哀し雪

四月朔日 橘

哀し雪


 雪はどれほどの時を越えても、変わらず哀しきものである。


 ――――メイレンリードの森、そこは鬱蒼と生い茂る木々とまるで外部との接触を拒絶しているかのように入り組んだ道が連なっている。そこは魔女の棲む森と言われ、誰も寄りつかない。

 メイレンリードの森の魔女は『流転の魔女』と呼ばれている。彼女は転生をひたすら続けてきた。残酷にも、その生を受けた歳から今に至るまでずっとずっと。彼女は膨大で多大なる知識を転生する度に増やし、そして何の因果かその容姿も変わることはなかった。

 柔らかいショコラ色の波打つ髪に新緑を宿したような淡い翠の瞳。魔女は代々、瞳に魔力を宿すと言われ濃ければ濃いほど長命、淡ければ淡いほど短命であると言われている。

 濃い瞳の魔女の寿命は長い者で400年、一方で淡い瞳の色の魔女は寿命は150年ほどだ。魔力で魔女の性質が決められていたとも言える。

 そんな魔女社会で、メイレンリードの森の魔女は薬草作りと精神干渉を得意とした魔女だった。瞳の淡い魔女の気質そのものを兼ね合わせていたが好奇心は旺盛でよく街にくり出ていた。

 魔女が街に出ることは少ない。森で自給自足をしているからである。もちろん、日用雑貨品などは買いに行くがそれでも月に1度程度である。だが、彼女は週に1回は街に出て来ては楽しそうに買い物や会話をする少しおかしな魔女だった。


『恋をするのに理由なんていらないでしょう?』


 古来より、魔女の間では恋は契約とも言われてきていたが、彼女にとってはそんなものはお構いなし。閉鎖社会で生きる魔女らしからぬ言動に、明るく日々周りを魅了し続ける彼女に恋をしたのが王都から来ていた騎士だった。

 魔女はその特異さと魔力量から人間とは結ばれない。それはずっとずっと昔から定められていた規則だった。破られることはなかったそれ。しかし、魔女は破った。


『魔女だって、女よ。恋をして綺麗になるだなんて当然のことでしょう?』


 彼女も騎士に恋をした。出会いが騎士の彼がたまたま水溜まりに滑って大コケした瞬間を見てしまったとか言う残念な出会い方ではあるけれど。いつだって優しくて、凜々しくて。笑顔が太陽のように暖かい人だった。

 結ばれるとは思っていなかった。運命、だなんて信じるだろうか。彼女の得意分野の一つである恋鑑定は自分と異性を繋ぐ運命の糸を見ることができる。結果は、魔女と騎士はその糸に繋がれていた。

 自分の恋を取ると言うことは、魔女の規則を破ることになる……それを魔女は長に相談した。魔女と人間は通常、結ばれることはない。だからと言って、結ばれてはならない、と言うわけじゃない。彼女は長に懇願した。彼と結ばれたいと。そのためなら、魔女をやめると。

 騎士は彼女が魔女だと知っても離れていかなかった。彼女の柔らかな髪を梳いて、いつだってその青藍の瞳に穏やかさを交えて彼女を愛してくれた。


『君が魔女だということを忘れそうになる』

『どういうこと? 私は魔女らしくないっていうことかしら?』

『うん、確かにらしくないな』

『ちょ、どういうことよ!?』


 いつだって言い合いは傍から見ても仲睦まじく。魔女が魔女であるということは、いつしか分からなくなっていたほどだ。長もそれを知っていた、だから許可をしたのに。

 魔女は間違えていた、その運命の糸の先を。騎士は彼女と正式な婚姻を結ぶ前に、貴族の……彼の幼馴染と結婚してしまった。貴族社会の中で抗えない運命。騎士の幼馴染の女は魔女に一度だけ会いに来た。謝罪ではなく、呪いを掛けに。何故、そう思わざるを得なかった。騎士とはもう何の関係もないのに。


『あなたが居るから、彼は私を見てくれない……!!』

『待って、どういうこと?』


 彼との糸はもう裁たれたのに。魔女は困惑した。だが、そんなことに構わず彼の幼馴染は魔女の首に手をかけて紡いだ。それは、魔女だけが知っている後世にまで続く運命を縛る呪い。


『私からあなたに、素敵な贈り物をあげる……彼を、彼の心を盗っていったあなたにとびきり素敵な贈り物を、ね!』


 人も魔女も、死してまた転生すればそこで新たに運命を授かる。その運命をねじ曲げ、壊し今に縛り付ける呪いを女は掛けた。女も魔女だった。騎士にずっと恋い焦がれていた、まだ幼い魔女だった。


