5.里奈との関係

 風邪が回復すると、いつもの放課後だ。


 俺は陸上部に行き、里奈はそれを教室から眺める。

 だがやはり里奈は、その後も俺を待たずに帰ることがあった。理由は納得できるような出来ないようなことばかりで、正直俺としては面白くない。


 そんな日々が続いて、気がついたら梅雨入りしていた。


 雨の日の練習は嫌いだ。

 何故ならグランドではなくて屋内施設での筋トレになるからだ。

 当然里奈が見学できるような場所はどこにもない。理由を付けて何度かサボろうとしたが、その度コーチに見つかって引き戻される。

 だから里奈には極力教室で待つようにしてもらう。



 そんな6月のある日、屋内施設で筋トレをしていると、ちょうどコーチの外出中に里奈がやって来た。

 用件は「用事が出来たから先に帰るわ」とのこと。そんなこと、いつもだったらいちいち告げずに帰って行く里奈だが、今日はやけに律儀だ。

 その様子に疑問を浮かべている間に、里奈はそのまま去っていった。


「ええなぁ聡。あんなかわええ彼女おって」


 俺たちのやりとりを見ていた陸上部の同期が、口笛を吹きながら冷やかしてきた。それに他のヤツらも乗ってくる。俺はその冷やかしに盛大にため息を吐く。


「お前ら分かっとらんな。里奈は彼女とかそういう浅はかな括りちゃうねん」


 俺がそう返せば、それまで冷やかしていた同期のヤツらが、意味不明、とばかりに疑問符を浮かべた。


「何それ、まさか、婚約者とでもいうんか?」

「むしろもう結婚してたりしてな」


 再びこいつらはヘラヘラ笑い合う。

 その様子に俺はため息を吐くばかりだ。


「お前らアホか。俺と里奈はそんなもんよりもっと深くつながっとるんや」


 呆れ口調で俺がそう返せば、こいつらはまたもや、意味不明、といった顔をしてきた。


「よう分からへんけど聡、山本里奈とは付き合ってへんのやんな?」

「そうや?」


 だって俺と里奈は付き合うとか結婚とかそういう次元を越えた関係だからだ。

 そんなものに当てはめようとするこいつらの精神年齢を疑いたいくらいだ。

 お前ら中二病か。


 しかし更に飛んできた質問は、俺の予想を遥かに超えるものだった。


「でも深くつながっとるってことは、つまりお前それ、山本里奈とヤったんか?」

「ぶふーっ!!」


 思わず俺は盛大に吹いてしまった。

 こいつは一体何という質問をしてくれているのだ!


「あーそれ俺も気になっとった。だって聡、山本里奈と幼稚園から一緒で家も隣なんやろ? そんな展開になってもおかしないわな」

「確かにな。山本里奈ってかわええけどちょっと細すぎる気するんやけど、実際どうなん?」

「どうって……っ!」


 何をお前らだけで勝手に盛り上がっているんだ。

 これは俺と里奈のことだから、部外者がいちいち口を挟むものでもないだろう?


 そう思って口をぱくぱくさせていると、ひとりが俺の様子を見て「はっはーん」と声を上げた。


「あれこれ言うけどお前実は、山本里奈とは何もないんやろ?」

「はあ?」


 そいつがどや顔でそう言えば、他のヤツも合点がいったかのような顔をして乗っかってきた。


「なんや、里奈里奈言うくせに、ほんまはお前が好きなだけなんやろ?」

「えっそれつまり、あんだけ偉そうなこと言うといて、結局聡、童貞なんかよー!」

「お前イタ過ぎー!」


 俺を指差してゲラゲラ笑うこいつらに沸々と苛立ちが湧いてくるが、正直なところ反論できない。

 何故ならこいつらの言うとおり、俺は里奈と身体の関係を持ったことは一度もないからだ。

 それどころか、キスもしたことがない。


「ふ……ふんっ別にそんなんええやろ。そんなことせんでも俺と里奈は同じなんやから問題ないんや」

「はいはい、里奈が好き里奈が好き」

「ほっとけ」


 まぁ確かに、これまで15年間里奈と過ごしてきたが、俺は里奈とそういう関係どころか、里奈の裸を見たこともない。小さい頃に一緒に風呂に入る機会でもあればよかったのだが、それが不思議なことに一度もないのだ。

 だから里奈の身体についてはかなり気になるところではあるのだが。


「でもそんなら聡、お前ちゃんと山本里奈捕まえとかなあかんぞ」


 ひととおり俺を笑い終わったところで、一人がふとそう言った。

 そいつはニヤリと笑みを深めて言う。


「山本里奈、割とモテるからな」


 その発言に、俺はいつもの如く「だから俺と里奈は考えが同じやから」と言いかけてやめた。

 何故なら最近の里奈は俺に何も言わずに先に帰ることが度々あるからだ。

 それがそういう理由だとしたら? 


 これは里奈に確かめなくてはいけない。

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