第6話 デパ地下で買い物をしろ、わたし。

プルルルル、プルルル

「はいもしもし、研修医の山田です。」

「おはようございます。先生、朝の採血が3人分あるので、お願いします。」

「はい、すぐ行きます。」

看護師さんからのモーニングコールで目覚めた土曜日の朝、7:03にベッドから抜け出し、とりあえず歯を磨いて採血に向かう。朝の仕事が終わったあとは、サンドイッチとカフェラテでのんびり過ごしてから病院をあとにした。のんびりしていたら、青野先生からPHSに連絡が来て、「山ちゃん、今なにしてんの?朝飯食べた?コンビニ行かへん?」「山ちゃん、今日この後何か予定あるん?どっかで昼飯一緒に食べへん?」とかお誘いの言葉をもらえるんじゃないかな~と思っていたけれど、そんなのはただの妄想で終わってしまった。

帰宅して、お母さんに買ってもらった黒のワンピースに着替えて、髪を巻いて、ちゃんとメイクをしたら、お母さんからもらった黒のカシミアにラインストーンのついたカーディガンを着て、オフホワイトのコートを羽織った。大学入学のときに買ったお気に入りの黒喉がエナメルパンプスに足をいれて、颯爽と家を出た。

おばあちゃんとの待ち合わせは四条河原町にある百貨店の前だった。久しぶりに百貨店に来て、何だか気分が高揚した。百貨店で買い物をすると、自分を大切にしているような気がするのだ。久しぶりに会えたおばあちゃんは、チェック柄のチェスターコートを着たおしゃれな姿で私の前に現れた。

「りぃちゃん、久しぶり。元気にしてた?」

「あ~おばあちゃん!元気~おばあちゃんも元気?会いたかったぁ。」

「うん、私もよ。ごはんどうする?」

おばあちゃんは、寛容でおしゃれで、話上手で聞き上手で、世話好きでプレゼント好きで、私にとっては完璧な存在だ。

百貨店の最上階にある京料理の老舗で昼食をとった。おばあちゃんが台湾旅行に行ったときのお土産として、免税店で買った財布とドライマンゴーと茉莉花茶をくれた。老後はおばあちゃんみたいに人生を楽しみたいものだ。

「おばあちゃん聞いて。私、お見合いしたいねん。」

お見合いをしたいというのは、しばしば口にする言葉で、好きな人がいるとかそういうことは別にして、出会いがない今の状況を抜け出したいという気持ちから来るものだ。本当に今すぐ結婚したい訳ではない。

「あんたまたそんなこと言うて。でもまだ勉強してる状況でしょう。研修医の間はねぇ。」

いつもこれだ。そんなこと言って、今もう私は25歳になってしまって、研修医が終わる頃には26歳で、それから見つけて27歳に婚約して28歳に結婚するとなると、ベストではあるが、何も経験せずに終わってしまう。それに、周りの友達はモテるし、次々と彼氏ができて、学年の何人かは結婚してしまう。二年目が終わる頃にはフリーの同期の男はほとんどいない。28歳までに結婚したくて、そのためには27歳までに婚約が必要で、26か27歳には彼氏を作る必要がある。幾度もこういう話をネタに女子会で盛り上がってきたが、とうとう25歳になった。この歳になると、妙に焦りを感じてしまうものだ。焦りつつも自分の感情を抑えきれずにぶくぶくと太っていく自分に悲しくなり、自己嫌悪に押しつぶされてメンタルが削られていく。《別に、結婚しなくても一人で生きていけるし。》女医には逃げ道があるのだ。

おばあちゃんに春服を2着買ってもらった後は、百貨店の地下の食料品売り場へ来た。普段病院の帰りにスーパーで適当に食材を買ったり、コンビニでご飯を買ってバカみたいに食べたりしている私にとって、久々のデパ地下は天国だった。同じどら焼きを買うのでも、コンビニと大して変わらない値段で有名和菓子店のどら焼きが買えたり、値引きされたお惣菜屋さんのお弁当が500円近くで手に入ったりと、今まで適当に送ってきた自分の食生活に必要だったのと同じ経済力で充実感が何倍にも跳ね上がるデパ地下の魅力に圧倒された。食材を買ってもらい、おばあちゃんと別れた後は、大量の荷物を持って帰宅し、買ってもらったハンバーグとパスタサラダと、レンジでチンしたパックのご飯を食べて幸せに浸った。食器を片付けた後は、急遽スマホアプリで急遽美容院を予約して、髪をピンクがかった茶髪に染めて、ジムで筋トレとサイクリングをして夜を過ごした。


男の肌に触れる試練、仕事の勉強、英語の勉強、自分・他人へのプレゼント、好きな人に会いに行く試練、達成ならず。

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