イニシエート、ゴーゴー!

星本新木

第1話 イニシエートになりました

 『その時は前触れもなく訪れた。全ての始まりは姿と名を持たぬ大いなる神が、他の神々のもとに異界の来訪者を授けたことによる。その来訪者たちはそれぞれの神に与えられた能力とこの世ならざる異界の知識を携え、この世に大きな変化をもたらすこととなった。”伝授されたもの”、”新なるもの”という意味を込めて人々は彼らのことをこう呼んだ____「イニシエート」と。』

 ―――――――――――――――――――”全てを記す者”賢者セラニスの書より


 全てが白骨で構成された大地、その地でただ一つの大きな建造物、緑の炎がわずかに照らすだけの薄暗い宮廷。その上階中央部にて巨人が玉座に座していた。巨人の肌は死人のように青白く、またその眼はガーネットのように赤黒い。その宝玉の視線の先に、冬用セーラー服姿の少女が倒れこんでいた。巨人が口を開く。

「目覚めよ、来訪者」

冷淡かつ厳粛な、対面するものの多くが震え上がる声。その声に少女はわずかに身をよじり応えた。

「あと5分だけ寝かせて…」

巨人は絶句した。

 少女の名は草葉 ミコト。のちの世に混乱をもたらすことになるイニシエートの一人である。


「目は覚めたか、来訪者よ」

「あっはい、まぁ…すみません、寝起き悪くて」

ローブを着た人魂が持ってきた紅茶と骨型のクッキーをいただきながら少女は改めて巨人に向き直った。巨人が口を開く。

「我は冥界の王ハザナス、すべての死せるものを裁く者也」

「えっと、私は草葉 ミコト、神籬高校の2年生…でした、というべきなんですかね?」

いったん紅茶を置いて、話に集中するミコト。

「冥界ってことはやっぱ私は死んでここがあの世なんですかね?」

「左様。だが、汝の言う”あの世”とは異なる」

首をかしげる少女に対して巨人は言葉を続ける。

「通常、生きとし生けるものはその生を終えれば、魂はふさわしい場所に行きつく、世に言う天国や地獄、あるいは次の生に。汝もまた輪廻の輪のもとそのようになるはずであった、だが。」

「…あー」

少女は巨人の言うことを飲み込むのに苦労していたが、その話の先をわずかに理解した。

「あれですよね、輪廻の先が無かったんですよね、だって」

 あーあやっぱりか、とでも言いたそうに少女は諦めたような態度だ。

「…地球無くなったし」


 事の発端は彼女が今に至る約3年ほど前のことである。ある天文学者が、観測していた星が大きくなっていることに気が付いた…否、星が大きくなっていたのではなく、接近していたために見かけが大きくなっていたのだ。それは地球に衝突することが予測され、その報告は全世界に衝撃を与えた。その時ほぼすべての人類の余命は約3年になった。解決策はいくつも模索されたが、そのどれもがこの致命的な大災害を退ける案には至らなかった。そして無情にも3年の時は瞬く間に訪れ、死神は閻魔帳の記載通りにやってきた、というわけだ。


「汝の世界が終末を迎えたとき、大質量の力が発生した。それは超次元のエネルギーとなり、多くの行き場を失った魂たちに漂流先を与えることとなった。この世界もその一つだ」

「はー…じゃここはあの世というか生まれ変わり先なんですね」

「左様」

話に追い付いて余裕が生まれたのか、彼女は再びクッキーを頬張り始めた。

「それで、私がここにいるのは偶然の結果なんですか?」

「否。汝の望みに従って、ここに来た」

「はい?」

「生前に汝らのもとに来たはずだ。次なる生への予告が」

「んー?そんなんあったっけ…?」

少女は記憶の回廊をたどる。


 隕石衝突の半年ほど前のことである。

親友のエリカと二人で高校(もはや通う必要は無いのだが、不思議と多くの人々は余命宣告の前の生活をそのまま続けていた)から帰宅する途中のこと。二人同時に各々のスマホにメールが届いた。

