今時の異世界ではネットリテラシーが必須スキル

ロリバス

第1話「Mahoo!知恵袋」

 ここはとある剣と魔法の世界の魔王城。

 今日も世界を支配すべく、魔王と四天王たちが会議をしていた。

 

「魔王様、これが人類を滅ぼすための新たな策でございます」


 四天王の中で最も邪悪と言われる男『邪将』ゴッドホルトは、手にした魔法タブレットの画面を魔法プロジェクターで魔法スクリーンに投影した。

 そこには魔法ウェブブラウザで『Mahoo!知恵袋』というサイトが開かれていた。

 それを見て、水着のような露出の高い衣装の上にマントを羽織った少女――魔王は、小さく首を傾げた。首の動きに遅れて美しいブロンドのツインテールがふわりと揺れた。


わらわにはただの魔法ウェブサイトのようにしか見えぬが……これでどうやって人類を滅ぼすのじゃ?」

「確かにこれは人間が運営しているタダの魔法ウェブサイト……しかし、これを利用することでたやすく人間どもを制圧することができるのです」

 

 邪将ゴッドホルトはそう言ってにやりと笑う。

 その姿に、四天王の一人が不快そうに鼻を鳴らした。四天王の中でもっとも忠義深いと言われる女『忠将』ジークリンデである。

 ジークリンデは豊かな胸を不満げに揺らしながら、疑わしげにゴッドホルトをにらんだ。


「こんな魔法ウェブサイトで何ができると言うの?これを見た人間どもが全員血を吐いて死ぬとでも言うのかしら?」


 常人ならばそれだけで言葉に詰まるような視線の圧力を受けてなお、ゴッドホルトは余裕の笑みをくずさない。

 

「いえいえ、そんな野蛮な方法ではありません。もっとスマートに人類を滅ぼすことができるのです」


 ゴッドホルトは腰に差したタッチケンを引き抜くと、魔法タブレットの魔法タッチパネルを操作し魔法プレゼンソフト『MPPマジツクパワーポイント』を起動した。

 魔法プロジェクターから魔法スクリーンに魔ワポの画面が投影されると、ゴッドホルトはタッチケンをスクリーンに向けた。

 剣の先端から赤い光が伸び、魔法スクリーンに点を映し出した。レーザーポインターとしての機能を兼ね備えた多機能型魔剣であった。

 

「現代社会において人間を滅ぼす方法は何も吐血させて殺すだけではありません」

「脳挫傷とかね」

「血が出ない殺し方でもありません。ジークリンデ、一旦暴力から離れてください。現代社会には暴力以外にもこのような戦い方が存在するのです」


 魔ワポの画面に横からすっと

『情報戦』

 という文字がフェードインした。

 

「ふむ、情報戦じゃと?」

 

