平日の渋谷スクランブル交差点にくねくねが!!

SATAカブレ

ここからよんでね

「今年の夏は例年にも増して厳しい猛暑になるでしょう」

 テレビでアナウンサーのおじさんが言っていた。そんな事、自分には関係無い事だと思っていた。



 大学生の夏休みは長い。最後に直射日光を浴びたのなんて実に丸一ヶ月以上前の事なワケで、本来であればそんな例年にも増して厳しい猛暑なんて体感する事なんて無いと思っていた。例年にも増すのは猛暑なんかではなく、家でダラダラと過ごす俺の自堕落ぶりのはずだったのだ。



 それなのに――今俺は渋谷ハチ公前に立ち尽くし直射日光を存分に受け、つむじから取り込まれた紫外線によって表皮の基底層にあるメラノサイトを刺激され続けている。それはなぜか。友人から呼び出しを受けたからだ。理由なんか知らない。理由も言わずに呼び出すのはいつもの事だからだ。


 しかしあいつ遅いな……それになんだこれ暑過ぎる。頭がおかしくなりそうだ。

 目の前の風景が歪んで見えるのは陽炎なのか、はたまた熱中症の前触れか……ま、どっちだっていい。



 そのような事を取りとめも無く考えていた所、携帯に着信が入る。着信相手を確認すると……呼び出した憎き友人である。俺は通話を押すと同時に捲し立てるように口を開いた。


「おいてめえこのクソ暑い中いつまで待たせるつも……」しかしそんな俺の言葉を、知った事かと言わんばかりに遮り友人が一際大きい声で話し始める。

「いやーわりいわりい! 早く着いたからさ、つきあわせたら悪いからよ~先に用事済ませようと思ったら遅くなっちまった、センター街の入口から歩いて来てくんない? それで合流しよ! な!」


 そいつは一方的に用件を伝え、電話を切った。なんなんだ、その独りよがりの気遣いは。俺は舌打ちをしてセンター街へ向かう事にした。



     ○



 センター街手前のスクランブル交差点は渋谷を代表する、世界最大のスクランブル交差点らしい。

 その割には歩行者側の信号が青である時間は物凄く短いし、四方に蜘蛛の巣のように張り巡らされた横断歩道はとても複雑で水先人が必要なのでは、なんて皮肉を思い浮かべてしまうほどだ。



 携帯をいじりながら、信号が青になるのを待つ。

 激しい車通りが急にピタッと止まったので、俺は携帯をポケットに入れて――前を向いた。


「あれっ」


 思わず声が出た。

 信号は赤のままだったのだ。なのに車は1台も通っていない。


 真昼間だっていうのに、こんな珍しいことってあるのか……とふと交差点の真ん中に目をやると、先程感じたよりも一層強い景色のゆがみを感じた。あまりにも不自然過ぎて眩暈がする。



 ――――――いや。よく見ると景色が歪んでるんじゃないようだ。

 人だ。撮影か何かか……? 真っ白い肌をしたひょろっとしたスタイルの人がスクランブル交差点の中央に立って……



 ――――――いやいやいやいやいやいやいやいやいや。いやいやちょっと待って。

 あれが陽炎じゃなくて人だというなら……俺の眼球か脳髄は猛暑にやられて腐っちまったのか?


 人の様な四肢をもったそれはただひたすらに両腕をくねくねとくねらせていた。実際に人が踊っている、というように全く見えないのはその動きが全て等速で、生物の動きにしてはあまりにも違和感があったからだろう。

 そうしてその得体の知れない生き物は、くねくねとした腕の動きに合わせてめきめきと首を歪な動きで回転させ始めた。


 や、やめてくれ~、頭がおかしくなり――そ―う――――




「ぴぎああああああああああああああああああああああああ!!」


 俺の頭がおかしくなるのを待たずして、すぐ隣の方から突然の絶叫。俺は突然の出来事に驚きのあまり目をチカチカさせながら、その声のする方に目をやる。


 すると、かなり高齢の老婆が俺の隣で全身を硬直させ仰け反らし、白目をひん剥いて痙攣していた。

「ぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」叫び続ける老婆。

 一目見て分かる程無理な力を加えられた背骨はメキメキと音を立てていく。

 その姿を見て俺はさっきの不気味な生物の事を一次的に忘れ、とっさに老婆に声をかけようと手を伸ばした。すると老婆は俺の気配に気付くやいなや、恐れを感じた素振りを見せ「おじいさんが来た! おじいさんが迎えにきた! おじいさんが来た! お許しを! お助けえええ!」

 と叫びながら頭を掻き毟り始めた。その掻き毟る力は常軌を逸していて、老婆の頭皮は削げみるみるうちに瑞々しく赤黒く染まり、ビタミンDだかKだかが欠乏している老婆の指は木管楽器の如くパキンポキンとこぎみのいい音を立てて砕けていった。

 眼球は頭の後ろ側を超える勢いで白目をひん剥き続け……ついには眼球が視神経を引き千切る「ブチブチ」という音が鳴り響き、老婆は血の涙を大量に流す。

「はびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!!」

 俺の思考力は異様過ぎるその光景に、ゆっくりと停止しきるまでゆるやかに低下していった。そしてただただその狂気を眺め続けていた。

 次第に老婆は体力を失い意識下から外れきっていた腕の運動も止めて、首を左右に振りながらうわ言を言い続けた。

「くっねっくっねっくっねっくっねっくっねっくねくねくねくね」

 そのひたすら続く老婆のミニマルテクノは次第にスピードを上げていく。

「くねくねくねくねくねくねクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネクネ」

 速度を上げていくその声を聞いているうちに、俺の持ち合わせている概念が全て吹っ飛ばされていくのを実感した。


 概念の喪失は、形状記憶の喪失。そうして世界は、立体感を失った。

「クネクネ001001クネクネクネ111000110クネク110ネクネク1111001100」

 老婆は高速で振動しながらうわ言を言い続けている。尚も老婆の声帯が生み出す律動はスピードを上げていった。そうして……

「ガガガガガダダダダダガガガガガダダダダダダダダダダダ」

 早くなり過ぎた老婆のうわ言のBPMは3580を超えた。ババア発のエクストラトーンの誕生の瞬間である――――それは最早工事現場の音そのものだ。工事現場の不快な騒音が老婆の口から絶え間無く溢れ出てくる、その光景は凄惨の極みと言える。

「バババババババババダダダダダダガガガガガガガガバババ」

 老婆のうわ言はなおも加速度を上げ続けた。そして……



「ヴウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン……!!!」

 最期に老婆は幾重にも自身の像をぶらしながらドローンを鳴らし、念願かなって手押し車になった。






 老婆は――――――手押し車になったのだ――ッ! やったねおわりエンド

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