第2話「食屍鬼なび」

 ここはとある剣と魔法の世界の魔王城。

 今日も世界を支配すべく、魔王と四天王たちが会議をしていた。


「さて、反省会はここまでにしておこうかの」


 魔王の言葉に、『邪将』ゴッドホルトは安堵のため息をついた。四天王たちは『Mahoo!知恵袋』を使った情報戦の失敗を魔王に咎められていたのだ。

 ゴッドホルトは魔王からしばらく文句を言われていたが、これはまだ軽い方だ。

 左を見れば『智将』ラインヴァルトがゴキゴキと肩を鳴らしている。

 反省文をひたすら書かされていたためだ。流石に魔王とて己の教育役でもあったラインヴァルト老には遠慮したのだろう。

 右を見れば、『忠将』ジークリンデが魔王からげんこつを頂いてできたたんこぶを痛幸せそうになでている。

 細かいことは無視しておきたい。ジークリンデは魔王軍でもっとも忠義深いのだ。魔王様から賜ったものはげんこつでも嬉しいのだろう。そういうことにしておきたいとゴッドホルトは思った。

 背後では『奸将』レナートゥスが見るも無残な姿になっていた。不死の大悪魔でなければ明らかに致命傷だった。

 もっとも、不死だからこそ何度処罰されても無謀な野心を抱き続けられている節もあるのだが。いい加減あきらめてほしいとゴッドホルトは思った。

 

「んじゃ、次の作戦じゃが……」

「おまかせください魔王様。このゴッドホルトが新たな情報戦の策を用意しております」


 そう言ってゴッドホルトが魔法タブレット取り出すと、魔王とジークリンデが顔をしかめた。


「えー、また情報戦か?」

「もっと人間どもを血を吐かせて殺すタイプの作戦はないんですか?」

「ジークリンデ、そういうのは勝手にやってください。あなたそういうの得意でしょう。今はそれよりももっと大局的な作戦を建てるべきです」


 ジークリンデはなおもピンと来ていない顔だ。それを見て魔王がため息をついた。


「のう、ゴッドホルトよ。お主の実力を疑うわけではないが、四天王の一人がこれじゃぞ?大丈夫なのか?」

「自分で選んだ四天王をこれとか言わないでください魔王様。あと、今回は大丈夫です」

「ほほう、この惨状を見てもまだそう言えるとは。どれ、お主の策とやらを申してみせよ」

「自分で選んだ四天王を悲惨なもの扱いしないでください魔王様」


 ともあれ、とゴッドホルトが魔法タブレットの画面を魔法スクリーンに投影しようとしたところで、すっと『智将』ラインヴァルトが立ち上がった。

 長い白髭を蓄えた老人――ラインヴァルトは、自分のスマート魔法フォンを片手にゴッドホルトの言葉を制した。


「ほっほっほ、ここからは儂が説明させていただきましょう。今回使う魔法ウェブサイトを作成したのはこの儂ですからのう」

「ほう、ラインヴァルトが……大丈夫なのか?ラインヴァルトの知略を信じておらぬわけではないが、前回あれだったんじゃぞ?」

「これよりは大丈夫です魔王様」


 指さされたジークリンデは首を傾げた。

 魔王はそれもそうか、とラインヴァルトの言葉を促した。


「前回の儂の……いえ、我々の敗因は魔法インターネットに対する理解が不足していたこと。しかし、21魔法世紀の現代において魔法インターネットを使わないことは手足をもがれたも同然でございます。そのため、まずは魔族専用サイトを利用して魔法インターネットに慣れることから始めることが得策ですと儂は考えております」

「おお、さすがは智将ラインヴァルト。それっぽいことを言うではないか!しかし、そんな都合の良い魔族専用サイトがあるのか?」

「ご安心なされませい。このラインヴァルト、この作戦のために古の文献を紐解き、魔法ガラケーをス魔法スマホに買い換えて最適な魔法サイトを立ち上げました。それがこのレビューサイトでございます」


