第13話

「愛希、真冬。ほどほどにしとけよ。多分愛希も真冬もかなり飲めるが、そのぶん性質が悪い。気を付けないといろんな意味で後悔するぞ。特に奈月と飲むときはな。」

晴が俺と真冬をたしなめる。

「ああ、晴兄さん前に奈月兄さんに潰されて大変だったもんね。」

「黙れ真冬。」

下手を打たないナキ兄に潰されて、晴がグダグダになる瞬間を見たことがあるのは真冬だけではない。俺も素直にうなずく。

「あれ、よもぎは?」

さっきまで晴にまとわりついていた子猫がいなくなっている。歩の付けた名前を呼ぶのはほんの少しだけこそばゆい。

「歩サンの部屋に入っていったよ。…僕、姉さんとは呼ばないからね。」

「誰もそんなもん要求してねーよ。ずいぶん忠義の深い猫さんで。」

「歩に懐いたのか、奈月に懐いたのかよくわかんないけどな。」

「いや、俺達兄弟の仲なら晴に一番懐いているように見える。」

「愛希兄さんと同じく。」

よもぎは晴と歩の間を行ったり来たりしていた。

「晴は昔から動物に懐かれるからね。」

「奈月。あれ、母さんは?」

階段から降りてきたのはナキ兄一人だ。

「もう少し歩ちゃんのそばに居るって。」

「ストレスにならないか?」

「母さんも空気の読めない人ではないから大丈夫だと思うよ。残念ながら俺には縋ってくれなかったし。」

「本当お前は…。」

母親似と父親似で他人並みに顔も性格も似ていないこの二人が、双子であることを忘れそうになる。ナキ兄は就職したり、晴は浪人したりとあまりに違う道を選んでいたのもあるだろうけれど。

「ところで、愛希。」

「何?」

聞いていなかった口喧嘩という名の晴の説教から逃げるように、ナキ兄の矛先がこっちに向く。

「お前、あの子に惚れたでしょ。心配しなくとも僕は部屋に置いて退散して来たよ。」

「ま、ちょっ…お前!!ナキ兄!」

何も意識せず口に含んでいたワインにむせる。

「ああ、黒髪のショートで小柄で。笑顔に射抜かれた、と。愛希兄さんらしいね。」

真冬が冷静に分析しているのを横目に晴が笑う。

「道理で気にしていると思った。今女切れてるんだろ?ちょうどよかったじゃん。」

「俺の!!タイプは!!茶髪でもっと軽そうなバカ!!あんな影のあるタイプじゃない!」

「愛希、お前は何をろくでもないことを大きな声で言ってるんだ…。歩ちゃんと母さんに聞こえたら恥ずかしいのはお前だぞ?」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

あきれ顔のナキ兄に、俺は珍しく声を荒らげる。

「つーか、お前そのタイプどっから出てきたの?」

「愛希兄さんのそれはあれだね。欲に忠実になりたいときに都合のいい相手。」

「お前らそろいもそろって俺を最低男にしたいのか?」

怒りが一周回って、穏やかな気持ちを持ち始めてしまった。

「俺がいつ、あいつに惚れたよ!?」

「なんだ、気づいてなかったのか。それは悪いことをしたね、愛希。」

のんびりと、俺の頭を撫でるナキ兄の手をはたく。ナキ兄は笑ったまま

「釘を刺そうとしたら逆効果だったみたいだね。悪かった、ゴメン。」

「何に謝ってんだよ、ナキ兄は…。」

俺とナキ兄の一方的な喧嘩を尻目に、晴はグラスをあおり、真冬は少し眠たそうにしている。ナキ兄もその様子に気づいたらしく、

「真冬、眠いかい?」

「うん…。」

「こいつもともとそんなに人に会わない上に、久しぶりの母さんに、酒と疲れる要素てんこ盛りだからな。」

晴はナキ兄にブランケットを投げつける。難なくキャッチしたナキ兄は、ソファで寝落ちかけてる真冬にかける。

「真冬は運んでやらないのかよ?」

俺がそうナキ兄をからかうと

「無理に決まってんだろ。」

なぜか晴から返事が返ってきた。

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