第2話 イニシエート首を刈る

 クヴィエラ大陸の西方、アーゼラーズ地方の小国連合の加盟国の一つアルストリオ王国、その首都エルクの北端、ハービン家にて。

ひげを携えた男性がハザナスのシンボル__それももう昨晩に旧シンボルとなってしまったが__を背に、二人の少年を𠮟りつけていた。

「またお前たちはゴミ捨て場に立ち入ったのか。危険だからよせと何度言わせるんだ!」

怒られている二人のうちの一人には全く反省の色が見えず

「父上、これは俺が冒険者となるための必要な準備なんだ」

と反論し、彼より小柄なもう一人はあーあこりゃ長くなるぞ、という顔をしていた。

「シモン!またお前は馬鹿なことを」

「俺はこの家を出ていく!家業を継ぐ気はなんて無い!」

二人の口論が激化する中、ゆっくりと戸が開き、三人がそちらを見ると、セーラー服にローブの少女がばつの悪そうに立っていた。

「あー…すいません、お邪魔します…」


「それでミコト様、本日はどんなご用件で…?」

ひげの男性、コンスタンティンが一度全員をリビングに集まらせ、座らせ、彼の妻に紅茶を持ってこさせた。少年たちはこの異様な服装の少女に怪訝なまなざしを向けるが、コンスタンティンはつい昨日彼女の瞳を見せられているので、彼女をもはやうたがってなどおらず、息子たちが失礼をしないか気が気でなかった。ミコトは彼に返答する。

「実はハザナス様に社会見学を命じられまして、どこか私を二日ほど置いてくれる場所を探していましてどうか泊めていただけないかと」

「なるほど、そういうことでしたら息子たちどちらかの部屋を開けさせましょう」

それを聞いた二人は口々に抗議し、またも父親と口論になるが、ミコトがそれに割って入る。

「さっきの部屋じゃダメですかね?」

「いやしかしあそこは…」

先ほどの部屋、ハザナスの聖印掲げられた場は…処刑道具置き場であった。このハービン家はアルトリオ王国に代々使える処刑人であり墓守の家系であった。罪人を死に至らしめる処刑人の多くが死者を裁くものであり死の安寧を約束するハザナスを信仰し、他のハザナスの信仰者の多くは死にまつわる職に携わっていた。

「ハザナス様の使いをあのような場所にいさせるわけには…」

「私は気にしませんよ?ちょうど横になるによさげな寝台みたいなのもありましたし」

「あれは断頭台です!」

へー、と気の抜けた返事のミコトに対して息子のうち一人…シモンが口を開く。

「あんた、ホントにハザナス様の使いなのか?どうにも威厳がないって言うか、いまいち信じきれないんだが」

「やめなさいシモン!すいませんうちの息子が」

コンスタンティンは慌てて息子をいさめ、ミコトの顔色を窺う。

「いやまぁ新任なもんでまだまだ貫禄無いのは自覚してるんで」

ハハハと笑うミコトを見てコンスタンティンは胸をなでおろす。

「そうだミコト様、どうかシモンに言い聞かせてやってください、こいつは家業を継ぐ気がないというんですよ」

コンスタンティンはの訴えにシモンはふんと鼻を鳴らし、隣のもう一人の息子…パスカルはやれやれといった顔だ。ミコトはこれまた厄介そうなのに首突っ込まされたなと心の中で思ったが、一応話を聞くことにした。

