最終回

七月七日(金) 一九時〇〇分


(あぁ……もし私の願いが叶うなら、あの人ともう一度会いたい)

 自宅のベランダから見える夜空を埋め尽くす星。娘と一緒に見ながら、そう願う私。突然、夫を亡くした私にとって、純粋な願いだ。かといって叶う保証も無い。もしこの世に神様がいるなら叶えてくれると思うし、「夫を生き返ってほしい」ところだが譲歩して「夫に会いたい」とい願いにした。

 今日は七月七日。そう七夕だ。七夕の由来は「織姫と彦星」の説が有名で、私も幼い頃に祖母からそういうことだと教えられた。しかし、偶然 大学の教授が日本伝統に詳しい方で、その方が言うには禊の行事が由来らしい。「乙女が棚に織った着物をそなえて神様を迎え、秋の豊作と穢れを祓う」という神事で、その着物織り機を「棚機たなばた」と呼ばれることから、七夕が「たなばた」と呼ばれるようになったらしい。そして、七夕で願い事をするのは昔 寺子屋の子どもが願い事をしたことが始まりとされている。世の中では「世界平和」や「お菓子をたくさん食べられますように」、「仲良くなれますように」など人によって願い事は異なる。

「ママ♪ ねがいごとはなににした♪」

「うん、(娘)ちゃんが元気に育ちますようにお願いしたよ」

「ママとおなじだ。ママとさわちゃんがげんきでいられますように、とおねがいしたよ」

「う~ん、おりがとう。ママは幸せだし、さわちゃんも喜ぶよ~」

 私は娘を抱き、右手で娘の頭を撫でた。そして、娘は嬉しそうに微笑んだ。

(親を思ってくれる娘を持つなんてこれ以上の歓びはないだろう)

 娘の口から出て来たさわちゃんは私の職場の七つ歳の離れた後輩で、両親と夫の他界、義両親の結婚反対、頼れる親戚がいないという頼れる人のいない私を励ましてくれる人だ。いや、後輩という言葉が合う存在ではない。むしろ、「大事な人」という言葉が相応しい。仕事や育児による疲弊と外出ができない私のために娘の面倒見てくれ、自ら私と一緒になりたいと言ってくれた。内心、嬉しく、私と娘も彼女と一緒に居たい気持ちはあったので、「OK」と返事をしたかったがあまりに急な事だったので、保留にしてしまった。(いつか返事をしないといけない)

 心中、さわちゃんとの関係について考えている内に玄関の方からインターホンが鳴った。私と娘は玄関に向かい、私は玄関の鍵を解除して扉を開けた。

「遅くなってごめんなさい」

 そこには私の後輩であり大事な人であるさわちゃんがいて、すぐに遅刻したことを謝った。

「さわちゃん、こんばんは♪」

「おおっ、えらいえらい♪ はいっ、こんばんは」

 娘はさわちゃんの足に抱き着きさわちゃんは持っていた荷物を地面において、娘を抱き上げた。娘とさわちゃんは笑顔で向き合い、私は彼女の荷物を持って、彼女を家に入れた。

「あっ先輩、すみません」

「ううん、大丈夫よ」

「さわちゃん、お腹すいた」

「そうだね。お腹ぺこぺこだね」

「二人とも、そろそろご飯にしようか」

 私は彼女が来る前に作っていた「野菜のサラダそうめん」と「唐揚げ」を出した。

「さすが先輩です!」

「ありがとう。デザートにはこれがあるわよ」

「おおっー」

「はやくたべたい♪」

「そうね、早く食べましょう」

「では、いただきまーす」

 私は冷蔵庫からゼリーをだし、娘たちに見せた。娘の一言から私たちは食事を開始した。


******


二一時三〇分

「今日もありがとう」

「いえいえ、お招きいただきありがとうございます。待たせてしまい、すいません」

「そんなことないよ。仕方がないよ。急な残業だもの」

「そうですね。まったく、課長が資料作成を忘れるなんて」

「まあ、あの人もかなりの案件を抱えているし、周囲でも心配視されていたからね」

「課長も人が良すぎますよ」

「・・・」

「・・・」

 娘を風呂に入れ寝かしつけた後、私とさわちゃんはリビングでお茶を飲みながら話している。普段なら、私の方から何かしらの話題を振って、彼女と時間を過ごす。しかし、なぜか今夜は他に話したい話題があるにもかかわらず、話をすることができない。原因は緊張によるもので、私が目の前にいるさわちゃんに緊張して、彼女と目を合わせず、下を向いている。大事な人が近くにいると緊張するのは自然なこと。それが分かっていても、緊張するのが「恋」というものだ。