 魔王が首をかしげ、ジークリンデは得心したとばかりに頷いた。


「なるほど、情報戦とは考えましたね」

「知っておるのか、ジークリンデ?」

「ええ、情報をいっぱい読ませて頭を爆発させて殺すことでしょう。私も『智将』ラインヴァルト老のお話を聞いているときに良くそうなります」

「そうなのか?」


 今ひとつ納得の行かない様子で魔王が尋ねると魔王軍で最も知識の深い生き字引『智将』ラインヴァルトが長い白ひげをなでながら頷いた。


「たしかにジークリンデはよく頭が爆発しそうになっております」

「なるほど!そうなのか!」

「違います。物理的な殺害手段から離れてください。あとジークリンデはもっと勉強してください。ラインヴァルト老は手心をくわえてあげてください」


 たまりかねたゴッドホルトが口を挟んだ。


「情報戦とは、簡単に説明すると相手に間違った情報を流して混乱させることです」


 ジークリンデは今度こそ理解したという風に深く頷いた。


「つまり混乱して頭が」

「爆発しません。例えばですね……魔王様、戸棚におやつが入っていますよ。と言われたらどうしますか?」

「くくく……言うまでもなかろう。この世の甘いものはすべてわらわのもの……!」

「そこにおやつが入っていなかったら?」

「絶対レナートゥスの嫌がらせじゃから呼び出して吐かせる」


 突然名前を呼ばれた『奸将』レナートゥスは、心外だとばかりに声をあげた。


「待ってくれ!いくら俺が四天王の中で最も野心家と言われていようと、それは冤罪ではないか!?それに吐かせたところでおやつは返ってこないぞ!食べちゃってるからな!」

「吐かせるのはおやつではなく血反吐じゃ」


 レナートゥスをジト目で睨む魔王。

 その姿を眺めながらゴッドホルトは説明を続けた。


「と、このように、簡単な間違った情報で魔王様の行動をコントロールすることができるのです」

「なるほど、確かに今珍しく無罪のレナートゥスに血反吐を吐かせそうになってしまったのう。情報戦とは恐ろしい……ん、あれ?今、わらわ、バカにされてない?」

「例え話です。ともあれ」


 魔ワポのスライドに

   嘘の情報を流す

   →敵を混乱させるor敵の行動をコントロールする

    →有利に戦いが進められる

     →世界が征服できる!!

 という文字が連続して現れた。

 派手なエフェクトと共に一連の情報が魔ワポに表示されるたび、魔王の瞳がキラキラと輝いていく。

 

「ほほう!素晴らしいではないか!で、その情報戦とやらに『Mahoo!知恵袋』がどうやって役に立つのじゃ?」

「『Mahoo!知恵袋』は質問サイトです。ここで質問をすると、匿名で誰かが回答してくれる、という仕組みです……例えば、そこで人間の質問に対して嘘を教えたらどうなるでしょう?」

「デマが広がり、最終的にさっきのレナートゥスのように血反吐を吐くことになるわけね。やっぱり血を吐くタイプの殺し方じゃない」


 ジークリンデが自信満々に答え、魔王が頷く。もうゴッドホルトはそういうことにして話を進めることにした。


「既に我ら四天王の分の偽装アカウントは取得してあります。これを利用して嘘の情報を流せば……くくく、人間どもは混乱の渦に叩き込まれるでしょう」

「くはははは!さすがは『邪将』ゴッドホルト、わらわの想像を絶する邪悪な策よ!さあ、四天王たちよ、聞いてのとおりじゃ。『Mahoo!知恵袋』を使って人間どもを混乱の渦に落としてやるが良い」


 魔王の号令にゴッドホルト以外の四天王たちも口々に賛意を示した。


「魔王様、おまかせください。魔王様の威光を人間どもに知らしめてみせましょう」とは忠将ジークリンデ。

「ほっほっほ……質問に答えるですと?それは儂の得意分野でございますなあ」と、智将ラインヴァルト。

「くくく……人間どもがどうなるか見ものだぜ」奸将レナートゥスは静かに笑った。


 この作戦を提案した邪将ゴッドホルトは、成功を確信して力強く頷いた。


――――


 会議の後、魔王が自室でおやつを食べながら一息ついていると、魔法タブレットに通知が入った。

 四天王が『Mahoo!知恵袋』で回答をすると魔王の魔法タブレットに通知が入るようになっているのだ。


「このアカウントはラインヴァルト老じゃな。魔族の中で最も長生きで知識も深く、どんな難問であろうと答えることのできるやつに今回の情報戦とやらはうってつけよ……さて、どんな回答をしたんじゃ?」


 通知をタップすると『Mahoo!知恵袋』の質問画面が表示された。


『質問:

【大至急!】魔王軍に完全包囲されていて落城寸前です、助けてください! 


 私はとある都市の総督なのですが、現在魔王軍に完全包囲されており、援軍のあてもありません。

 国王から預けられたこの城を絶対に落としたくありません。ここからなんとかする方法を教えてください!』


「くははは!愚かな人間よのう。どれどれ、ラインヴァルト老はなんと回答したのじゃ?」


『回答1:

 情報が少なすぎて回答できません。

 打開策を聞きたいのならば最低限都市近郊の地形や兵力、物資の量などを書くべきではないでしょうか?』


「なるほど。さすがラインヴァルト老。質問と見せかけて相手から情報を抜き出すとはな……ほうほう、愚かな人間がバカ正直にホイホイ情報を差し出しよる。あとはこれを使えば都市を落とすのも簡単じゃの!」


 魔王がとっておきのチョコレートを食べながら上機嫌で鼻歌を歌っていると、突如激しいノックの音とともに切羽詰った声がかけられた。


「た、たいへんです魔王様!都市を包囲していた魔王軍が潰走しました!」

「なんじゃと……どういうことじゃ!?」


 魔王が口の周りのチョコを拭いてから扉をあけると、焦った様子の兵士が報告書を読み上げた。


「それが……こちらの兵力が薄いところを的確に突かれまして……」

「バカな、こちらの情報が漏れていたというのか!?なぜじゃ……?」


 そこで魔王が魔法タブレットの画面に目を落とすと、先程の質問に対する返答が他にもついているようだった。

 

