何もかも燃えてしまったこの世界で

コノハ

何もかも燃えてしまったこの世界で

 ここは、どこだろう。ふと意識が回復する。全身が痛い。私は呻き声を上げながら目を大きく開く。視界に飛び込んできたのはまるで夢のような炎の世界。みんなみんな燃えている。ありとあらゆるものが燃えている。私はうつ伏せで倒れて、何かが私に覆いかぶさっているようだ。私はその黒い塊から這い出し、痛みに耐えながら立つ。熱い、今更の様に汗が出る。よく見てみると私が住んでいた場所に似ているようだ。でも、そんなはずはない。私の住んでいる家は炎になんか包まれていないから、ここは私の家ではない。それはつまらない現実逃避なのだと分かっている。それでも真実が受け止めれない。いきなりこんなものを受け入れられるものか。家族に、小さい割りに聡明な子。そう言われていた私ですら困惑している。なんなのだこれは。


 しかし、いつまでもここに居られない。私は焼け死にたくなんかない。自分の姿を見れる余裕が出てきた。私服は焦げ付き、髪も靴もぼろぼろだ。体のあちこちが痛い。大きな怪我は脇腹が出血していることだろうか。怪我を認識した瞬間、脇腹が燃えるように痛んだ。このままでは死んでしまう。でも、生き残っている人はいるのだろうか? 人影すら見ない。避難しているか、もうすでに死んでしまったのか、分からないが歩かなければいけない。




 少し歩いて行くと、中心部の広場に着いた。まだあまり炎は着ていない。入り口に立ってあたりを見るが生存者らしき人はいない。もっと奥へ、そう思い歩いていたら誰かが倒れているのが見えた。知らない人だ、少し怖かったが、今はそんなことを思っている場合でもないのを思い出し、足を進める。近付いてみて分かったが、もうこの人は生きていない。重度の火傷かなにかで死んでしまってる。それを確認して少し立つと、自然と涙が出た。吐き気もある。知らない人だが生きているかもしれない。そう思い、ここに来たのだが、居るのは死人だけ。それも火傷を負い、見た目で涙が出て、臭いで吐き気がする。自覚したとたん一気に気分が悪くなり、膝を折り、腹を曲げながら胃の中のものを出す。胃酸で喉が焼け、あふれる涙は止まらない。私は独りだ。周りには誰も居ない。やっと見つけたのは死体だった。どうすればいいというのだ。ここには希望すらないのか……


 街の外に逃げれば、そう考えてもこの傷ではたとえ逃げれたとしても死んでしまうだろう。意味は、無いのだろうか? 死んでしまうなら、この公園で死ぬのも悪くは無い。だが、本当にそうだろうか。本当にここで死んでしまってもいいのだろうか。あがき続けなくていいのだろうか。そう自分に問いかける。どうせ死ぬのだったら歩き続けてもいいのではないのだろうか。それに、私の家族も避難しているかもしれない。皆燃えてても街の外に居るかもしれない。だったらせめて家族の顔を見ながら死にたい。そう思うのはいけないことではないはずだ。死にたくは無い。でも、このままだったら死んでしまうことは避けられない。ならば歩き続けるしかないのだろう。そうと決まったら早く行かなければならない。考えている間に私の命はだんだんと少なくなっていっているのだから。




