第5話 贅沢になるな、わたし。

目覚めたのは6:07で、スエットを着てベッドの上でうつぶせになっていた。テレビはつけっぱなし。頭がすこししっかりしてきた頃、昨日はジムにも行かず、お風呂にも入らずに寝てしまったことを思い出した。

体重を測ると59.8kgで、昨日より100g軽くなっていることが分かって、ジムに行ってお風呂に入っていれば59.5kgになったのに、と早くも後悔してしまった。

寝ぼけ眼で食パン1/2斤を食べて、お風呂に入った。化粧水、オイル、日焼け止め、BBクリームでしっかりメイクしたあと髪を巻いて、ピンクのワンピースを着てオフホワイトのコートを羽織って、お気に入りのネックレスをつけて、ピンクのお花が揺れるピアスをつけた。ボルドーのヒールを履いてピンクベージュのハンドバッグを持って自分としては満足な楽ちんスタイルで出勤した。

病棟の看護師さんと少し仲良くなって、自分の存在が認識されていることに嬉しくなった。仕事してるって言われたことが嬉しかった。将来進む気はないけれど、本気で学ぼうと今さら思ったりして、病理の勉強をしっかりすることにした。

当直でジムに行けない分階段を使って必死に走ったりしてみた。お昼ごはんはおにぎりに2個だったけれど、忙しすぎてそれで十分だったし、普段どれだけ食べてんねんって話である。夕食は出前でお造り定食を注文して、先生方と話して思ったのは、会話が続くのは、話上手と聞き上手がいるからで、どちらも知っている情報が多くて、どちらにとっても興味のある話で、突っ込みどころのあるネタを用意しているということだ。コミュニケーション能力を高めたいと、夕食中に「へぇ~」と愛想笑いしか出来ない自分が悲しくなった。

当直の夜、青野先生も当直ってことは知ってたけど、わざわざ会いに行くなんて出来なくて、悲しいけどシャワーを浴びて当直室で横になっていた

プルルルルル

緊急オペに呼ばれたのかと思い、焦ってPHSをとった。

「はい、研修医の山田です。」

「あ、青野やけど。何してんの?」

「えっと、ベッドでゴロゴロしています。」

「きみちゃんが寂しがってんねんけど。こーへん?」

本当は、喜美子が青野先生に私が当直ってことを伝えてくれないかと期待して、しょうもないネタでずっと連絡をとっていたのだ。期待はしていたけれど、本当に青野先生から連絡が来るとは思っていなかった。

「え!行ってもいいんですか!?」

「お、おぅ。ええよ。」

「じゃあ行きます!」

消化器内科の研修が終わったあとも、よく青野先生に会いに行っていた時期があった。その時は恋ではなくて、ただ、上司に気に入られているということが嬉しかった。他人よりも可愛がってもらっていて、私は違う、認められている、と思えた。

「うわ、山ちゃんまた来てるやん。暇なん?今の科、居場所ないの?」

しばらくたった頃に青野先生に、めんどくさい奴と思われているような言葉を突きつけられて、もう二度と自分からは会いに行くまいと決めたのた。だからこそ、青野先生に直接呼ばれたことが嬉しかった。おそらく喜美子が気を遣って青野先生に私を呼ぶように頼んだのだろうけれど、それでも嬉しかった。

青野先生と喜美子に会いに行ったが、二人とも仕事中であり、あまり相手にはされなかった。やっぱり別に本気で会いたいと思ったわけではなかったのだと思うと、悲しかった。

「めっちゃシャンプーの匂いするやん(笑)。」

先生が最後に私に向かって言った言葉は、少し恥ずかしい、まるで私がモテテクとして色気を演出したみたいな台詞だった。

「嬉しそうやったね(笑)。」

当直室に戻った頃に、喜美子からメッセージが届いた。

「バレバレ?」

「何が?」

あ、バレてないのか?

「嬉しそうやったこと。」

「でも、青野先生も嬉しそうやったよ。」

会えたのに、嬉しくないのはどうしてだろう。贅沢になってしまった。青野先生から連絡が来るだけで嬉しかったのに、話しかけてほしいと思うようになってしまった。喜びと寂しさを感じながら、当直室で眠りについた。


部屋をきれいにする試練、ジムにいく試練、自分と他人へプレゼントをする試練、男の肌に触れる試練、英語の勉強、達成ならず。

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