「なんだこれ…『草葉 ミコト様、あなたの転生に関するご希望をお聞かせください、また以下の質問に回答することでよりあなたにふさわしい来世を約束いたします』…なんじゃこりゃ、変な迷惑メール」

「でもよくできてるし面白いねー、ちょっとやってみない?」

「あんたこういうの好きだねー、まぁいいか詐欺なら無視すりゃいいし、やってみますか」

二人は羅列された質問群にあーだこーだと意見を言いつつ進めていく。二人にとってちょうどいい遊び道具が現れたようなものだった。

「ミコトちゃんは来世の希望、なんて書いた?」

「福利厚生が充実していて高賃金でやりがいのある仕事につける事」

「就活じゃないんだから!」

「終末活動だね」

「うまくないよ!」


「あれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「汝は望み通りの職場に来たというわけだ」

「あんなもん、お遊びのつもりでそんな真剣に答えてないわぁぁぁぁぁぁ!」

はぁ、と少女は息を吐いたのち巨人に向き直る。

「職場といいますがここで仕事することになるんでしょうか?」

こんな陰気臭そうな場所嫌なんですけど、という意思がありありと感じ取れる表情であったが、巨人は意に介さない。

「それよりもまず汝が知らねばならぬことは多い、心して聞くがよい。」

ハザナスは必要ならばメモを取るようにと言い、部下の人魂たちに紙と羽ペン、それとおかわりの紅茶と茶菓子も持ってこさせた。

「まず、汝の他にもこの世界にはいくつかの魂が流れ着いている、場所は様々であろうし、前世の記憶を保持している者はそう多くはない。だが、汝のように理由があって記憶を保持している者もいる。」

「理由?」

「左様、我等をも生み出せし偉大なるものが、この世界に新たな風を吹き入れるため、あるいは汝らの世界を無きものとしないために、価値ある者たちの記憶を保持させたのだ。そしてその一部を我等、神々に与えた、使徒とさせるために。その1人が汝なのだ、クサバ ミコト」

「…私、価値あります?普通の人のつもりなんですけど」

「汝その定命の限りを知らされども悲観せず、また運命共にする者たちの中にあってそれらを勇気づけ、そして死の何たるかを知りそれについて己の哲学を持つ。我が下に来るには逸材よ」

―――生前の事でそれだけ好印象にとってもらえるとは…正直自分が死ぬってあんまり現実味が湧かなかっただけなんだけどなぁー―――などとミコトは思いつつ、ザクロ味のケーキを堪能していた。

「汝の意思を聞こう、汝は我が使徒、すなわちこの冥界においての業務を果たし、また地上において冥府の使いとして我が教えを広め、また死を冒涜するものと戦う役目を持つこととなる、よいか?」

「…もし断ったらどうなります?」

険しい顔で尋ねるミコトに対し、ハザナスは何ということはないといった風に返答する。

「次の生を始めるだけだ、すべてを忘れて新たな旅路を歩むこととなる」

「それほんとの意味で死ぬってことですよね」

「汝その命潰えし死せる者故、自然な成り行きとも言える」

ミコトは浅くなった紅茶をのぞき込みながら思考を巡らせ、すぐに答えを出した。

「やります、せっかくおいしい紅茶が飲める職場なんだし、何もせずにやらないってのは面白くないし」

巨人は大きくにやりと笑うと懐から一枚の巨大な紙を取り出した。

「よろしい、ならばここに契約を為す、汝の名を記せ」

ミコトにとって未知の言語で書かれた契約書の下部に下線だけが引かれた空白があった。

「案ずることはない、ただの雇用契約書であって汝にとって大きく不利なことになる内容ではない。吾輩の使徒となることでの吾輩の力の一部の譲与はあるいは汝の精神を大きく変えてしまうかもしれぬが…」