「まぁ処刑なんて気持ちがいいもんではないでしょうからそう言うのもしょうがないんじゃないんですかね?」

それに対しコンスタンティンは反論する。

「そういうわけにはいきません、ハービン家は王家の指名あって代々処刑人かつ墓守の家系、これ以外の職に就くことなんてできません」

「あー…そういうお家ってわけね…」

少し考えてミコトはシモンに質問してみることにした。

「シモン君は家業を継がないで何やりたいの?」

腕を組んで自信たっぷりにシモンは答える

「冒険者だ!」

それを聞いてあきれるミコト。

「いやそれは将来性と現実性がなさすぎるでしょ…」

それを聞いてシモンはさらに不満げになる。

「第一、ハザナス様は死の苦痛は最小限であるべきだと説くのに、今の処刑人にそれが十分為せてるとは思わないね!処刑人のあり方が変わらない限り俺の考えも変わらない!」

「?どーゆー事?この世界に来たばかりでよくわからないんだけど」

首をかしげるミコトに、コンスタンティンは

「ふむ、それでは僭越ながら私のほうから説明させていただいてよろしいでしょうか?」

と聞くと、ミコトはよろしくお願いします、と答えたので彼は先ほどの部屋に彼女を案内し、息子たちもそのあとに続いた。


「まずこれが一般的な処刑道具の縄です。罪人の首にかけてから高所から落とすことで首が絞まるようにします」

コンスタンティンはミコトに縄を見せる。

「よくあるやつね、うまくやって首の骨ポッキリ折って即死になったら苦しみ少ないんじゃないの?」

「受刑者によってまちまちなのでうまくいきませんな。人によっては数分もがき苦しみますし、逆に首がちぎれかけることもありますから、良いものとは言えません」

「うえー」

いやそうな顔をするミコトに、息子の片割れのパスカルは

「まぁもっとひどい目に合う人もいるんすけどねー」

「どういう事?」

ミコトの問いにシモンが答えた。

「絞首刑は主に貧民向けの刑で、中流階級の一部や貴族なんかの上流階級にはあいつが使われることが多い」

そうしてシモンが指さす先にあるのが、断頭台だ。簡素な台に頭を固定するための金属部品を備え付け、その周辺にはぬぐい切れなかった血の染みが死者の未練のようにこびりついている。

「首切らえるんならこっちのほうが楽なんじゃないの?」

「一発で切れたのならな、うまくいかなければ何度も斧が振り下ろされることになる」

サイモンは壁に掛けられた大斧を示す、その刃は幾度の執行の影響でこぼれていた。

「楽に死ねる奴はついてる奴だけだな、親父の腕は悪くないが受刑者はもがく」

なるほどなー、とミコトは感心し、シモンはため息をつく。

「わかっただろ?俺はこんな処刑を続けていくつもりはない。別に熱心にハザナス様を信じてるわけじゃないが、そうじゃなくてもこんなんじゃ処刑人になんてなりたくないね」

「これシモン!すいませんミコト様」

コンスタンティンは申し訳なさげにミコトに頭を下げた。

「いや、信仰の自由は誰にも約束されるべきものなんでいいんですよ。確かにこの処刑の在り方に意義があるのは賛成ですし…」

そう言いながらミコトは一つ思い出すことがあった。

「そういえばギロチンってないんですかね?これに比べればかなり人道的な器具なんですけど」

ミコトの問いにコンスタンティンたちは首をかしげる。

「高いところからでっかい刃を落として首をすっぱんすっぱん刎ねる道具なんですけど、無い?」

「いえ、そういったものはありませんな」

ミコトは首をひねりながら考え込んだ。それを見てシモンとパスカルは顔を見合わせ、どうしたんだあいつ、といった表情であった。それからしばらくしてミコトは口を開き、コンスタンティンに向き直った。

「ハザナス様は死には安息あるべきってことで、死ぬなら即死できるほうがいいんですよね。その解釈で間違いないですか?」

「えぇ、私共はそう解釈しております」

「世界的にそういう解釈なんですかね?」

「おおむねそうだと思います」

よし、と何か思いついたように彼女はうなづくと、紙とペンを取り出して何やら書き出すと、紙をコンスタンティンに渡した。何かの図案のようなものと解説図が書かれている。

「これ、さっき言った装置の図面です。本来の仕組みはいまいちわからないのでこれ以上は大工さんとかに改良してもらってください」

彼女はギロチンというものを知ってはいるがその仕組みについてよくわかっていなかったため、図面にあるギロチンでは本来クランクを用いて刃を持ち上げるところを、滑車の力を除けば人力で持ち上げ、ひもをピンに固定する、ギロチンとハリファックス断頭台との中間ともいえるつくりになっていた。また、刃の衝撃を和らげるばねなど細かいところも抜けた、簡素なものであった。

「なるほど、斜めに刃をいれることで切断をより確実にしているわけですな…なるほどこれはいいかもしれませんな」

コンスタンティンは一目で、彼の処刑人としての経験から、それが求めていたものだと理解した。

「じゃこれ世界中の処刑人たちに作ってくるように言ってくるから!」

そういって慌ただしく出ていこうとするミコトを、コンスタンティンが制止した。

「待ってください命様、そういうことならまず準備が必要です」

「準備?」

「そうです、まずこの図面を印刷しましょう、そうすれば説明をかなり省くことができるでしょう。それと、渡すのは首都にいる信者だけでよろしいかと。その者に国での処刑の法の改定を王たちに願ってもらいましょう」

「あ、なるほど」

感心するミコトに、コンスタンティンは続ける。

「それとハザナス様の使者によるものだとわかる印か何かが必要ですな。処刑方法の変更となれば国の認可が必要となりますから、その際にそれがあれば大いに手間を省略できますし、皆納得します。」

「ふむふむ」

「それと最後にですが…」

コンスタンティンは神妙な面持ちで話を続ける。

「これを広めることをハザナス様に許可をもらったほうがよろしかろうと思われます。」

「何でですか?」

「…これは処刑を簡略化し、速やかに行うことを可能とするでしょう。これはこれからより処刑される人を増やすことになるやもしれません。慎重にかのお方の意見を聞くがよろしいかと」

