寝不足で酔うのは非常にツラい
「あぁー……」
俺は朝から教室の自分の机に突っ伏していた。
時刻は始業のチャイムの鳴った2分後。
「どうした朝から」
目の前にメガネが見える。
黒ぶちの、しかもプラスチックのメガネだな。
見覚えがある。
めちゃくちゃ安そうだったから耐久性を確かめてやったら殴られたやつだ。
勢いでそのままへし折るところだった。
――という事はヤスだ。
「おお、ヤスー。俺ぁ死にそうだよー……眠いよー……具合わりぃよー……」
始業までのタイムリミット残り5分で始めた一人ドラッグレースは、当然ながら間に合うはずもなく、結局その後すぐに現れた愛深に一緒に連れて行ってもらった。
おかげで寝不足なこともあって非常に具合が悪い。
ただチャイムにはギリギリ間に合った。
だから今こうしているわけである。
「なんだぁ? 昨日の夜も彼女とイチャイチャしてたのかぁ? それでこんなヘトヘトって……どんだけお盛んなんだこの野郎! ちくしょう……」
今のヤスのセリフ、最後の方ちょっと涙声だったな……
「彼女じゃねーってば。それになぁ、お前は羨ましい想像をしてるだろうが、実際はそんなんじゃねぇからな。別に好きなわけでもない女に毎日毎日夜中に起こされるんだぞ? どこにも良い事なんてねーよ。好きな女だったとしても良くねーよ。」
「でも愛深だろ? 末永愛深だろ? 俺はベッドに末永愛深が来るってだけで嬉しいよ……ちくしょうめ……!」
彼女も女友達もいなくて女に触れる事の無いお前が羨ましがるのは分からんでもないが、泣くなよヤス……
実際のところ、ヤスじゃなくても「夜になると幼馴染がベッドに来て起こされるんだ」って話をすると、羨ましがる奴は多い(まあ皆、健康な男子なので「女」と「ベッド」の組み合わせて興奮しない訳がないのだが……)
中でも特に「幼馴染が来るから羨ましい」という奴よりも、「末永愛深だから羨ましい」という奴が多い。
膝くらいまである長い黒髪がかわいいとか、頭にカチューシャみたいに付けてるリボンがかわいいとか、意外と人気があるようだ。
俺も他人事だったらそういう連中の一人になれたかもな……
ちなみに余談だが、愛深の髪には一本だけ真っ赤な髪が混じっている。
本人は「運命の赤い糸だね!」なんて喜んでいるが、俺はいつ「運命の糸なんだから結んどかなきゃね!」っていって小指に結び付けられるかと内心ヒヤヒヤしている。たまにそういう事してくるんだよあいつ。
始業のチャイムから遅れること5分、教室の前の方のドアがスッと開いた。
それと同時に、自分の席から離れていた連中も、元の席に戻る。
「はよーっす、よーし、ホームルームやるぞー」
うちの担任は女だ。
しかも結構若い、20代だって言ってた気がする。
担当は専門教科。
それじゃなんの教科か分からないって?
どれか1つってわけじゃなくて、専門教科全体を担当しているのだ。うち、工業高校だから。
だから、座学だと「設計」の担当だったり、実習だと「特殊機械」の担当だったりと、年や担当する学年によって変わるのだ。
「よーし、いない奴は手を挙げろー」
一日の内で何回か聞く、先生たちの定番ギャグを朝一からかましたところで、担任は勝手に欠席者を記入していく。
いちいち、名前を呼んだりはしない。
めんどいから。
休む奴からは連絡来るし、連絡無い奴は聞けばいい。
「あれ?