『……どうして、泣いて、いるの』

『あんたには、分からない、わよ!!』


 首にかけられた手は、酷く震えていて。濃い色の瞳に溜まる雫が落ちては弾ける。つかえる声に込められていたのは後悔ではなく、達成感。なのに、その声音から寂しさは消えない。

 『運命を縛り付ける呪い』。それは禁術だったにもかかわらず、まだ幼い魔女がそれを使ったのは本当に彼に恋をしていたからなのだろ。魔女もそんな、身を焦がすような恋を一度はしてみたかった。流石に、相手に呪いを掛けるとまではいかないけれど。そんな恋をしてみたかったな――……魔女の願いは今世では叶うことなく。彼女は晩年に、その胸に騎士から貰った短剣でその命を終えた。

 そうして転生し、彼女は独り立ちした時に前世を思い出す。そうして気づく、自分は何も変わらないまま転生したのだと。容姿も魔力もそのまま。名もそのままで転生していた。

 呪いの代償だった。後世まで永遠に続くそれの解き方は分からない。ただ、分かるのは自分はこの身にかつての想いと記憶とを保持し続けたまま、生き続けていくのだと。


・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


 ふわりふわり、淡い珠達が私の周りを心配そうに飛び回る。大丈夫よ、私は天寿を全うするだけ、この身は朽ちても魂はすぐに貴方達の元へと帰ってくるわ――……。それが、私の定められた運命だ。

 この世界で生を受けたのがもう800年も前になる。あの頃から、私は今も昔も『流転の魔女』という名を語る。永き長い時を転成し続け、記憶を保持したままこの世界を生きていることを知っているのはたった2人のみ。この国の王と私の弟子だけ。いくら転生し続けても、この身は変わらないことは転生して4回目で気づいたし、記憶を持ったまま生き続けるのは役には立つけれどかなり疲れる。そして何より、秘めた想いにいつだって苦しめられる。もう断ち切ったはずのそれに、幾度となく苦しめられてきた。

 転生してから何度も何度も、あの彼を見てきた。そして、会うことはしなかった。会えなかった。あの時のことは別に恨んでもないし、それが本来の運命だというのならば抗えるがはずもないのだから仕方のないことだ。それに、転生した彼と会えるわけがない。転生したとしていても、あの魂が同じなだけであって決して前世の記憶などは持って生まれてきていない。そういう風に……生まれてくるのは私のような呪いだけである。けれど、こうして穏やかに死ねるのは初めてのことだった。

 いつもいつも、何故かあるあの短剣でこの胸を突き刺して。思いを断ち切って楽になりたいと願わんばかりに胸にその怜悧な銀を突き立てて。その度に、誰かが泣いていた気がする。あれは誰なのかしら。魔力から見て、弟子ではなかった。感じる魔力で誰か見分けることは、その死の間際までできる。それが魔女というものだ。ああ、今世も短かったな。


「……そこにいるのなら、出てきなさいよ」

「お前はもう死の間際なのに何故分かる」

「そこは魔女の特権というものね、王様」


 魔力を隠してこの部屋にいた王を呼び出す。彼も私と同じく呪い持ちであった。けれど、彼の場合は私のように解けない呪いではない。彼が自分自身にかけて貰った呪いで。かけたのは、もちろん私。

 王様の呪いは「愛する者と添い遂げるまで記憶を保持したまま転生し続ける」という何とも女々しい呪いだ。彼が生まれたのは500年前。あの頃の国は内乱乱戦でそんな状態じゃなかった。けれど、彼の運命の糸を見たときに強固に繋がれていたのだ。それこそ、転生してでもまた添い遂げられるのではないかというくらいに。その話を聞いた彼は自分に呪いをかけるように言った。それがこの呪いだ。

 彼は何回転生しても「愛する者」、つまり運命の糸の持ち主を見つけられなかったがどうやら今世でようやく見つけたようだ。よかった、私も安心して逝ける。

 彼にかけた呪いは、「愛する者」さえ見つかれば解ける呪いであり、次に彼が転生してもその前の記憶は一切受け継がれない。そういう呪いだ。こうして後世にまで続く呪いの方が珍しいのだ。


「外見はいくら経っても変わらないのにな」

「まあ、魔女は若作りが好きだし歳を取っても自分に永遠持続の若返り魔法でもかけておいたらそのままよ」

「お前、今年でいくつだ?」

「824歳」

「違う、今世の歳だ!」


 今世の歳? さて、いくつだったかしらね……と記憶が曖昧すぎて、というより魔女は短命だろと長命だろうと歳など数えない。魔女と言えど女である。歳は数えれば数えるほど自覚して老いを感じてしまうから。それなら数えない方がいい。心の中で、何故王様が私に会いに来たのかが分かって笑った。

