「黒岩くん」と田抜課長は言ってから、ああ、違った悪い悪い、下長くんだった、へへへ、と言い直す。どこで知ったのか、田抜課長には下長が小説家であることがバレているのだった。下長は課長の言葉が聞こえなかったように、「はい、課長」と言いながら、薄い笑いを浮かべた。
「ああ、この新しい案件ね、君、担当してもらうから」
田抜課長がプリンターから出てきた用紙を上目遣いに下長に渡しながら言う。その用紙を受け取った下長は用紙に目を滑らした。下長の眉毛が顔の中に寄る。
「外国人労働者への強制労働、ですか。しかもこども?」
「いやいや、その小人って所はこどもじゃなくて、コビトだから。まあ、君も知っているだろうけど、世界には色々な人種が居るんだけど、コビトも居るんだ。コビトだからって馬鹿にしちゃいけない、わざわざ外国の地に来て働いている。その働いた稼ぎを国に送って家族を養っているんです。そうしなければ経済が回らない国の人々も居るんだ。しかし、そんな人々の弱みに漬け込んで、こういう悪さをする奴らがね、まあ、居るんだ」
「はあ、まあ、共生労働局ですから、それは良いんですが、この相手、執行者と言うのは?」
「それが、今回君に戦ってもらう相手で、執行者と言うのは、まあ、君を助けてくれる部隊だ。だから、今日はちょっと残業してもらうよ」
そして、19時頃作戦は開始された。
「衛生兵!」
先程まで呪文を唱えていた坊主が膝から崩れ落ち、これで12人からなる坊主隊は5人が倒れていた。その前線では銃撃の音が絶えない。
下長が観る限りでは、戦いはこちらが劣勢である。
下長の隣で無線を持った隊長が「了解、送ってください」と言った。
「出てきますよ、写真、お願いします」
隊長に言われて下長がカメラを構えて工場の入口を観ると、20センチほどのコビトが列をなして出てきた。
「来ます!」
神楽を踊っていた巫女が叫ぶ。
「先生お願いします」
隊長が後方に向かって叫ぶと「うぬ、出番か」と言って、刀を持った男が爪楊枝を吹き捨て、ヌラリと刀を鞘から抜いて工場に向かって歩いて行った。
コビトと共にトラックの荷台に乗って出発した下長が工場を振り返ると、黄色い光で描かれた魔法陣が工場の上の空一面に広がっていた。一体、我々は何と戦っていたのだろうかと下長は思う。トラックの荷台に乗っているコビトは一様に疲れた目で下を見ていた。
今度移動になった部署、地獄やわ、と夕飯を食べてからソーシャルメディアで下長はつぶやいた。
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