「ま、その辺は不満あれば契約の改定要求させてもらいますからね」

「よい。冥府の裁くものの名において、この契約公明正大であると約束しよう」

身長と並び立つほどの万年筆を渡されたミコトは全身を用いて巨大な紙に自信の名を書き込んだ。

「仕上げだ、これをもって契約を完了とする、両手を出せ」

 すっと出された手のひらにハザナスは温度を感じない粘り気のある黒い水を塗りつけた。どうやら手印の様だ。ミコトがこれを紙に押し付けると、直ちに書き記した名と量の手は青白く光出し、魂を連れ去る黄泉の風が吹き出した。風が宮廷の明かりを皆吹き消し、周囲は完全なる闇となると、光放つのはミコトの手だけとなった。否、ミコトの手の内にあった光は今や腕をたどり体をめぐり四肢に行き渡り血管を通じて全身を内側から照らし出し、眼孔から光の帯を放ち、動揺し叫べば彼女の咽喉からまたおびただしい光が放たれ、暗闇でのたうつその姿はまさしく冥府の悪魔そのものであった。

 その様を見てハザナスは高らかに笑う。

「歓迎しようクサバミコト!今日より汝は冥界の使者、逃れえぬ死の象徴者となった!」


「あーびっくりした」

宮廷に灯りが再び灯されている頃には、ミコトはすっかり元の姿に戻っていた。

「冥界の火はこれにより汝の血潮に灯された。肉体は城塞さながらとなり、汝の瞳には常にその焔により輝き、その光見る者は皆死の何たるかを知り、長く見つめる者にはその燈火燃え移り魂を焦がす。強く汝が望むならば怨敵をにらみつけるただそれだけで瞳より火は光帯となりてその者を黄泉の薪とする」

「つまり体が頑丈になって目からビームで相手を倒せるってことかな…女子高生ビーム、もしくは女死光線ジョシコーセーンとでも名付けよう」

うんうんと一人うなづくミコトにハザナスは言葉を続ける。

「また、汝の性『クサバ』を預かり、これより名乗れぬものとする、これは今や人ならざる汝の真名を何者にも知られぬようにするためである。真名を知られた神魔は魔術的に支配されやすくなる、よって何人にも知れぬようにするために汝の口からはただミコトと名乗るものとせよ」

彼女は家族とのつながりを奪われたようにも感じたが、その巨人が己のために行った処置であるとも感じたので、それに従い、うなづいた。

「よろしい、ではミコトよ、ついてまいれ。覚えねばならぬことと渡さねばならぬものがある」


 宮廷下階中央部、そこは大きな法廷のようであったが、弁護士のための場所も検察のための場所も証言台もなく、ただ書記と裁判官のための設備だけであった。

「ここが魂の裁きの間である。死せる者の多くはここで吾輩の裁きにより次なる生の先を決める。吾輩は通常ここを離れることはない。用があれば遠慮なくここを訪れよ」

「今日は?」

「休日である。吾輩は必要ないのだが、配下の者には必要故に、週に二日は作業を止めている。」

ミコトは首をかしげる。

「二日も止めたら裁判待ちで渋滞しないんですか?」

「心配無用、我が眼は一目でその魂が行くべき先を求めだすことができる。よって魂一つにかかる時間はほんのわずか故に遅延はそう大きなものではない。」

感心するミコトにハザナスは一つの大きな木製の扉を指し示す。

「見よ、汝のために作らせた扉である。これより先は定命の者の世、すなわち此岸へとつながっている。ここより汝は地上にて我が代理となる」

「はえーワープポイントですか」

「望む町の最も熱心な我が信者の神殿や家屋、町以外でも吾輩のための祠に通じており、そういった場所であれば汝の任意の場所に顕現が可能であり、帰還もまた可能である」

扉からはかすかにまばゆい光が漏れ出していた。


 さて、とハザナスは手を鳴らすと、人魂たちは彼らの身に着けているものと同じフードの付いたローブ、それと眼鏡を持ってきた。

「そのメガネは汝の瞳の焔を定命の者に見せぬためのものであるために此岸においては着用を義務とする。そのローブは我が配下や信者の多くが着用している品である故、地上においてある種の身分証明となるであろう。汝のその衣(セーラー服の事)は目立つが特異性を示すには都合がいい、そのローブを上にまとうだけで見る者が見れば超常なる者だと察すであろう」

