失敗作となった子


十六歳、高校一年生。

僕には、友達がいない。ずっといなかった訳ではない。


幼稚園児だったころ、

砂場で遊ぶのが好きだった僕は、バケツに溜めた水を砂に含ませて泥で山を作っていた。あのときはまだ一人だった。

人の名前が中々覚えられなくて、整列の練習の際によく先生に叱られていた。逆になんでみんなは名前を怯えられるのか、僕には不思議だった。


小学一年生だったころ、

それまで一人の遊びばかりを覚えてきた僕は、他の遊びを知らない。校庭でサッカーを始める生徒を窓の内側から眺め、自由帳に絵を書いていた。

「何をしているの」

興味を惹かれたのか、同じクラスの男子生徒が寄ってきた。彼と仲良くなった。


その二年後、数回のクラス替えの中で僕たちは離れた。

彼は他のクラスで、自分の楽しめる最適な環境を見つけたらしい。

友達と無邪気に鬼ごっこをして廊下を走り回っている姿を見て、僕は複雑な心境だった。彼の幸せを喜んであげるべきなのに……。

僕は素直に喜んであげられなかった。


そしてまた一人になって。

小学三年生だったころ、僕は初めて「苛め」にあった。


ただ自由帳に絵を書いていただけなのに。

「何だこいつ、絵なんか描いてるよ」

「うわ、下手くそかよ。何だこれ」

「なあ見ろよ、こいつこんなの描いてるぞ」

一生懸命描いていた絵を馬鹿にするように笑った男子生徒たち。

その一人が自由帳を勝手に奪って、クラスの笑いの対象にした。教室全体に笑いが起きたとき、最初は恥ずかしいというだけの感情だった。


何でそんな嫌がらせをするのか、程度にしか考えていなかった。

だが嫌がらせはエスカレートする。


消しゴムのカスを背中から投げられ、

ドッジボールで標的にされて、

自分の机に「死ね」という落書きがされていて、


ーー死にたくなった。


彼らは、僕が話が下手くそで、上手く言い返せないことを楽しんでいたのだと今になって思う。人と話すことを小さい頃からしてこなかった僕は、人前で話すとすぐ顔が赤くなり、変な文脈の文章を口にしてしまう。

思ったことが言えない。コミュニケーション障害、というものらしい。


苛められていることを親に相談した。

もう耐えきれられなかったのだ。一人で苦しんで、いじめっ子に「やめて」と言っても、当然そんな簡単に「やめる」ことはない。

先生に打ち明けたら、先生を通じてクラス中、学校中に話が広まるのではないか、それが怖くて親が僕の唯一の相談相手だった。


苛めを打ち明けると親は、苛めっ子を叱って僕の味方でいてくれた。

だがそれは最初だけだった。それから苛めがあるたびに何度も相談していたら、ついに母の頭がおかしくなったらしい。


「苛めを受けているあんたにも原因があるんじゃないの」


ふざけるな、と思った。

絵を描いていただけの小学三年生は、理不尽な苛めに遭った。あの時の記憶だけは忘れるものかと覚えていた僕は強い憤りをそのまま言葉にした。


その日はひどい親子喧嘩をした。

母との喧嘩が始まりだったのに、父が仲裁に入ろうとして、実際は母の味方をしていた父が僕は許せなかった。

「僕は悪くない、悪いのは苛める方でしょ」

その主張は結局、その日は認められなかった。


その日だけじゃない。何日も、何年も。

最初のひどい親子喧嘩を機に、喧嘩が繰り返された。


苛められる側にも原因がある、という母の主張と。

何が何でも苛めるのが悪い、という僕の主張。


中学生の間、親とは仲が悪かった。

世間一般では、中学時代に大体の子供が反抗期を迎えるらしい。

それはこういう内容だっただろうか。

多分違うと思う。


中学時代も僕は苛められていた。別の人物に。


僕には弟がいた。

弟は幼稚園のころから友達がいた。沢山、ではないがそれなりに。

「今日も遊ぶの? 気をつけてね」

放課後、友達の家に遊びに出かける小学生の弟に母はそう声をかけた。

同じ小学生のころ僕は何をしていたか。苛めに怯えて、明日が来ることに恐怖しながら、今日を生きていた。弟に苛められている様子はない。


そして

中学二年生だったころも、まだ親と喧嘩していた。

弟と比較して、母が言う。

「同じように育ててきているのに、なんであんただけ苛められるの」


まるで私たち親は悪くない、

あなた自身に苛められる原因があるのだという口ぶりで。


「……ああ、育てるの失敗した」


高校一年生である今も。

ぼそりと呟いた母の言葉が、僕の頭の中で鳴り響く。

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気ままに書く詩 @teramon

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