なるほどなー、とミコトはうなづくとコンスタンティンに礼を言って冥界への戸を開けた。

「それじゃ、ちょっと待っててくださいね、すぐに戻ってきますんで」


冥界の宮殿、その主による裁きは中断され、巨人は少女からの説明を受けるとその大きな口を開いた。

「構わぬ、汝の為したいように為すが良い」

「いいんですか?」

巨人はうなづく。

「もしそれによって処刑が増え死者が増えようと、それは定命の者の行いの結果であって道具によって可能になったというだけだ。定命の者が望んだことなら、何ら問題はない」

ミコトはそれを聞いて改めて図面を見直し、しばらくしてぽつりとつぶやく。

「私の知識持ち込んだものが、この世界でこれから人を殺めていくんですね…」

この時ミコトはこの世界に来て初めて不安を覚えていた。いや、来た時から不安ばかりだったのだ。ただ一人慣れぬ世界で、持ち前の明るさともう死んだ身だからどうとでもなれといういい加減さで何とか心の隅に追いやってごまかしてきたのだ。だがこれは違う、これは他者の運命を変えるモノである。これがこれから世に広まり、多くの死者をもたらすことになり、やがては己を人々から死神だと揶揄されることになるかもしれない代物だと思うと、彼女の胸は何かに鷲掴みにされたようにギュウと締め付けられ、額からは冷や汗が流れた。

ハザナスはそんなミコトを見てフッと笑い、「聞け」、とミコトの注意を自身に向けさせた。

「これより、その道具…ギロチンといったな、その名を『ハザナスの斧』と改めよ」

ミコトがそれはなぜかと問うと、ハザナスはそれに答える。

「その道具がもたらす死は、我が名をもって我が責任とするということだ」

理解の追いつかないミコトに対しハザナスは続ける。

「汝が持ち込んだそれは必要以上に苦しむ必要のない者の痛みを減らすものだ。それがなければ安らかな死はより遠くなるだろう。それは我が願いに反する。汝は我が願いに忠実なだけなのだ、ミコトよ。汝がもたらしたものが定命の者に死をもたらすことになろうとそれは汝が理由なのではなく、その者に死をもたらすことになった罪が理由なのだ。汝が気に病むことはない。」

「でも、冤罪の人もいるだろうし…もし処刑が増えて冤罪の人が処されることが増えることになるのなら、やっぱりこれはないほうがいいものなのかも知れません」

「これがあろうとなかろうと冤罪は減らないしその者の死は避けられぬであろう」

それでも不安げな表情のミコトに、ハザナスはさらに続ける。

「ミコトよ、汝が過ちを犯したならば、汝が罪人つみびととなったならば、吾輩は裁くものとしての役目を果たそう。だが汝の行いをそれが過ちでなくとも罪であると思ってしまうならば、吾輩が汝の行いの責任を受け持つと思え。そして覚えておけ、汝は我が手であり言葉である。その全ての行いは吾輩が保証しよう。汝が持ち込んだものが殺したということは、吾輩の手にかかった、ということである」

ハザナスはその大きな手の人差し指でミコトの頭を少し押し、撫でた。

「よくやってくれているな、ミコトよ。汝にとってこの世は来たばかりの場だというのに、悩める我が信者のために考え、また己が正しいのかまで大いに悩んでもいる、それは正しき行いである。どうか我が良き配下でいてくれ。何か問題があれば吾輩が力になる。汝の行いを吾輩が咎めぬといったならば、それは何事も問題ではないのだ。忘れることなかれ。」

「ハザナス様…」

少しばかり安心したらしくミコトに小さな笑顔が戻った。ミコトは言う。

「女の子の髪にあんま触んないでください、セクハラですよ」

巨人は絶句した。が、彼女が元気を取り戻しているのだと思い、すぐにフッと笑い、人魂たちに紅茶と茶菓子を持ってこさせ、さらにこれよりミコトの手伝いを命じた。


『ギロチン、ハザナスの斧と改名されたそれは、ひと月のうちに全世界に導入され、多くの罪人たちの首を刎ねていった。貧富の差、老若男女、何者も等しく一撃のもと処刑を為すそれはまさしく公正な裁きをするハザナスの象徴であるとして人民に畏敬の念を抱かせた。それが異界よりきたるものにもたらされたと知るのは、ハービン家の者と神々と、それがギロチンであると知る他の来訪者たちだけであった』

 ―――――――――――――――――――――――――――賢者セラニスの書より

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イニシエート、ゴーゴー! 星本新木 @NBSmdk

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