 王様からしれ見れば、歳を数えてる女がいきなり笑ったことに驚くほかないと思う。そして、顔をしかめる。そんな顔しなくても、私はおかしくなんてなってないから。心配はご無用よ。

 ……呪いが解けた、ということはもうその記憶を引き継ぐことはない。だから、彼は私に会いに来た。私がまた転生するのがこの王が生きているときなのかはたまた死んでからなのかなんて誰も分からないのだから。

 全てを忘れて転生する、それが自然の理だというのに。そう思うとこの身の呪いは自然の理に反している。だから『流転の魔女』などと呼ばれているのだ。誰が最初に呼び始めたとか、そういうことには全く興味はなかったから何とも言えないけど。ただ、誰かが私が転生してもしてもないも変わっていないことに気づいたのかもしれない。そう思うだけだった。


「……今世は110歳ね」

「お前の今の外見の年齢言ってやろうか? どう見ても20代後半にしか見えねぇよ」

「当たり前でしょう? 何のための若作りよ」


 呆れてため息をつく。そう、他者に年齢を知られたくないから若作りをしてるのである。この男はその辺が分かってない。だから、「愛する者」が見つけられなかったんじゃないかと常々想う。彼の運命の糸は彼が一番最初に死んだときからずっと同じ人と繋がっている。例え、彼らが、また転生しようと魂の本質は変わらないからすぐ分かる。ああ、この王様の次を見てみたいな。なんて思ってしまった。きっと、記憶を受け継がずともまた同じ人を好きになって愛して結ばれるに違いない。きっと、そうなるはずだ。


「……夢をね、見るのよ」

「……。」

「死ぬ間際、私の魂がまた記憶を持ったまま流転する直前にいつも誰かが泣いてるの。暖かい手が、冷たくなっていく私の手を握りながら、何かを言っているの」

「……そうか」


 王様だったりする? と聞けば全力で否定された。まあ、あなたが泣くのはその「愛する者」が天寿を全うするときでしょうね。それ以外の誰かの死の時に泣かれても困るだけだし。彼はじっと私を見て、溜息をついた。そうでしょうね、もう死ぬって言うのにこんな軽口叩いてるんだもの。本当に死ぬか、分からないわよね。

 私の周りにフワフワと漂う淡い光の球達は妖精達。彼らはずっと、私が転生してからもその前からも私の呪いを解こうとしてくれていた。それは今世でも。万物を司り、それを形成した彼らには無理だと言うことは知っている。それでも、彼らはいつだって頑張ってくれている。でも、もういいのよ。今世はもう終わるのだから。


「……いつも、お前が死ぬときは雪だな」

「私が初めて命を絶った時も、雪だったわよ」

「……。」

「雪の白に、紅が静かに広がっていくの」

「外で刺したのか」

「あら、前世だってその前だって私は雪の中で命をたったわよ? 王様だってそれを見ていたはずよ」


 純白は汚れを知らない。だから、想いと共に浄化をしてほしかった。また転生しても、この想いがどうか引き継がれませんように、と。どうかまた、この想いに泣かされませんように、と。そんな想いを込めて、いつも雪の日に。今世は外に出られないくらいに体力が衰弱してしまっているけれど、天気が雪なのは変わらなかった。これも呪いのせいなのかしら、と少し前から思っていた。引き継がれていく記憶と魂が見せてしまっている幻覚なのか、と何度思ったことだろう。そうならば、よかったのに。と何度思ったことか。

 そうしたら、私はきっと秘め続けているこの想いに苦しまなくて済んだのだろう。


『どうして、なんであなたが彼の唯一になるの……!?』

『……彼の運命の糸は、私と繋がっていたからよ』

『煩い煩い!! あなたは彼にふさわしくない』

『どういう基準でいってるのかしら』


 かつて、私に呪いをかけた幼い魔女は私が彼にふさわしくないと言った。貴族の基準内での話に違いない。そういうしがらみはゴメンだったのだけど。彼女は目を赤くして私に呪いをかけた。嗤いながら、呪いが馴染むまで苦しむ私を見て、彼女はこう言ったのだった。それを何故、今思い出したのだろう。ああ、もう死期が近づいているに違いない。そうでなければ、過去のどうでもいいことなんて今思い出さないもの。


『あなたにもう1つ呪いをかけてあげる』

『っ……、何、するつもり?』

『「永遠に結ばれない呪い」よ』


 恋に焦がれて、彼を手に入れても尚幼き魔女は不安だったのだろう。彼を強引に手に入れた、しかし彼の心は私にあると。所詮は幼き魔女のことを幼馴染としか見てないのだろうと。実質言って、そうだった。