彼女は眼鏡を装着し、ローブを広げた。大きく眼孔と口から冥界の火を噴く頭蓋骨が刺繍されている。ミコトは眉をひそめた。

「…なんですこれ」

「吾輩を信仰する者たちが掲げる聖印である」

ミコトは小さく「かわいくない」とぼやいた。

「本来はこの冥界、エレボス界について…宮殿の外も紹介してやるべきなのであろうが、汝若くして道半ば力尽きて生恋しかろう、今一度生に触れてくるがよい」

懐から小さな袋を取り出し、ミコトに渡した。

「少額であるが、地上で好きに使うとよい。今日より三日は店や食堂に入り人々の生活に触れてくるとよい。この世界の生知らねば死もわかるまい。そのローブに身纏いてエレボス信者としてふるまえば定命の者たちからどのように見られるか。それを知れば吾輩をどのようなものとして人々が見ているか知れよう。夜になればここに帰るか、信者たちを頼りにせよ。その他は汝の望みのまま好きにせよ」

ミコトはその話中もローブをじっと見ていたが、彼の話が終わると考えていることを実行に移そうと冥界神の目を見て話を始めた。

「このシンボルって変わったら困ったり怒ったりします?」

神妙な顔つきで尋ねるミコトに対し、意図の読めないハザナスは少々困惑しながらも答える。

「我は死と死後の裁き受け持つ神。死は不定ゆえにいかなるものを象徴としようとかまわぬ。それが死を意識させる記号である限り」

「じゃあ、どうやったら変えられます?」

「定命の者たちが新たなシンボルをエレボスの聖印であると広く意識するなればそれは聖印となる」

それを聞いてミコトはにやりと笑った。

「じゃこれ厳ついし気に入らないからかわいいのに変えてもらってきます」

ミコトは扉を大きく開け、すたすたと光放つ中へ入って行き、後には呆然とするハザナスだけが残った。


そしてその宣言通りミコトは新たに赤と青に二分割されたハートに手を当てるシンボルを作り出し、たった一晩の内にそれらを信者に強制し、以後それらが普及していくこととなった。

巨人は絶句した。


『イニシエートの中で最初に世に変革をもたらしたのはハザナスの使者ミコトであった。彼女はそれまでのハザナスのシンボルから一新されたシンボルを作り出し、以後はそれらを掲げるよう各地のハザナスの聖職者たちを一晩のうちに説得して回った。彼女を疑う者に対し彼女は眼鏡をはずし、その瞳に燃える冥界の火を見せることで己がハザナスの使いであることを認めさせた。ハザナスの新たなシンボルは神学者たちを大いに悩ませた。それは使者というものがはじめて現れたという困惑もあり、人の世に大きくかかわることがないとされた自然神たちの中で最も畏敬の念向けられる死をつかさどるハザナスが人の世に介入したという事実は恐怖そのものでもあったからだ。新たな”心臓と手”のシンボルは「ハザナスはいつでも死を与えることができるという象徴である」「胸に手を当て、生と死について常に考えよとする象徴だ」など様々な憶測が完全普及した後世でも飛び交っているが、よもやかわいくないからなどという理由で変えられたとは誰も思わないのであった。

 この始まりにより世の人々の中には変化する世界を感じ取る者も現れ始め、ある種のクッションとして働いた事件でもある。また、後に歴史学者たちが混沌期と呼ぶ時代の始まりをこの事件とするが、それは全く正しいといえる。イニシエートたちによってかき乱される世のまさしく始まりなのだから。』

 ―――――――――――――――――――――――――――賢者セラニスの書より

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