2.里奈依存症

 そうして俺たちは高校生になった。


「聡、部活入らんの?」


 四月のとある昼休み。

 クラスの違う里奈を呼び出して一緒に昼飯を食べていたら、ふと里奈が尋ねてきた。


「ん? 陸上入ろか迷い中。里奈は?」

「私はやらんよ」

「えーそんなら俺も入らんでいいわ」


 部活なんかに入ったら里奈との時間がなくなるし、むしろ二人とも部活をやらないのであれば、その分をずっと里奈と一緒にいられる。その方が俺としても、きっと里奈としても好都合だ。

 そう思っていたのだが、里奈は口を尖らせて眉をひそめた。


「何それ。聡がやりたいんやったら入ったらええやん」

「里奈も一緒に入るんやったら入ったる。里奈が入らんのやったらやらん」


 俺がきっぱり言い切ると、里奈が盛大にため息を吐いた。

 近頃の里奈はやたらと俺と違うことをしたがる。それが俺にはどうにも納得がいかない。

 すると里奈が少し上目遣いになって俺を見上げてきた。


「私は聡が走っとるとこ教室うえから見るのが好きやねん。やから陸上部、入りや」


 その里奈の表情が、言葉が、俺の気持ちを高鳴らせる。

 里奈と同じ部活に入らないのはありえないと思っていたけど、部活中の俺の姿を里奈が見ていてくれるというのは悪くない。しかもそれを好きと言ってくれる。なら選択肢は一つしかない。


「そうか、じゃあ陸上部入るわ。ちゃんと見ててや」

「うん、見といたるわ」


 笑顔で里奈が頷く。あまりに可愛いその表情に、俺はすっかり上機嫌になった。

 それから5分ほどして、里奈は自分のクラスへ帰って行った。その後ろ姿を満足げに見送る。



「ほんまに聡は“里奈依存症”やな」



 後ろの席の田村がふと言ってきた。振り向けば呆れ顔を浮かべている。


「はあ? “里奈依存症”?」

「そやろ? だってお前、山本里奈なしじゃ15年間過ごされへんかったやん」


 田村は俺たちとは小学校の時からの仲だ。

 だから里奈と俺のことをずっと知っているのだが、その発言に俺は納得がいかない。


「何言うとんねん。里奈なしじゃとか、そんなんないわ」

「お、それは意外や。山本里奈なしのお前とか想像でけへんけど」

「ちゃうわ、あーほぅ。里奈は俺の一部なんや、細胞なんや。やから依存とかちゃうわ」

「聡……お前、キモイで」


 言葉と同じく、田村は顔をしかめて身体を引く。その反応にも俺は納得がいかない。


 だってその通りじゃないか。

 確かに、俺は男で里奈は女で、二人とも別人だ。だが俺らの違いなんてそれくらいで、見ているものも考えていることも、俺と里奈は何もかもが同じだ。それはもはや当たり前の事象なのだ。

 だから依存などと言う薄っぺらいものなどではない。


「はぁ、お前、いつまでそれ続けるんや」

「あ? んなもん、死ぬまでに決まっとるやろうが」

「うわーそれ山本里奈、悲惨やな」

「何でや」

「だって死ぬまで聡の束縛続くんやろ? ちっとも休まらへんやんか」


 俺はまたもや田村の発言に納得がいかなかった。

 そもそも小学校の時から俺たちと一緒のくせに、一体今まで何を見てきたのかと、俺はこいつの脳みそを疑う。


 何度も言うように、俺と里奈は考えることも同じで何もかも同じだ。

 確かにクラスは違ったりするが、それくらいだ。だからこれは決して束縛などではないし、休まらないことなど微塵もないに決まっている。



 俺はずっとそう思い続けていた。

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