 彼は私と付き合っていた時に『妹みたいな幼馴染』がいるとだけ言ったことがある。それがあの幼き魔女なのだろう。ちょうど少女から大人の女性になる頃……魔女で言えばすでに40歳の頃。それでも外見は16歳ほどの可憐な少女である。彼女は長命な濃い色の……濃い橙の瞳だった。さすがにもう、転生しているに違いない。

 そんな彼女が私にかけた「永遠に結ばれない呪い」は、運命の糸の持ち主と転生しても繋がれることがないという、そんな呪いだった。彼女は私にずっと、この身が朽ちて魂がもう流転に帰らなくなるその日まで1人になれと言ったのだ。

 魔女は運命を信じる。その中で、彼らはその運命に抗ってきたことはあっても壊されたことはない。ねじ曲げられたことも、引き裂かれたこともない。私はあの幼き魔女に運命を壊されてねじ曲げられて、このままずっと朽ち果てていくといいと言ったのだ。なんて残酷なんだろう。だから、私は繋がりを持てない。

 魔女の相手は運命の意図を持つ相手。古の規則からそう決められている。騎士の彼は一本しか運命の意図を持っていなかった。その相手は私だ。

 あの幼き魔女の運命の相手はいなかったのだ、実際。恋鑑定で見た運命の糸は途中で途切れていた。その先には何もなかった。あるのは孤独。

 運命の糸の相手がいない魔女は稀だ。彼女は私から彼を奪った代償として運命の相手を意図的に消されてしまったに違いない。それは私たちも知らない、神様の話になる。


『あ、ああ、あ……』


 1人、慟哭という名の絶望に追いやられた私はあの時心を壊した。大切なものを奪われ、自身のこれからを壊されねじ曲げられて。彼を思うが余り、雪の日に解放と浄化を求めてその純白の中で胸を貫いてせいを終わらせたというのに。待っていたのは、その記憶を持ったまま転生するという残酷たる現実。どうして楽にならせてくれないのか、どうしてこの想いは消えてないのか、どうして私は私のまま・・・・・・なのか。そうして何回も繰り返して繰り返して、今世でもそれを繰り返している。

 私は未だに私のまま・・・・だ。またこの想いを持ったまま次の私になるんだろう。それがどれほど残酷でどれほど苦しいことなのか。それを分かる人などいない。

 ああ、まぶたが重いわ……もう、すぐなのかしらね。


「ねえ、王様」

「……逝くのか」

「そうみたい、もう瞳を開けているのが面倒だわ」


 ゆっくりゆっくりと、身体から力が抜けていく。そうして誘われていく、死への入り口。怖いことなんて何もない。もう何回目かのこの感覚に、私は身をゆだね始めていた。なのに。

 バンッ! と荒々しい音を立てて開いた家のドア。王様がドアの方に向かって何かを言っている。それはまるで怒鳴り声のようだった。聴覚がもう機能を停止し始めているらしく、拾う音はどこか遠い。その時、手に感じたのは温もり。ああ、この温もりはいつも見ている夢と同じね。その温もりの主を見ずして、私は逝こうとしているのだ。


「待ってくれ、アイリーゼ!!」


 遠くなっていた聴覚がその音を拾う。アイリーゼ、それは紛れもなく私の名前であり。その声は、今までずっと恋い焦がれていた声。一度は引き裂かれて、その後も出会うことはなかった。もう、彼は私を忘れていると思ったから。もう、彼は幸せになったと思っていたから。もう、あなたの顔を思い出すのさえも私は酷く酷く苦しくて仕方がなかった。


「アイリーゼ!!」


 死の淵に片足を入れた状態の私は、最後の力を振り絞ってゆっくりと瞳を開く。ああ、視覚がなくなりかけてるから、彼の顔を最後にちゃんと見られるかしら……?

 握られた手は力強くて、私はそれが嬉しくて。幼き魔女に彼を奪われる前はいつだって彼は私の髪を撫でて頬にキスを落として、手をしっかりと握ってくれて額を合わせて笑っていた。そんな奇跡が、また起こるのだろうか。


「……ヴァーン……」

「リーゼ、リーゼ逝くなよ!! 何で、何でいつも君に逢えるのが天に召される前なんだよ……!」


 ああ、そうだったんだ。あなただったのね、夢だと思っていたあの温もりの主は。最後に、お願いを聞いてくれるかしら――……?