 熱い。何もかもが燃えている。汗も絶え間なく出て、脱出する前に脱水症状になってしまいそうだ。それらのことに焦りや不安が絶えない。脇腹からの出血も焦らせる原因となって私を蝕んでいる。あれから歩き続け、街の外側に近付いている。しかし、何度も炎に道を塞がれて遠回りをしなくてはいけなくなった。休憩などしたくないが、予想以上に体力などの消耗があり、休みながら歩いている。まだ時間はかかるだろうが、希望は見えてきた。後は、急いで、それでいて体力などを消耗させないようにしなければならない。頑張れ、頑張れ、私はまだ歩ける。そう自分を鼓舞しないと挫けてしまいそうだ。心が折れてしまったら、立ち上がれないだろう。その恐怖が足を速め、無駄な体力を消耗させる。そしてまた焦る。なんという悪循環だろうか。分かっていても、早く逃げたいと心が叫ぶのだ。もうこんな所には居たくない。早く安心できるところに行きたいと。何度も涙が溢れ、唇をかみ締めながら涙を拭う。何度も何度も思った。どうして私がこんな目にあわなくてはならないのだろうか。理不尽である。ただ、突然襲い掛かってくるもの。そういうことは分かっているのだ。だが、認められない。幸せがこんなに簡単に崩れてしまうことに驚きを通り越して怒りが溢れ出す。


 今なら分かるのだ。馬鹿みたいに能天気に遊んで怪我をする。それで父に、あまり騒ぎすぎるのも問題だな。と呆れられて、私が不貞腐れて父が困ったように笑う。それがどんなに大切であったのか、私の大部分を占めていたことを失って始めて知ったのだ。無論父が死んでしまったなど分からないことだ。しかし、考えてしまったからこそ恐ろしい。私を守護してくれる家族がいなくなってしまうという事は、生きていけないという事だ。たった一人で生きる術を知らない子供など飢え死にしてしまうだけだ。それにまずはこの街を出て、最低限の治療を受けなければいけない。それか、患部を縛って治るまでどうにかするかである。いずれにせよここから生きて出なければどうすることもできない。だから早く出よう。


 それに、靴は磨り減って足が外気に触れている。それに穴も開き、踏んでしまった石によって少量の出血もある。道を確保するために退けたものや、走っていて転んだりして腕も胴体も擦り傷だらけなのだ。焦りは消えない。




 遂に外に出る門が見えてきた。見た途端、安堵で座り込みそうになるが、ここまで来たら、早く外に出ようと思い、全身に力を入れる。痛みを発する両足を無理やり動かし、走る。息が苦しい。脇腹が痛む。触ってみたら、赤い液体。つまり血が手についた。膝まで垂れている。でももう少しなのだ。それくらいは無茶をさせろと体に命令する。しかし、突然眩暈が起こり、バランスを崩し倒れこんでしまう。痛みに耐え前を向く。門はすでに通り越し外に出ている。それに歓喜と絶望が私を襲う。出られた、出られたが誰もいない。そう、いないのだ、誰も。見える範囲に人はいない。これは誰も助かっていないということなのか。いや、違うどこかにいるはず。そう考えても頭では分かっている。助かった人はいたとしても、もうここにはいないのだ。私独りしか存在しないのだ。そう認識した途端に体から力が抜ける。そこに雨まで振ってきた。流しすぎた血と雨のせいで体が震える。寒い、体を丸めどうにか熱を確保しようとする。しかし、天はそれをあざ笑うがごとく雨を降らす。涙が溢れる。こんなところで死にたくなんかない。いやだ、いやだと首を振る。嗚咽がこみあげる。助けて、助けてよお父さん。私を独りにしないで。見捨てないで。ああ、ああ。段々と目の前が暗くなっていく。そのことに絶望の色を隠せない。怖い、怖いよ。寂しいよ。痛いよ。ねえ、どこにいるの?お父さん。


「ねえ、お父さん。どこにいるの?」


 叫ばすにはいられなかった。この声よ誰かに届けと祈りながら言った。涙で視界がにじむ。何分も待ったが誰もこない。分かりきった事だが悔しいことには変わりない。目を閉じて少ししたらまどろむ様に意識が薄れていく。が、数分経った時、何かの気配で目が覚める。その目に映るのは誰かの人影だった。ぼやけた視界ではそれ以上のこと分からずに意識が落ちていく。そして、最後に聞いたのは誰とも知らぬ人影の笑い声だった。それに安堵を抱きながら私は沈んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何もかも燃えてしまったこの世界で コノハ @lux

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る