 ラインヴァルトのス魔法スマホの画面が魔法プロジェクターから魔法スクリーンに投影された。

 そこには『食屍鬼ぐーるなび』というサイトが表示されていた。


「この『食屍鬼ぐーるなび』は食レポサイトでござります。このサイトを見れば食屍鬼のように食欲が湧いてくるという意味をこめて名付けました」

「ほほう、食レポじゃと?」

「ええ、魔族は人間どもと比べて種族差が大きく、横のつながりが薄いのが欠点です。こうして情報を蓄積できるサイトを作ることで魔族間のつながりを強くし、更に魔法インターネット慣れすることで情報戦対策の第一歩となる、という策にございます」

「ほほう、面白い試みじゃ……しかし、ただ魔法ウェブサイトを使うだけでは前回の二の舞いになったりしないかの?」


 心配そうに魔王が言うと、ラインヴァルトはしたり顔で別の魔法ウェブサイトを表示させた。


「そこはご安心を。このサイトは基本的に魔族専用。さらに魔族に魔法ネットマナーを習得させるため、このようにネットマナー講座サイトを開設しました。これを読めば前回のような間違いは起こらぬでしょう」

「それはいいんじゃが……」


 魔王はネットマナーサイトが表示された魔法スクリーンを指差した。

 そこには『魔王様と学ぶネットマナー!』というサイトが表示されていた。


「なんで対談形式なんじゃ?」

「口語体で会話形式の方が幅広く受け入れられるためです。さらにちょっとした毒舌キャラを使い『オマエモナー』『イッテヨシ』『(爆』『(藁』などの魔法ネットスラングを多様することで今時の魔法ネットユーザーにもバカウケと古文書に記されております」

「古文書に記されておる時点で今時じゃないじゃろそれ!」


 ツインテールを振り乱して声を荒げる魔王をゴッドホルトがまあまあ、となだめる。


「ま、まあ魔王様。多少センスの古さはありますが、しかしこのサイトは良く出来ております。それに魔法ネットを用いた情報戦のためにもネット慣れしなければならないのも事実。どうせ魔族しか見ていないサイトですし、一度利用してみてはいかがでしょう?」

「ううむ……それもそうじゃの。じゃあ試しに使ってみるか、ただし!」


 しぶしぶと頷く魔王は未だに納得していない様子だ。交換条件だ、とばかりに彼女はゴッドホルトに指を突きつけた。


「ゴッドホルト!お主もこの『食屍鬼ぐーるなび』の管理を手伝うように!」

「私も、ですか……構いませんが……」

「ほっほっほ、儂も構いませんが、しかし別に儂だけでも問題ありませぬが?」

「前回の体たらくを見てなお信じろというんかいお主は……」


 ほっほっほ、と笑うラインヴァルトに、魔王は大きく肩を落とした。


「まあよい。では、この『食屍鬼ぐーるなび』を使って魔法インターネットに慣れるための練習をするということじゃな。しかし、いきなりレビューといっても難しいかの……何か手本はないのか?」


 魔王にそう問われると、我が意を得たりとばかりにラインヴァルトがス魔法スマホを操作した。

 『食屍鬼ぐーるなび』のトップページを映していた魔法スクリーンに、新たに誰かのレビューが映し出された。


「ほっほっほ、では儂の書いたレビューをお見せしましょう。これを参考にすればよろしいかと」

「ほほう、どれどれ……」


『今回は魔界の有名店、死神ラーメン一号店にうかがわせていただきました

 店内の雰囲気は良好。瘴気の濃さも適切です。ただ、客層がいささか若く、200歳未満の子連れが目立つ点は少々マイナスです。

 肝心の料理は……う~ん、言っちゃなんですが普通ですね^^;(オイ

 有名店ということで期待していたのですが、魔王城の晩餐会で供されるレベル(最低でもすべての項目において5点満点中4.5点以上のレベルです。念のため)の食事に慣れ親しんだ私の舌にはあいませんでした。大衆店としては及第点なんじゃないでしょうか?