「どうしたんですか、先輩。いつもと様子が違いますよ?」

「そうかな? いつも通りだけど……」

「ええっ、肩に力が入っているように見えます。何かお悩みなら相談に乗りますよ」

「うん……」

 私は彼女からの言葉に対する返事を考えるが、緊張していて言葉が見つからない。さわちゃんは目を合わせない私を心配そうに私の顔を見る。

「・・・」

「・・・」

 会話が無いせいで、虫の鳴き声がよく聞こえる。

「本当にどうしたんですか、先輩。本当に様子が変ですよ」

「うん、本当のこと言うね」

「はい」

「今夜、あなたが来る前に娘と夜空を見ていたの。その時にあなたが私のために優しくしてくれた時のことを思い出したの」

「ありましたね、あれから一年が経ちましたね」

「うん、あの時は辛いくて何もかもが嫌になっていたから、職場の空気を重くしていて、居づらかったわ」

「大切な人を亡くしましたから、無理もありません」

「そんな時にあなたが声を掛けてくれた。最初は単なる同情としか思ってなかったけど、私のためにお出かけや娘の面倒を見てくれて、「あぁ、この人は私のためにしてくれている」と思って、あまりに嬉しくて泣いたわ」

 さわちゃんは真面目な顔持ちで私の目を見ていた。

「一年前のことを思い出していたら、つい。ついね、心臓がドキドキして、心が苦しくなって……。加えて、あなたが私に「好きです」と言ってくれたことを思い出して、気持ちが落ち着かなくなったの」

「そうですか……」

「ただ、分かっているの。私があなたのことが好きだということを」

「!」

 さわちゃんは私の口から出た「好き」という言葉が出た事に驚き、目を見開いた。

「だから言うわ。澤井さん……私はあなたのことが好きです。子持ちの身ですが、私と一緒に人生を送ってくれませんか」

 私は勇気を振り絞って、彼女にプロポーズをした。さわちゃんは涙を流し返事をした。

「はい、嬉しいです。こんな私でよければ、よろしくお願いします」

 彼女は私のプロポーズに了承した。

「では、先輩。その印にキスをしましょう」

「ええっ」

 私たちはお互い向かい合い、キスをした。それは柔らかく、甘く、時間を忘れさせるものだった。



****


 あれから、一年が経過した。澤井さんは私と娘と一緒に住むことを決め、私と娘が住むマンションへ引っ越しした。とはいっても、私が住んでいる部屋ではなく、同じ階の部屋に引っ越しした。理由はさわちゃんが「お互いのことはしばらく周囲には秘密にしましょう」という発言から、そうすることにした。とはいっても、一部の同僚は分かっているし、上司が理解ある人なので、気持ち的に楽である。また、夫の義両親はこの事を知らないが、私の決めた事なので義両親と衝突しても後悔しない覚悟もある。

 娘もさわちゃんと一緒にいられるようになることを知って、大喜びをした。


****



親愛なるあなたへ

 あなたが亡くなってから多くの時間が経ちました。娘も大きくなって、元気です。時にやんちゃして私を困らせるところがあって大変です。元気なところはあなたに似ていますね。

 あなたに報告することがあります。私は新たなパートナーを見つけました。あなたが亡くなって悲しんでいた私を支えてくれた大事な人です。

 出会った頃も財布を落として動揺していた私を心配して、一緒に探してくれましたね。私がお礼にということで食事に行った後に出かけた時も私を気づかってか、逆に私が楽しませられましたね。どこか犬みたいなやんちゃで人を引っ張る、そんなところに私は惹かれました。そして、あなたと結婚し、娘を生むことができました。私はこんなにも幸せでいいのかと、いまだに思います。あなたが亡くなって恩返しができなく、私はどうしたら良いか悩み、私はあることで恩返しをしようと思います。それは私が幸せであり続けることです。私が笑顔であり続けなければ、たぶんあなたは心配して、私の前に化けてくるでしょう。これ以上、あなたを心配させないために私は幸せになります。私は立ち止まらずに前を向いて歩きます。あなたのことは忘れません。あなたと出会えて良かったです。

 娘が大きくなったら、あなたのことを話します。どうか私と娘、そしてさわちゃんを温かく見守って下さい。


あなたが愛した妻より

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私はもう一度、恋をする 魚を食べる犬 @dog_eat_fish

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