『回答2:

 ご丁寧に情報の回答ありがとうございます。

 その場合の対抗策は以下のようなものが考えられ……』


「ははあ、なるほど。流石は智将ラインヴァルト。情報さえ十分なら的確な回答をしよるのう……って何やっとんじゃ!嘘を教えなくちゃ意味ないじゃろうが!魔族のくせに誠実か!ええい、そこの兵士!ラインヴァルトを出頭させよ!」


 兵士は怯えた様子でラインヴァルトを呼びに走り去っていった。


「はー……まあ、の。いくら智将と言ってもラインヴァルトはおじいちゃんじゃ。こういう情報戦とか魔法インターネットとかの新技術をやらせるのは酷だったかのう……他の奴らなら、きっとうまく……」


 そこで魔法タブレットに新たな通知が入った。


「早速だれかが回答したようじゃな。ほほう、ジークリンデか。最もあつい忠義を持つあやつなら十全に任務を果たしてくれよう。どれどれ……」


『質問:

 魔王の弱点を教えてください。


 当方、魔王を倒そうと思っているものです。ですが、弱点がわからないため手出しが出来ず困っています。

 ご存知の方がいらっしゃいましたら弱点を教えていただけませんか?』


「ほほう、また不敬な質問をするやつも居たものじゃ。だが、ここで嘘の弱点を教えておけば……くくく、弱点をついたはずが通じずに絶望する人間の顔が浮かぶのう。どれどれ、なんと回答したのじゃ?」


『回答1:

 は?お前何聞いてんの?愚かかつ不敬すぎてあいた口が塞がらんわ。

 魔王様に弱点とかあるわけないし、よしんばあったとしても教えるような奴が魔王軍に居るわけ無いって常識的に考えれば分かるわよね?馬鹿なの?

 しかも匿名とか信じらんない。どこ住み?魔法LINEやってる?オフで会わない?忠将ジークリンデがオフボコしてやるから』


「真面目か!マジレスか!お前も情報戦の意味理解しとらんのか!というか本名出すなや!四天王が情報工作してるってバレるではないか!」


 そこで、魔王はその回答に数件のレスがついている事に気づいた。

 怒りで指が震える魔王は、そのうち一つに貼られていたURLを誤タップしていた。

 URLは魔法ネットの話題をまとめるタイプのサイトの記事の一つだった。


『【悲報】魔王軍四天王、ウェブ工作で炎上www』


とめサイトに晒されとるじゃないかー!バカ!いくらアツいからって炎上するやつがどこにおる!クソ……あの馬鹿に早く鎮火させんと……」


 魔王が慌てて魔法タブレットの魔法ラインでジークリンデに連絡を取ろうとしたところで、新たな通知が表示された。


「何?奸将レナートゥスの回答?ええい、そんなことよりジークリンデに連絡を取るのが先……あっ」


 通知が邪魔なところにポップアップしたため、魔王は誤タップしてレナートゥスの書き込みを開いてしまった。

 そこには、回答に対する返信の形でレナートゥスの書き込みが表示されていた。


『返信:

 ふざけないでください!僕は真面目に魔王の弱点が知りたいんです!

 回答する気のない人は書き込みを控えください』


「弱点質問しとったのお前か!野心全然隠せとらんじゃないか!正直者か!ええい、ジークリンデとレナートゥスも呼び出しじゃ!……全く、どいつもこいつも全然使いこなせとらんじゃないか……」


 レナートゥスが魔法ラインで送ってくる言い訳に処刑スタンプを連打しながら、魔王はそこでふと気がついた。


「そういえば、言い出しっぺのゴッドホルトが回答した通知が来とらんのう。さすがにあやつは使いこなしとると思うんじゃが……何しとるんじゃ?」


 魔王がブラウザにURLを入力し、邪将ゴッドホルトのアカウントページを開いた。

 そのページには赤文字でこう記されていた。


『このアカウントは迷惑行為を繰り返したため凍結されました』


「そうじゃよな!そりゃ質問サイトにデマ投げまくったらこうなるわな!ダメじゃないかこの作戦!」


 魔王のやけっぱちな叫びが、魔王城に轟いたのだった。

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