 総じて、雰囲気2.5点、料理3点、期待はずれな分のマイナスを加味してで総評2点とさせていただきます。う~ん、ちょっと甘いかな(爆

 以上チラ裏でした』

 

「……」

「その、魔王様。ラインヴァルト老はお年を召して居られますので、センスが……」


 魔王は何も言わず、ただジト目でゴッドホルトを睨んだ。

 ゴッドホルトは目をそらした。


「ともあれ!これを参考に各自次回の会議までに一回以上レビューを書いてくるということでよろしいでしょうか!?」

「……まあ、そうじゃの。何事も挑戦じゃからの」


 テンションの低い魔王の号令に四天王たちはそれぞれ頷き、闇に消えていった


――――


 一週間後、魔王と四天王たちが再び会議をしていた。


「うむ、全員一回はレビューを書いたようじゃな。どれ、見せてもらおうか」

「それでは私のものから御覧ください、魔王様!」


 自信満々に挙手したのは『忠将』ジークリンデだ。

 魔法スクリーンにジークリンデの書いたレビューが表示された。どうやら、喫茶店のレビューを書いたようだ。


『非常に良いお店でした!

 店内の雰囲気は落ち着いていて、ゆったり軽食を楽しむことができます。

 看板娘の店員さんも非常に感じが良くて心地よい時間を提供してくれます。

 味も濃厚ながら後には引かず、素材本来の透き通った味が楽しめました。

 5点満点、また利用したいです』


「ほう、素朴ながらいいレビューじゃのう。じゃがジークリンデ、肝心の何を食べたのかが書いておらんぞ?」

「あら、失念していました。ですが写真をアップしているのでそちらを見ていただければ分かるかと」


 ジークリンデがス魔法スマホを操作すると、魔法スクリーンに写真が表示された。

 そこには看板娘と思しき店員の首筋に噛みつき血を吸うジークリンデが写っていた。


「いやあ、本当に美味しかったです……看板メニユーの名に偽りなしでしたね」

「看板娘を看板メニュー扱いするではないわ!この吸血鬼!メニューに載ってるものを頼まんか!お店に迷惑じゃないか!」

「も、申し訳ありません魔王様……し、しかしこのレビューは好評でして……」


 そう言われて魔王はレビューに目を戻した。

 確かに、他のユーザーからのコメントがいくつか付いている。


『とても美味しそうですね!思わずよだれが溢れてきます!』

『最近はここまで品質がいいのは珍しいですね。私も是非味わいたいです』

『今日味わって来ました!最高でした!』


「ほら!」

「吸血鬼が群がってるではないか!お店の!迷惑!じゃろ!」


 魔王がツインテールと平たい胸を揺らせて怒鳴りつけていたところで、ちょんちょん、と控えめに肩をつかれた。

 邪将ゴッドホルトだ。彼は困惑した顔で、画面の一部を指差していた。


「……魔王様、その、お店のページの更新履歴を見ていただきたいのですが……」


 指差した先には


『好評ありがとうございます!

 本日より限定メニュー『看板娘の生き血』を追加いたしました。

 一日に提供できる数量が限定されていますのでご注意ください』


 と書かれていた。


「商魂たくましいの!?」

「メニューページに看板娘の写真とプロフィールが追加されてますよ……」


 どれどれ、とジークリンデは写真を覗き込み、額を打った。


「あー!これは辛い!飯テロ画像ですよ!」

「可愛い女の子の画像を飯テロ言うんじゃない!……まあでも、誰も損してないしこれはこれでいいのかのう……?」


 誇らしげな表情で胸をはるジークリンデに、魔王は釈然としない表情を向けた。

 しかし、現に今回は炎上してないどころかお店の売上に寄与しているので何も言えない。

 魔王は腑に落ちない顔をしつつ、次の報告を促した。


「ええっと、次はレナートゥスかの?ん、あやつは来とらんのか?」

「ええ、レナートゥスはレビューではなく提供側でページを作ってみたいと言い出しまして」

「ほほう、あいつに料理の心得があったのか。どれ、見せてみよ」


 ゴッドホルトが魔法タブレットを操作すると『食屍鬼ぐーるなび』のページが映し出された。


『《早期予約で特典有り》


《悪魔向けメニュー充実してます》

 魔界では食べられない豊富なメニューでおもてなし!

