第25話 エピローグ

「事務所の様で事務所でない」

「ベンベン」

「そこが何処かと尋ねたら」

「瓦礫、瓦礫、瓦礫……」

 付き合いのいいラーラであった。

 実際事務所は瓦礫と化していた。

 それもこれもカオスが事務所を留守にしたからである。

「おーい」

 無無明は情報端末を以てカオスに連絡を入れた。

「何っすか?」

「事務所が廃墟になってるんだが」

「にゃはは。当然っすね」

「まぁ当然ではあるんだが」

 否定しない無無明。

 そも……そのためのカオスである。

「今どこにいる?」

「無無明が襲われた喫茶店」

「すぐに戻ってこい」

 有無を言わせない。

 もっともそうでなくともカオスは戻ったろうが。

 顔を見せたカオスは、

「ふわぁ」

 と瓦礫と化した無無明探偵事務所を見るのだった。

「どうするんです無無明?」

 ラーラが問うてくる。

 言外に、

「ここまで破壊されては」

 という意見が透けて見える。

「大丈夫だ」

 対して無無明はラーラの白い髪をクシャクシャと撫でた。

 本当に、

「どうでもいい」

 と思っていることをラーラは痛感させられた。

「じゃあカオス」

「はいはい」

「拒絶してくれ」

「はいな」

 軽く返事される。

 そして瓦礫となった無無明探偵事務所に触れるとカオスは『破壊し尽くされた事務所』を《拒絶》した。

 まるでビデオの逆再生のように瓦礫と化した事務所が元通りになる。

「……え?」

 ポカンとするラーラの疑問も当然だろう。

 破壊し尽くされた事務所が一時……というより一瞬で元に戻ったのだから。

「どゆこと?」

 説明を求める。

「別に不可思議なことでもないんだがな」

 無無明は肩をすくめる。

「そもそも何で外出するにあたって……いつもカオスが留守番していたと思う?」

「そういえば……」

 何でか。

 それがわからないラーラ。

「何ででしょう?」

 クネリと首を傾げる。

「それがカオスの能力だからだ」

 コックリと無無明は頷く。

「にゃはは」

 とカオスは笑う。

 金髪が揺れ、碧眼が揺れる。

 絶世にして不世出の美少年であるカオスが笑えばそれは万金に値する。

「カオスの……能力……?」

「カオスは契約者なんだよ」

 あっさりと云う無無明に、

「契約者……!」

 驚愕を示すラーラ。

 さもあらん。

 カオスが契約者として活躍した試しが無いのだから。

 そも契約者であれば無無明の傍にいて異能でフォローするのが当然だとラーラには思えてしょうがなかった。

 が、

「わかってるよ」

 と無無明は言う。

「カオスの異能は留守番してこそ効果を発揮するんだ」

 意味の分からないことを無無明が言う。

「にゃはは」

 カオスが笑った。

「どういうことですか?」

 当然の疑問。

「カオスの契約した超常存在は……」

 くわえたタバコの紫煙を吸ってフーッと吐く。

「ルキフグスなんだ」

「ルキフグス……?」

「俺のサタン……即ちルシファーと相対する存在。クリフォトにおいて『拒絶』をつかさどる悪魔だ」

「拒絶……」

「然り」

 無無明はタバコを楽しむ。

「嘘を言ってもしょうがない」

 そんな意図が見て取れた。

「にゃはは」

 カオスが照れる。

「なんで……?」

 ラーラが狼狽する。

 ともあれ欠損一つなく瓦礫から完全に修復された無無明探偵事務所にてカオスの淹れたコーヒーを飲む三人。

「どういうことです?」

 ラーラの疑問も当然だろう。

「何が?」

 わかっていて惚ける無無明も大概だ。

「どんな異能を持てば一瞬で瓦礫から事務所を修復できるんですか?」

「因果律の操作」

 無無明の答えは簡潔を極める。

「因果律……?」

「因果律」

 頷いてコーヒーを嗜む無無明だった。

「どういうことです」

「カオス。後お願い」

「にゃはは。わかったっす」

 安請け合いをするカオス。

「カオスは因果律を操作できるんですか?」

「拒絶という形っすけどね」

「拒絶?」

「拒絶」

 ラーラの疑問に相槌を打つ。

「つまり因果律の拒絶。事務所の崩壊を拒絶すれば崩壊した事務所を直せるし、無無明の死を拒絶すれば死んだ無無明を生き返らせられる……とそういうわけっす」

「じゃあ無無明が生き返ったのは……!」

「そういうことっすね」

 即ちルキフグスの拒絶。

 その異能を以て死んだ無無明の「死」を拒絶した結果である。

「だから無無明は……」

「そ。命の保険として僕を持っているっす」

 即ち死んでもカオスの異能……ルキフグスの拒絶を以て死を隔離できるのである。

「そしてカオス自体は害性行為を常々拒絶できるから不意打ちで殺されることもない」

 そういうことなのだった。

「問題は……」

 やれやれとコーヒーを飲みながら無無明がぼやく。

「神之御手の無力化を示す俺がレコンキスタ委員会に狙われるってことだよな」

「あ……」

 状況の悪化をラーラはようやく理解する。

 そうなのである。

 無神論を体現する無無明の契約先……サタンは神之御手を無力化する。

 それを見逃すレコンキスタ委員会とは思えない。

 聖人の否定を旨とするレコンキスタ委員会には涎ものだろう。

「やれやれ」

 コーヒーを飲み終えるとタバコに火を点けてニコチンを摂取する無無明。

 それだけではない。

「ラーラも狙われるしな」

 必然だ。

 クオリアを持つ聖人。

 それはマリアの異能である催眠にかかったことで証明されているも同然だ。

 仮にラーラが哲学的ゾンビならばマリアの異能は通用しなかっただろう。

「あう……やっぱり迷惑?」

 ラーラが問う。

「無明にとっての俺ほどじゃないな」

 それが無無明の言葉だった。

「無明?」

「…………」

 ラーラの疑問に無無明は答えなかった。

 無無明は無明に色んな物をもらった。

 魔王も……遺産も……生き方も……強さも……その全てを無明からもらった。

 無明は無無明を見捨てても良かったのだ。

 だが無明はそうしなかった。

 無無明に教養を刻み込み、力の使い方とその根源を写し込んだ。

 だから、

「別に気にすることじゃないさ」

 魔王の契約者はそう言った。

 それが無明に与えられたものを他者に与え返すという行為だと信じて。

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最終人類都市アオン 揚羽常時 @fightmind

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