隣に住んでる幼馴染がテレポートしてきて寝てる暇もない!

伊武大我

今日も俺は眠れない

  「すぅ……すぅ……」


 今しがた眠りについたばかりだというのになんとなく目が覚めてしまった俺の耳孔に寝息が聞こえてきた。


もちろん自分のではないし、さっき眠りにつく前までは部屋に誰もいなかったはずだ。


しかもなぜだか体に重みを感じる。


やわらかくて、温かい。


そして首に何か絡みついている。


ここまで認識してやっと今の状態が飲み込めた俺が「はぁ……今日もかよ……」とかなり大きなため息と共に思っていると――


「んぅ……あ、起こしちゃった?」


今の今まで俺の顔の真横ですぅ……すぅ……と寝息を立てていた彼女が喋りかけてきた。


「今日も……来ちゃった……」


えへへっ……っと彼女が笑う。


俺はほぼ密着していると言える距離にある彼女の顔に微笑み返す。


彼女の目を見つめながら、布団の中に入っていた両腕を彼女を包み込むように動かした。


「ぁ……幸多こうた……」


俺の名前を呼んで少し恥ずかしそうに目を細めている彼女の頬に両手で触れる。


そして指を這わした。


指先が耳に触れると、耳の輪郭を撫でるようにして彼女の耳たぶを探し出す。


そしてペットショップでジャンガリアンハムスターを撫でるように優しく撫でた。


「ひぅ……! だ、ダメだよ幸多ぁ……そんな優しく撫でられたらわたし……あぁんっ!!」


勝手に声を上げて悶えると、忽然と彼女は姿を消した。


「ふぅ……また来る前にさっさと寝よ」


2人分の体温で少々熱くなった布団を首まで掛け直し、俺はまた目を閉じた。







 「いきなり触っちゃダメだって何回言ったらわかるの!」


 学校へと向かう通学路で、置いていこうとする俺に置いて行かれないように少し早歩きになりながら彼女がほっぺを膨らませて怒っている。


「耳たぶを撫でられたら、わたし……その……か、感じちゃうん……だから……いきなり触ったらびっくりするでしょ!」


急に顔を赤らめながら小声になったかと思ったらまたすぐ「ぷんすか!」という効果音が聞こえてきそうな感じで怒りだした。


「お前だっていきなり家に来んなって何回言や分かんだよ! びっくりすんのはこっちだよ!」


そう、こいつ急に来るんじゃねぇよって散々に言ってるのに懲りずに何回も来るのだ。

たまにならまだしも毎日だぞ、毎日。

しかも寝てるときに。


「だって……」


彼女はぶっきらぼうに一言言うと、むくれたまま黙ってしまった。


 人が寝てる時に限って現れるはた迷惑なこいつは末永愛深すえながまなみ

俺んちの隣に住んでる幼馴染。

家が隣なら本人も隙あらば俺の隣にいる。


 こいつがむくれて黙りこくった隙に俺は走り出した。

こいつのせいで最近はほぼ寝坊してる。

今日だってもう始業まで10分しかない。

歩いて20分かかる道なのに……!


だから走り出した。

寝不足で頭がクラクラするが仕方ない。

こいつと一緒に歩いていたら絶対間に合わない。

こいつは急ぐ気が無いから。

というか急ぐ必要が無いから。


スタートで思いっきり蹴りだして、5メートルほど進んだところで彼女に気付かれた。


「あ、幸多!」


しかし、次の瞬間にはもう彼女は隣にいる。


「もう……!」


「そんなに」


「急がなくても」


「一緒に」


「連れてって」


「あげるのに!」


俺が走るのに合わせて彼女が一瞬毎に現れる。


もう分かるだろう。

彼女はテレポートができるのだ。

理由は知らない。

いつでもどこでも現れるのでほんとに迷惑だ。


 走りながら一瞬毎に横に人が現れるのがこんなにうるさいとは思わなかった。

というか結構怖い。

俺は一回足を止めた。


「ハァ……ハァ……お前、一瞬、一瞬、出現するの、うるせぇからやめろよ! ちょっと怖ぇし!」


100mほどしか走ってないが、結構息が上がってしまった。体力はある方ではない。


「ほらぁ! 疲れてるじゃん! 手繋げば一緒に飛べるんだから一緒に行こ?」


「誰のせいで走る羽目になってんだよ!!」


俺は一言叫ぶと、愛深の頭を乱暴に掴んだ。

そしてまた愛深の耳たぶをやさーしく撫でてやった。


「あぁ! また…いきなりぃ! んんッ……!」

朝の住宅地で一声喘ぐと、愛深は消えた。


「――お前と飛ぶと酔うんだよ……」

腕時計が残り5分を指している事に気付いて、俺はまた全力で走り出した。

――あと5分じゃ確実に間に合わないけど……!

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