 リーズナブルな価格で確実にご満足いただけます!


 魔界では人間の絶望や悲鳴が得られない。でも人間界では返り討ちにされる危険性がある。

 そんなお悩みを抱えた悪魔の皆様のために新規オープンいたしました!

 魔族支配地域なので安全安心!

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「ほほう、なるほど。悪魔向け飲食店とは考えたのう……飲食?飲食なのかこれ?」

「まあ、『絶望が我らの糧』とかよく言いいますし」

「比喩表現じゃなかったんじゃのう、あれ……おお、コメントもいっぱいついておるのう」

 

 満足気にレビューページを開いた魔王だが、そこに記されていたレビューを見ると顔色が変わった。


『最悪です!人間をなんだと思っているんですか!評価は1点です』

『騎士団に通報しました。評価は1点です』

『人倫を感じられません。予約特典の充実度を加味して評価は1.5点です』

『こんな内容を載せようと思う気がしれません。評価は1点です』


 そこは人間と思しきユーザーによる罵声の嵐であった。


「また炎上しとるじゃないか!どういうことじゃ!魔族以外アクセスできぬのじゃなかったのか!?」

「そ……そんな!ラインヴァルト老!確かに人間にアクセス出来ぬようサイトを構築したのですよね」

「ええ、もちろんですとも。このように……」


 怒る魔王と動揺するゴッドホルト。

 ラインヴァルトは二人に『食屍鬼ぐーるなび』のトップページを見せた。


「御覧ください。

 『このページは魔族専用です、以下の注意書きをよく読み同意した方のみこちらをクリックしてください』

 と書いております。更に下の方にある『Enter』のリンクは偽装。『Mahoo!』の検索サイトに飛ばされるようになっております。

 注意書きを全部読んで『こちら』をクリックせねばサイトに入れぬ仕様となっておるので、これでは人間が迷い込んでくるはずもございませぬ」

「なんで!それで!人間が入ってこれぬと思うのじゃ!」

「注意書きにきちんと魔族専用と書いてあるのですよ」

「そんなん素直に守るわけなかろうが!」


 魔王の言葉に、ラインヴァルトはほっほっほ、と笑った。


「それはそれは、人間も堕落したものです……これは我らの時代も近いですかな?」

「この程度の堕落で我らの時代はこんわい!ええい、話にならん!ゴッドホルト!なんとかせよ!」

「はっ、只今!」


 ゴッドホルトは魔法タブレットを操作し、管理者権限で人間のレビューを次々と削除していった。

 更に偽装アカウントを駆使し、好意的なレビューの水増しを行う。少なくともこれで炎上している感を減らすことができるだろう。

 せっせとゴッドホルトが偽装レビューを投稿しているところで、トップページの文言が更新された。


『申し訳ありません。

 当店が悪魔向けメニューを増やさざるを得なかったのも、全て魔王の指示によるものなのです。

 当店はあくまでトップの経営方針に従っていた。いや、従わざるを得なかっただけなのです。

 当店を叩いている皆様、冷静になってください。我々はあくまで末端。真の責任はすべて魔王にあるのです。

 こういうことを書いていいか悩んだのですが、あえて書きます。

 重要なのはもとを断つことです。皆様に正しい判断をしていただけることを善良な一店長として祈っております』


「……」

「……」

「……」

「……」


 魔王も、ゴッドホルトも、ラインヴァルトも、ジークリンデも、何も言わなかった。

 ただ、ゴッドホルトだけがそっと管理者用ページを閉じていた。


「んじゃ、今日の会議はここまでで良いかのう」

「はい……あ、今ニュースが入りましたけど、勇者がレナートゥスの領地に向かったそうですよ」

「ふん、いい気味です」

「ほっほっほ」


 魔王は配信されたニュースと増えていくレナートゥスのページのレビューを一瞥し、ひときわ大きなため息をついた。


「んじゃ、次回は新しい四天王の人選でも決めるかのう」

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