「ヴァーン……」

「っ、何だ?」

「あの時の、ようにして……」


 もう力が入らない。死が、私を飲み込もうとしている。それでも私は、この奇跡に縋りたくて懸命に抗う。あの青藍の瞳を見たくて、焦点が定まらなくなっている瞳で見上げる。ぼんやりだけど、その色が見えた。ああ、これは夢でも幻でもない。現実なんだ、そしてこの呪いがかかっているいまそれは奇跡なんだ。

 彼がゆっくりと私の髪を撫でる。ゆっくりゆっくり、私をあやすように。昔もこうだったわね、と思い出す。それから痩せこけた両頬に静かにキスを落としてくる。まるで慈愛。

 握られた手は離されることなく、彼は身を乗りだして私の額に自分の額を合わせた。彼の温もりが心地よくて、微弱な力で手を握れば彼はぎゅっと握ってくれる。ああ、もっとこの時間が続いたらいいのに……けれどそれは叶わぬ願い。


「ヴァーゼ……」

「リーン、もういい。もういいんだ……」


 泣きそうな声。いや、声も泣いていた。頬に何かが落ちる。もう動かないはずの腕をピクリと動かせば、彼はその腕を取って、自分の頬に当ててくれた。流れ落ちる雫の温かさを感じながら、ああ幸せだなと思う。これが最後かもしれない。これが、あなたと逢い触れあえる最後の奇跡なのかもしれない。それでも、私は。


「……リーゼ? リーゼ!!」

「もし、また……」


 ヴァーン、あのね。


「あなたに、来世で、逢えるかしら……?」


 もし逢えたのなら、私はあなたに終わりのない祝福をかけるわ。あなたが幸せになれるように、私を忘れてしまう祝福を。

 静かに瞳を閉じて、抜け落ちていく力を初めて怖いと思った。それでも、私の運命は変わらない、変わることはない。

 それが最後だった、後は静かな暗闇に身を委ねるだけだった。

 外に降り落ちていく雪は、彼の哀しみに寄り添うかのようにいつまでも静かに降り続けた。












 ダラリ、と手が力なく落ちる。彼の手から、スルリと落ちた手は彼の膝にあたり。彼女の顔は穏やかだった。いつもは紅に塗れてその短剣を掴んで離さないというのに。今はその短剣の役目はなく、痛いほどに握られた彼女の手は震えていた。

 いつもいつもそうだ、彼女の存在を思い出して奔走して。やっと彼女と再会できたら彼女はいつも天に召されてしまう。呪いのせいだ、だから彼はそれを断ち切るべく彼女の後を追うようにして自らも命を絶っていた。そうすることで、呪いはどんどん軽減されていく。

 一番最初の彼女が死んだ時に、長が教えてくれた。彼女の使った、自分が彼女にお守り代わりに授けた短剣で。いつだって彼女が亡くなってから躊躇いもなく、その胸に同じく短剣を突き刺して。

 それでも彼女にかけられた呪いは解かれない、今世はどうやって後を追おうか。この身を突き刺すか、毒か。それとも。

 そんな彼を見た王は瞳を伏せた。魔女である彼女から話を聞いていて、彼女が死ぬ度に彼はその瞬間に間に合わず後を追うようにして死んでいく。

 それはループしているかのように、いつもいつもその光景を見ていた、呪われた魔女と結ばれなかった騎士。その想いはいつになっても朽ちることはなく。


「後を追うのか」

「……はい」


 彼は躊躇いもなく、頷いた。王様はそうか、としか言わなかった。言えなかった。知っているから、その想いを。自分もそうであるから。止める理由などなくて。


「……来世こそ、添い遂げよう」


 鮮血が、散った。



『ねえ、ヴァーン』

『ん?』

『私たちはね、いつか死んでお互いの記憶がなくなってしまってもまた出会えるのよ』

『当たり前だろう』



俺は、君以外要らないのだから――……。


END


※騎士の彼、ヴァーンが何故記憶を思い出せるかについて。

  アイリーゼがなくなった後に、彼は無理矢理結婚させられた幼き魔女を殺しています。

  術者が死ねば呪いは解かれるか、というとそうでもなくてアイリーゼにかけられた呪いは作中でも触れましたが禁術のため後世の末代まで続く強力な呪いです。また、2つめの呪いも同様。

  幼き魔女は呪術に長けた魔女でした。また、アイリーゼに呪いをかけた際にその相手(運命の糸の相手)にもその呪いがかかるという作用を知らなかったため彼にもアイリーゼの半分ほどの効力の同じ呪いがかかっていました。


 だいぶ設定の練りが甘い上に、かなり読むのが面倒な作品ですがここまで読んでいただきありがとうございました。

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