俺の前に座ってるはずのデブ(もちろんいじめではなく通称だ)がいないので担任は俺に聞いてきた。
「今日は見てないっすねー」
そもそもさっき来たばっかりだし、来てから机に突っ伏してたから居なかった事すら気付いてなかったのだが、まあ見てないんだから嘘ではない。
と、その時、担任が入ってきた中途半端に開きっぱなしのドアが勢いよく開いた。
「セーフ!!」
「イエローカード持ってるくせに何言ってんだデブ」
件のデブが滑り込んできた。
デブとはいうが、デブと言われてイメージするような程デブには見えないくらいのデブだ。
背が高いせいもあるんだろうが、一応体重は100kgを超えてるらしい。
ちなみにイエローカードとは、遅刻した奴が検問(玄関にある窓口)で書かされる、来た時刻と遅刻した理由を書いた紙だ。
学級名簿に貼り付けられて、1日中晒し者にされる。
「いーじゃん、スーちゃん。赤紙じゃないんだから」
「遅刻である事に変わりないけどな」
イエローカードは「始業チャイムからホームルームが終わるまでに来た奴」
赤紙は「1時間目が始まってから来た完全遅刻のバカ野郎」
という意味。
「まあ、いいや。一応全員来たな。んじゃ、連絡事項無し! ホームルーム終わり!」
1時間目の授業まで数分残して、スーちゃんこと鈴木先生はさっさと去っていった。
連絡の無い時はだいたいこうだ。
数分だけでもヒマな時間ができるからありがたい。皆にとっては。
「やあ、幸多。間に合ってよかったね。最初から一緒に行けばこんなギリギリにならなくてよかったのに」
ちょっとでも時間があればすぐにこれだよ……
「お前なぁ、授業始まるまで3分しかないんだから黙って教室に居ろよ!」
愛深はインテリア科、俺は機械科。
機械科に来た先生は、帰る時に必然的にインテリア科の前を通るので、愛深はこっちの開き時間がすぐに分かる。
「まあ、そう邪険にするなよ。話しに来るくらいいいじゃんな、愛深ちゃん」
機械科は他の科に比べて極端に男ばっかりなので、基本的に愛深の来訪は、ヤスを含めみんな歓迎ムードだ。
「お、愛深ちゃん! 今日も幸多とイチャイチャしてんの?」
「今日のリボンかわいいね愛深ちゃん! さすがインテリア科はセンスあるなぁ」
「あ、末永、あいつ今、インテリアの教室にいる?」
割と話しかけられる。さすがに襲われる事はないので安心してほしい。
えへへ…とかありがとう!とかまだいると思うよーとか律儀に答えている。真面目な奴だ。
「って、違うよ! みんなと話しに来たんじゃなくて! 幸多に教科書借りに来たの。次、数学でしょ?こっち次、国語なんだけど教科書忘れちゃって……」
テレポートで帰ればいいじゃん、って思うだろ?
そこまでの大移動はできないらしい。
「仕方ねーなぁ……、こっちも2時間目国語なんだから返せよ」
「もちろんだよ! どうせこっち来るし」
そこでチャイムが鳴った。1時間目の始まりだ。
「あ、じゃあ、わたし帰るね。ありがとう!」
教科書を持ったまま、愛深は消えた。
愛深はテレポートを隠しても自慢してもいないので、知ってる奴は知ってるし、知らない奴は知らない。
ヤスとかは普通に知ってるので、目の前で消えても騒ぎとかは起きない。
教室に帰った愛深は、先生が黒板に書いていく文字を眺めながら心で呟いた。
(リボンは幸多に褒めてほしかったな……)
もちろん誰にも聞こえない。
さて、1時間目から数学だ。
非常に辛い。
工業高校なんてのは、頭の悪い奴の集まりみたいな所なので、大抵の奴が苦手だ。
もちろん俺だってそうだ。
テストは毎回、赤点を回避できるかどうかのラインを攻めている。
しかし、逆に考えるんだ。
「どうせ分からないなら聞かなくても同じじゃあないか」と。
というわけで、数学は睡眠学習の時間でもある。
今日は朝から具合が悪かったので、非常に助かる。
授業中は愛深が来ることもないし。
でも、一応最初の方は聞いてみた。
どうやら前回の続きのようだ。
前回もほとんど聞いてないから分からないな……
よし、寝ても大丈夫だな!
授業中に寝る生徒は少なくないので、あまり怒られる事は無い。
しかし、一応シャーペンを持ってノートを書いてる格好のまま、寝た。
チャイムで起きた。
黒板に意味はよく分からないが、文字と数字がいっぱい並んでいる。
1時間目はまるっと寝ていたようだな。
なんだか新しいとこにも入っていたようだが、まあ分からなかったら愛深を頼ろう。
1時間目が終わったという事はその愛深もそろそろ来るだろう。
「はい、教科書。今日、音読当たっちゃったから助かったよ。」
ほら、来た。
「あ、その顔は寝てたな! ダメだよ聞かなきゃ! いつもわたしに聞くけど、わたしは先生じゃないんだからね!」
ぷんすか!
確かにいつも教えてもらって悪いとは思うけど、お前、毎回結構楽しそうじゃん……
「人の寝不足の原因を作っておいて、よくそんな事が言えたな!」
なんとなくムカついたので、耳たぶを撫でてやった。
「みんながいるとこじゃダメだって……んッ……!」
なんとか声を押し殺して、愛深は消えた。
2時間目、国語。
数学ほどは苦手じゃないので起きている。さっき結構寝たし。
ところで、どうやら今日は俺の名簿と同じ日にちだったらしい。
音読者を決める時は毎回これだ。
11月11日みたいな同じ数字が並んでる日は最悪だ。
どうせだから2回読めとか理不尽な事を言ってくる。
幸い、今日は違った。
違うページを見ていたので、ヤスに教えてもらって慌ててそのページを開いた。
隅の方に「ありがと」という字とハートマークが書いてあった。
人の教科書に落書きするとはいい度胸だ――
隣に住んでる幼馴染がテレポートしてきて寝てる暇もない! 伊武大我 @DAN-GO
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。隣に住んでる幼馴染がテレポートしてきて寝てる暇もない!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます